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76 しあわせ ②
しおりを挟む♬ちゃんちゃらちゃらちゃらちゃんちゃらちゃらちゃら ~~――――
それはお馴染み、キューティーハニーの前奏の部分。
2人固まったように見つめ合って。
バツの悪そうな三上の、困惑のハの字に下がった眉に絢音がプッと吹き出した。
三上はさも可笑しそうに眉間を押さえて笑う絢音にかえってホッとして、ごめんと断り携帯を取り出した。
『出んのおっせぇーよ! 今何処におるぅ? 勇人』
「あのなぁ……今、何時だと思ってんだよっ。普通の善良なサラリーマンは自宅で休んでる時間だろがっ」
『お前の何処が善良なんやね?』
「切るぞ」
『あ、ちょっと待ってぇな、今夜お前んとこ泊めてぇ』
「今さら甘えた声出しても遅いわ……また千紘さんとケンカでもしたんか?」
『いいや。でもよ、10日ぶりの非番の日ぐらいガキどもに邪魔されずゆ~っくり休みたいやん――だ~か~らぁ~、勇人くん泊めて?』
毎度、毎度、人の都合など露ほども考えない双子の兄・匡煌(まさてる)の言い草にはいい加減うんざりだ。
「ほんならホテルにでも泊まりゃあええやん」
『あかん、あかん。そこのマンションなら下手なホテルより設備エエし、病院からも徒歩圏内やし、なんてったってタダやろぉ』
「次期医局長候補の筆頭がんなケチ臭い事いいないな。とにかく、今夜はあかん」
押し問答していると、クイクイと袖口が引っ張られた。
「私、キクヱ祖母ちゃんのとこ行ってよーか?」
振り向けば絢音が眉を下げ小さく傾げた。
「それはぜってぇーだめっ」
手のひらでマイクを覆い、ブンブンと音がするほど大きく頭を横に振った。
ヤる、ヤらないは別として、絢音をこのままばあちゃんの所へ行かせるわけにはいかない。
一応、今回の出張は2週間って予定だが、結果如何(いかん)によっては
それよりかなり長引く可能性がある。
行き先は、香港。
新たな金の卵(所属タレント候補)探し及びスカウト。
”でも……”と、絢音の表情が心配気に曇った。
「何も心配ないから、ちょっと待ってろ」
スマホを持ち直せば ”ククッ”と匡煌の忍び笑いが聞こえてきた。
”こいつ……茶化し半分かぁ?”
『おや、今夜はやけに冷たいやん、さては……噂のハニーちゃんが離してくれんとか?』
”この野郎……今度会ったらぜってぇぶっ殺す”
「んな事ど~でもエエやろ、もう切るぞ」
匡煌は三上の口調の微妙な変化を敏感に感じ取って鎌をかけた。
『しかもヤってる最中だった、とか?』
「ばっ、ばか言ってんじゃねぇよっ!」
”最中だったら電話になんか出るか!!”
『おぉ、そうかそうか、あっちにフラフラ、こっちにフラフラと落ち着きなかった弟もやっと1人に的を絞ったって訳や』
「はぁっっ?? 自分と一緒にすなっ」
『邪魔して悪かったな、ま、せいぜい気張りぃや。あ、そうそう子供はカミさんの若いうちがええけど、あんまし早よこさえ過ぎてもつまらんよって、気ぃつけぇよ』
いつものように電話は唐突に切れた。
スピーカーから漏れ聞こえたのか?
絢音の顔はこれ以上ない程に真っ赤になっていた。
「風呂……」
「――へ?」
「――風呂、一緒に入るか?」
「みかみさ、お先にどうぞ」
「……どしても、ダメ?」
「――って、何が?」
「だから……風呂、俺は、一緒に入りたい」
子供が親に何かを強請る時のような駄々っ子三上の視線が絢音の母性を乱す。
「……どーしても?」
「……うん、どーしても」
絢音は自分から手を繋いで三上を立ち上がらせた。
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