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68 女の羨望 

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 今日は終日幹部会議
 
 いつも賑やかな4階フロアはシ~ンと静まり返っている。
  

「麻衣ちゃん」


 ちょうど笹本麻衣が前方に歩いていたので声をかけた。  
  

「この前は付き合えんでごめんね」

「ううん。専務のお伴やったんやもん、仕事じゃ仕方ない。けど、次は一緒しようね? 絢音さんの為によりすぐったイケメン集めるさかい」
 
「うん。その時は宜しゅう」


 部署へ戻ると、笠井さんに声をかけられた。
 彼女は先週、派遣会社から来た派遣社員さんだが、何となく雰囲気が城東支社の細田女史に似ていて少し苦手だ。
  
  
「和泉さん ―― 昨日の帰りは何時だったの?」

「えっと、夕方の5時くらいだったと思います」


 実は昨日も三上専務の外回りに付き合わされた。
  
  
「で、お昼とか、お食事はどうしたの?」

「専務にご馳走して頂きました」

「あ、そう……なら、いいんだけど……」


 しばしの、沈黙……。
  
 たとえどんな種類の会話でも、沈黙は苦手だ。
  
 相手が、自分に対してどんな感情を持っているのか?
 とか、沈黙の間に妙な勘ぐりをしてしまうから。     

 重い口を渋々開くように、笠井さんは言った。
  
  
「―― あのね、和泉さん。三上専務って、手当たり次第に女性スタッフへ手を出すって噂があって……あなたも気を付けた方がいいわよ」
 
「えっ?! あ、はい。わざわざ教えて下さってありがとうございました。気を付けます」
 
 
 ”あの三上さんが手当たり次第に??”
  
 そんなの絶対あり得ない! 
  
 笠井さんから言われた忠告に、かなりの違和感を感じつつも、
 何かが可怪しい……ただ、それくらいしか分からなかった。
  
  
 そして、お昼 ――。
  
 屋上で手作り弁当を食べてから3階フロアに帰ってくると、上の階の先輩女子社員に、会議室へ呼びつけられた。
  
  
「あなたが、和泉さん?」

「はい、そうです」

「昨日、三上専務と食事したんですって? あんまりイイ気にならないことね」
 

 うわっ ―― ド直球! この人、何者?
  
  
「出先、でしたので……」

「あなたがお強請りしたんとちゃう? 近頃の若い子は節度も謙虚さも皆無なのね」


 ムカッ。
 
 
「とにかく、三上専務には今後一切近付かないでっ」


 あんたらにそこまで言われる筋合いはない。
  
 コン コン ――
  
 小さなノックの後、開いたドアからまなみさんが顔をだし。
  
  
「あぁ、和泉さん、こんな所にいたの? 随分探したわ。会議、休憩に入ったから皆さんのお茶淹れ手伝ってくれる?」
 
「はいっ。喜んで」


 未だ私を睨むようにキツネ目で見ている女子先輩社員の方々へ、ペコリと会釈し、はるかさんについて会議室を出た。
  

 ***  ***  ***
 
 
 そのまま、まなみさんと一緒に向かった給湯室で。
  
  
「―― あぁ、だから言わんこっちゃない! 笠井さんの取り巻きは特に目ざといし、しつこいんだからっ」
 
 
 この時になって ”お茶淹れ”は、私をあの場から出す為の口実だったと気が付いた。
  
  
「ありがとうございました、うち、あのままいたら、いらん事あの人らに言うてたかも知れません」
 
「三上専務って、今までは女子社員に見向きもしないで来たから、まして、ツーショットでの食事なんて今まであり得なかったからね~」
 
「あの ―― その、食事の話し、誰に聞きました?」

「誰に話した?」

「あっ……!」


 私は思わず口元を手で押さえた。
  
  
「そ。彼女が取り巻きのボス。ずぅーっと、あなた達が帰ってくるのイライラ
 しながら待ってたのよー」
 
「そう、だったんですかぁ……」


 げに、恐ろしきは、女の嫉妬と歪んだ羨望心。
  
  
「これまでは、さっきみたいに呼び出して釘を刺すなんて、しなかったんやけどね~。あやちゃんはよほど脅威らしいわ」
 
「私が脅威ですか? そんな事あり得ませんよ絶対」

「ううん、そんな事ない。あなたは充分魅力的だし。多分、専務もあなたのそんなとこに惹かれてるんじゃないかな」
 
「もうっ、まなみさんってば……」

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