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成長編

招かれざる客と……

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 絢音と鬼束老人らを乗せたベンツがとあるマンションの前に停まった。

 ここは和泉ナツが自宅の他に所有しているマンションのひとつだ。
 これからここでちょっとした用事(ナツの部屋の掃除)があると言ったら鬼束は快く送ってくれた。


「あや――ね……?」


 そのエントランスホールの片隅で1人の青年が人待ち顔で佇む。



「今日はご馳走さまでした」

「さっき話した世話係の件、真剣に考えておいて欲しい」

「はい、分かりました。じゃ、おやすみなさい」


 絢音はそう言って一礼した。
 


『あの爺さん、どこかで見た顔だ……』


 鬼束はフッと笑って「お休み」と言い「出せ」と智希に声をかけた。


 ウィンドウが閉まりベンツは走り出す。


 その一部始終をスマホに録画してから、ホールの青年・深大寺 虎河じんだいじ たいがはそこで絢音を待ち構える。
 
 ふぅーと絢音は息をついて玄関へ向き直り、マンションのホール内のエレベーターへ向かう。


「絢音っ」


 声を掛けられ横を見るとそこにあの青年が。


「先輩……どうして」

「そんな事より、今あのベンツに乗ってたのって、ヤクザじゃないのか」
 
「だから?」 

「どうかしてる! 受験に必要な内申の判定はもう始まってるんだぞ」
 
「妻にするつもりの女がこんなじゃ、自分の経歴と家柄に傷がつくから困る?」
 
「君はそうやっていつも俺の事を ――」

「今のうちはっきり言っておくけど、私まだあなたとの婚約承知した訳じゃないから。こんな風に待ち伏せなんかされるのは困ります」
 
 

 絢音はそう言ってエレベーターへ歩を進め。
 [▲]ボタンを押した。

 虎河は絢音の背中をじぃーっと見ている。

 チン ―― と開くエレベーターに絢音は乗り込んだ。

 スーッと扉が閉まる寸前、両側にガッと大きな手がかかる。


 (え ―― ?!)
 

 グイッと扉が再び開いた。そこにいるのは虎河。
 
    

 鬼束老人の側近・手嶌 竜二てしま りゅうじは運転席のフロントミラーに映った後方を見て。
 

「待てっ。停めろっ」


 手嶌の声にキキィ――ッと、ベンツは大きな音をたてて停まった。

 もちろん老人も気付いている。
 

「御前」

「あぁ。早く行ってあげなさい」


 手嶌は急いで後部座席から降りた。



 
「せんぱ……」
「絢音っ」


 そう言ってエレベーターに乗り込み絢音に抱きついた。


「ちょっ ―― やっ ――」


 手嶌がエントランスに駆け込んだ時、エレベーターの中で揉み合う2人が一瞬見えた。

 カチカチカチっとエレベーターの[▲]ボタンを連打する。
 しかしそのまま再び締まったエレベーターは無情にも手嶌の目の前で上がっていく。


「くそっ」


 手嶌は非常階段を駈けあがった。



「先輩、おねがいやめ ―― んんっ」


 虎河の唇があ絢音の唇に触れる。

 絢音の手が壁を這い途中の階のボタンを押そうとしているのを虎河は手を掴んで阻止。



 手嶌は最上階の非常ドアのノブを回した。
 カギがかかっていて開かない。


「くそっ!」


 ドンドンドンと何度も叩く。
 そして蝶番がだいぶ傷んでいる事に気づき、思い切って蹴破った。


 チン ―― と丁度エレベーターが開く。
 
 絢音のものらしき手が一瞬見えたが再び中へ入った。


「絢音さんっ」


 再び閉まるドアに手をかける。


「えっ ―― 手嶌さん??」


 虎河に無理やり力ずくで抱き込まれている絢音を見て手嶌の中で何かが切れた。

 虎河を殴りつけ絢音を自分の方へ引き抱き寄せた。


「もうこれくらいにしておけ」

「ヤクザの癖して邪魔すんなっ!」


 殴り返そうと虎河が振り出してきた拳を手嶌はいとも容易くかわした。
 
 
「この野朗……」

「俺が本気になる前に、帰った方が身のためだ」

「―― こ、これで済んだと思うなよっ!!」 


 捨てゼリフを残し、虎河は走り去って行った。
 
 手嶌は絢音を抱き寄せたまま、エレベーターから出て絢音の目的する部屋の前へ。
 
 
「じゃ、俺は帰るけど、1人で大丈夫?」

「あ ―― はい、大丈夫です……」

「じゃ、戸締まりはちゃんとね」

「はい …… あ、あのっ」

「ん?」

「……さっきは、どうもありがとう」

「いいや、大事に至らなくて良かった。おやすみ」 


 ”大丈夫”とは言ったものの、絢音は手が震えてしまって。
 部屋の鍵を取り出したはいいが、鍵穴に差し込むのに苦慮している様子。
 
 
「……ほら、貸してみて」


 絢音に代わって手嶌が部屋の施錠を解除した。
 
 
「ほんとに、何から何まですみません」

「あぁ ―― もし、心配なら用事が済むまでエントランスにうちの若い社員2~3人置いていくけど」
 
「あぁ。それには及びません。お気遣いなく」

「そ。じゃあ、今度こそほんとにおやすみ」


 と、手嶌は絢音のおでこに”触れるか・触れないか”の微妙なタッチでキスをして、階段から去った。

 
 え……?
 今の、もしかして、キス?
 
 私、手嶌さんに……キス、され ―― きゃぁぁぁ~~っ。
 
 ……鬼束さんからお孫さんのカテキョ頼まれたけど、引き受けたら、手嶌さんともほとんど毎日顔を合わせる事になるんだよね。
 
 恥ずかしすぎだよ……。
 
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