上 下
28 / 83

27 相良さんのおでん屋台

しおりを挟む

 その関東煮の屋台は三上さんの自宅からも会社からも、徒歩圏内にあった。
      
 結構夜が更けても、賑わっている店内のカウンターに並んで座った。


「う~ん……お出汁のいい匂い……」

「絶品だぞ ―― まず、何を食う?」

「大根と玉子、牛スジそれと……」

「こんにゃく、ちくわぶにはんぺん ―― 全部食うだろ?」

「食う」


 今、目の前のおでん鍋の中で、くつくつと温まっている全種類のおでんをとにかく食べまくった。


「―― 美味しい!」

「だろ?」


 三上さんは手酌で熱燗を飲んでいる。

 私はこのお店の女将さん手作りの梅酒をチビチビ……。


「ここには ―― 嫌な事なんかがあると必ず来るんだ。来てとにかく食う。それでスッキリする」

「……」

「最近は楽しい事が多くて来なかったけどな」


 何気に私を見る視線が熱い。


「……楽しい事?」

「絢音と会うこと」


 私を見つめたまま笑った。 
   
 また、妙な事を言い出した……  
   
   
「《何言ってんだ》 って、顔してる」

「当たり」


 私は笑った。


「やっと笑ったな……うん。断然、笑ったほうが良い、やっぱ女の子は笑顔がキホンな」


 三上さんは笑いながら私を見る。


「クサすぎ」


 私はまた笑った。


 三上さんには ”1杯だけ”って、言われたけど”あと、もう1杯”ってしつこく食い下がって ―― 
 結局、特製梅酒を3杯飲んで、ほろ酔い気分で店を出た。



※※※※※     ※※※※※     ※※※※※


 店を出て歩きながら三上さんが聞いてきた。


「満足か?」


「うん、満足。どーもごちそうさまでした」


 笑いながらお辞儀をした。


「いいえ、どういたしまして」


 三上さんも笑いながら私を見た。


 そしたら、頬に、冷たい何かが当たって……あ ――。


「雪……」


 雪……私は空を見上げた。

 こんな早い時期に東京で雪なんて素敵……。
 火照った顔に落ちる雪の冷たさが気持ち良い。


「―― じゃ、絢音、そろそろ行こうか」
 
 
 って、大きな手でグイっと引っ張るから、何となく今さら”ここで結構です”なんて言えなくて。
 
 彼に促されるままタクシーに乗り。
 
 西浅草のマンションへ。 

 虎河と同棲していたあの高級デザイナーズマンションは、さすがに女の1人暮らしには家賃の負担が大き過ぎて、なるべく引っ越し費用が少なく済むように同じ浅草エリアで探し、ちょうど時同じくして幸作も新しいアパートを探していた最中だったので2LDKの庶民的マンションでルームシェアして共同生活する事にした。
 


  
しおりを挟む

処理中です...