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11 新たな一歩  (2031年)

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 深大寺虎河との決別。辛い流産経験。父の死。
 ―― あれから早や、8年の歳月が流れた。

 予定通り”嵯峨野書房”へ入社したが、都会での生活と想像以上のハードワークに身体が悲鳴をあげ。
 
 2ヶ月ほど前から寝たり起きたりの生活だ。

 会社の命令で精神科にも幾つか通ったけど、どの医者もおざなりの診察をして袋一杯の処方せん薬をくれただけだった。
 
 けど、今かかっている真吾先生から紹介された先生は少しまともで


『―― 病は気から、まずは自分で良くなろうって気持ちがなきゃ、良くなるものも快方は遅くなる。いいかい? あやちゃん。明日からは週に3日でいいから出勤してみよう』


 って、生活指導をしてくれた。
 
 ……って、言っても、週三なんて、とてもじゃないが無理だ。

 
 仕事、今日は行かなきゃ。

 毎朝そう思う。

 だけど身体が言う事をきかない。

 ここ数日、絶えず身体がだるいし、寝つきも悪い。

 やっと眠れたと思ったら息苦しさでまた目が覚める。


 そろそろ限界なのかな。

 ベッドに背中を預け、埃っぽい床にだらしなく座ったまま、窓の外のくすんだ空を見上げると、空虚な心の中に自然と絶望的な言葉が浮かんでくる。

 このまま死んじゃうのかな。

 そしたらもう、寂しくもないし、苦しくもないから、それはそれでいいのかもしれない。

 自分が今ここで死んだって何日も

 ううん、きっと何週間も誰も気づいてなんかくれない。

 もちろん悲しむ人なんていない。

 もうどうだっていいや。



 目を瞑り、大きくため息をついた時、玄関のチャイムが鳴った。

 こんな朝早く誰だろう。

 悪戯かもしれないし、放っておこうと思ったけれど。
 
 ドアの向こうの訪問者は思ったよりしつこくて、なかなか去ってはくれないようで、何度も何度もチャイムを鳴らしそして、私が出てこないのに業を煮やしたよう、自ら玄関ドアの施錠を開けたようだ。

 カギ、あるなら最初から自分で開けてよねぇ……と、心の中で愚痴っている所へ、早朝のはた迷惑なルームメイト・結城 幸作が入って来た。

 あ、ルームメイトって言っても変な勘ぐりはしないで欲しい。
 彼と私の間にあるのは小学校の時から続く親友同士という関係だ。
 
 それにココだけの話……幸作はゲイなので、そもそも女の私と男女の恋愛関係は成立しっこない。
 
 

「―― 毎度 毎度勘弁してくれよぉ~。これじゃおちおちダーリンの所でゆっくりしていられない。俺はお前のかーちゃんでも恋人でもないんだぞ」


 そう言って、ベッドサイドの窓ガラスを全開した。


「寒いやん。窓しめてぇ」   

「煩い。寒いのが嫌なら、さっさとシャワーして、その寝ぼけた面(ツラ)なんとかしろ。それと、今日はちゃんと仕事へも出るんだぞ」

「はぁーい。じゃあ、朝ごはん幸作が作ってねー」


 この、幸作はギャップイヤーを取って、1年東南アジアを中心にバックパックの倹約旅行をしてきたので、私より1年遅れで嵯峨野書房へ入社した。

 (因みにさっき幸作が”ダーリン”と言っていたのはこの倹約旅行で訪れたインドで知り合ったデリーに在留する日本人男性だ)
  
  
 元々幸作の実家は墨田区なので城東支社に配属され。
 
 総務・第一営業・第二営業~と回って、今は企画部に所属している。
 
 そして今私がかかってる精神科のお医者さんが幸作のお兄さんだ。

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