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本章
ヤクザだって恋をする ②
しおりを挟む「兄貴、いつもの所へは寄りますか?」
そう若頭補佐の陣内に話し掛けられて、
当たり前だと云う言葉を飲み込み「あぁ」と、
ひと言返事を返す。
すると、陣内は直ぐに運転手である利守に
指示を出した。
それに頷いた利守によって、
車は大通りから狭い道へと進入したのだった。
チワワ成瀬(竜二命名)が働く
『喫茶・アルプス』は、
寂れた商店街の外れにある。
商店街自体が寂れているのに、
更に外れにあるもんだからその存在すら
忘れられているのではないだろうか。
でも最近、この店の近くに大手予備校が新設された
おかげで、潰れずに済んではいるようだが。
そんな店に ――
いつもは外から眺めるだけにとどめているが
今日は思いきって入ってみようと考えている。
ちょっと離れた所に車を停めさせ1人で歩いて
向かった。
『いらっしゃいませ』と云う可愛い声を、
また聞けるだろうと思いながら店の中に1歩
入ったのだが、聞こえて来たのは
”ガシャーン” と何かがぶつかるような音
だった。
「やっ、止めて下さい! 他のお客様にご迷 ――」
「うっせぇっ!
そんな事よりどう責任取ってくれんだよ。えぇ?
ここでテイクアウトしてったサンドイッチを喰った
うちの愛犬が死んだんだぞ」
「そ、それ、ほっ、本当にうちでご購入頂いた物
なんしょうか? お、おれ、いらしたお客様の顔は
大抵覚えて ――」
「うっせぇっ! しらばっくれようったって、
そうは行かねぇぞ。
何なら2、3発ぶん殴ってやろうか」
若い男がそう云いながら、
チワワを殴ろうと腕を振り上げる。
咄嗟に気配を消し男に近付くと、
後ろからその男の腕をガッチリと掴んでやった。
「だっ、誰だっ!―― うっ、うわぁっ……」
威勢よく振り返った男が、
自分の顔を見て驚いたように叫ぶ。
そして、瞬時に顔色を失くすと、
ガタガタと震え出した。
一瞬、何処かの組の奴かとも思ったが、
どうやら堅気のようである。
「おい、本当にこの店の食い物で犬は死んだんだな」
「あっ、うっ、あっ……」
「ただの云い掛りか?」
男の躯の震えが激しくなる。
掴んだ腕をそのまま上へと引き上げれば、
男は宙吊りのような状態で泣き出した。
「ゆっ、許してくれ。もうしない、しないから」
「チンケな強請りなんてしてるなっ! 2度とこの店に
顔を出すんじゃねぇぞ。いいな」
「わっ、分かった。分かったから。
だから手を ――」
ジタバタと暴れる男を宙吊りのまま店の入り口から、
ポイッと外へと放り投げる。
地面の上をゴロゴロと転がった男は、
直ぐに立ち上がると振り返りもせずに
一目散に逃げ出した。
多分、堅気ではあるが、
チンピラにでさえなり切れないような
人種なのだろう。
「あっ、あの……」
へっぴり腰で逃げて行く男の後姿を見ていたら、
いきなりそう声を掛けられた。
後ろを振り返れば、
チワワがウルルンと眸を潤ませてこちらを
見上げている。
心なしか顔も赤いようだ。
「大丈夫か?」
「あ、あの……何って言ったらいいか……」
「気にすんな。礼には及ばねぇよ」
「いえ、今の事じゃなくて、ですね、えっと……」
「まぁいい」
俺はカウンター席に座った。
「ブレンド、ひとつ頼む」
「……は、はい」
自分の好みど真ん中のチョー可愛いチワワ店員 ――
改め、成瀬真守との至福のひとときはあっという間に
過ぎていった。
「フフフ……ほんと、あんたって変わってる」
「そうか?」
「俺ってば、てっきりあんたは俺をとっ捕まえに
来たんだと思ってた」
「俺はそこまで器の小せぇ男じゃねぇよ」
「でも……」
「んー?」
「どんな理由があろうとも、盗みは盗みだ。
あんたが俺を警察に突き出すってならかまわない」
「俺はおおいに構うねぇ」
「え?」
「お前が留置されちまったら誰が旨いコーヒー、
俺に淹れてくれるんだよ」
「!……」
もっと話していたかったが、
あいに今日は鎌倉の総本部へ呼ばれているのだ。
今日は初めてゆっくり話が出来た。
それだけでも良しとしなければならない。
紙袋に入れられたテイクアウト用のコーヒー豆を
チマチマした可愛らしい手から受け取り、
代金を支払う。
「ありがとうございました。
手嶌さん、またいらして下さいね」
「あぁ」
店の入り口まで来て見送ってくれる真守に、
名残惜しさを感じながら歩き出した。
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