上 下
10 / 83

9 追討ち

しおりを挟む
  
 父・絢治が亡くなった。

 意識のもどらないまま、最期は眠るように息を引き取ったらしい。

 最期を看取ったのは、ナツさんと秘書の清水さんだけだった。

 まだ退院許可が出るような体調じゃないから、特別に外出許可を出してもらい真吾先生と一緒に実家へ向かった。
 
 父はかねてから、病院でなく畳の上で死にたいと言っていたが、その通り、彼の和室の使い慣れた布団の上で、すでに永遠の眠りについていた。
   
 後になって、円谷医院の大先生に聞いたところ、肺に悪性の腫瘍が広がっていて、それが最近の発作にもつながったのだろうと、どちらにしても、もって半年か1年だったろうと言われた。

 もともと、とてもせっかちな人で、今日できる事を明日に延ばすなと、絢音ののんびりぶりを叱り飛ばしたものだが、今回も、最後の精密検査の結果すら待たず、大急ぎで逝ってしまったのだ。
 
 彼らしいと、絢治をよく知る昔馴染みの円谷院長は寂しそうに笑った。
 
 
 父の密葬と双子の赤ちゃんの水子供養を済ませ。
 
 退院してから、深大寺家の顧問弁護士・倉田先生の事務所で虎河さんへ不貞行為の慰謝料請求手続きを済ませた。
 
 義父母はこんな結果になった事をとても残念に思ってくれていた。
 
 それだけに、私が倒れた所に居合わせていながら私を見捨てて逃げた虎河さんには激怒していて、以前は周囲の人間が思わずドン引きしてしまうほど虎河さんを溺愛していた義父が、彼の会社での役職をただの平社員へ降格し、今まで私と暮らしていたマンションからも追い出した。
 
 降格にホームレス。
 今まで贅沢し放題だった彼にはとても辛い試練だろう。
 けど、仕事まで失ったわけじゃないからやり直しはいくらでも出来る。
 
 晴れて虎河さんとの縁は切れたし、これで私も新しい一歩が踏み出せる、かな?
 
 やるべき事をやって、ホッとしたら、なんか疲れちゃったぁ……。 
  
 仕事はやらなきゃ、暮らしていけないけど。
 
 もうちょっとだけお休みさせてもらおう。
 
 これくらいは、許してくれるよね? お父さん。
  
  
しおりを挟む

処理中です...