狗神村

夜舞しずく

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第三章

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     *

強い痛みを感じたと同時に、意識を失っていたようだ。朱赤の鳥居に停まっていた鶏冠が、わたしの目の前を飛び去って行った。

よく公園で見るようなハトとは違って、意思を持っているように感じた。立派出口が見つからず、後から狗神に追いかけられる。神社の奥からは、叫び声が聞こえる。

強い風が吹いたと同時に、何かが落ちてきた。よく見ると資料館で見たお札そっくりだ。一体何なの。これを見てから課長が亡くなったものだから、わたしは不吉な象徴としか考えられなかった。

でも、今度は違う。文字がひとりでに浮かび上がってきた。

「村滅亡を阻止せよ……?」

なにこれ。そんなファンタジーなことを言われても、訳が分からない。そもそも、自分がどこにいるのか、死んでいるのか生きているのかすら把握できていないのに。

でも、戻っても何もないので、前に進むしかなかった。

枯れ葉を踏みしめながら神社まで歩くと、呪術師が立っていた。わたしは思わず、食い気味に質問をしていた。

「ここはどこで、なぜ、あなたまでいるんですか?」

「詳しい説明は後にして」

質問には答えてくれず、話を進めようとしてくる。

「この先に莉子ちゃんがいるから、行っておいで。わたしは付いていけないけど」

「で、でも」

「助けたいんでしょ?」

こくりと大きく頷いた。でも、こんな真っ暗で怪しい神社に入ったら、わたしの命がどうなるか分からない。自分を犠牲にしてまで助けることを、娘は望んでいるのだろうか。

日々の生活で疲れが溜まっていて、これ以上の被害は出したくなかった。

「やるしかないよ。村の人たちを助けてあげれば、きっと居場所を教えてくれるよ」

細かい粒の雨が頭に当たってきた。弾き戻ろうとすると、遠くから莉子のか細い声が聞こえてきた。

「寒いよぅ。おかあさん、たすけて」

「いま助けに行くからね!」

腹をくくった。本当に、ここに莉子がいるのかもしれない。少しの可能性があるなら、母親として出来ることはひとつだけ。助けに行くことだ。

鳥居を潜り抜けると、整備されていない砂利道になっていた。歩くたびに、古い木材が軋むような音がする。暗い道の先を進んでいると、土ぼこりを被っている神社の本殿が見えてきた。

木は枯れて何本も倒れている。お社でさえ、コケまみれだ。お稲荷様もボロボロになっているのにも関わらず、目だけ光って睨まれているように見えた。

枯れ葉の塊や倒れた木を掻き分けながら進むと、かすかに人の気配がした。

「莉子、どこにいるの?」

「助けて!」

大きく叫ぶと、蚊の泣くような声が聞こえた。

(間違いない。この先にいるんだ)

決意をして進もうとすると、何匹ものオオカミのような大型犬が激しく吠えていた。中を覗いてみると、紐かリードのようなものでくくりつけられている。柵のギリギリまで近づいてきて、鋭い犬歯が剥きだしになっていた。

「助けて!」

大声で泣き叫んでいる莉子の声が聞こえてくる。チョークの嫌な高いような音を立てて、独りでに扉が開いた。

その瞬間に犬たちが私に向かって飛び掛かってきた。手前の犬につながっている紐が、千切れそうになって、軋んでいる。

莉子を探しに入ろうとすると、後から犬が追いかけてきた。どこからやってきたのか分からない。開いた扉に入り込むと、そこには莉子がいた。

全身が土ぼこりにまみれていて、服装はなぜか戦時中のトックリのような服を着ている。

「莉子、莉子!」

呼びかけると、さらに大泣きしていた。勢いで抱え込んで離れようとすると、何か言いたげな顔をしている。

「どうしたの?」

「むらのひとたちも、助けたい」

うるうるとした瞳に、自分の驚いた顔が反射していた。そういえば、呪術師も村の人たちを助けるように言っていたな。莉子まで言うなら、間違いない。わたしは即答した。

「分かった」

娘の手をつなぐと、氷のように冷たくなっていた。過酷な環境に居させてしまったことから、何で早く見つけてあげられなかったんだろう。

後悔の念が押し寄せていた。いざ進もうとすると、目の前の扉に突然、閉まって鍵が掛ったようだ。どうしよう。せっかくここまでやってきたのに。大きな物音がした。

そう思って、後を振り向くと、犬のリードが千切れてしまったようだ。裏口にも犬が押し寄せている。どうしよう。どうすればいいの。

「そっち!」

莉子は締め切られたはずの扉を指差していた。どうやって。閉まっているのに。頭をフル回転させて考えていた。大型犬に囲まれていて、他の場所からは逃げられそうにない。

「なるほど。突っ切ればいいんだね」

「うん」

何度も体当たりをして、扉を壊した。

「よし、進もう」

莉子と手をつないで出ようとした。その瞬間、一匹の犬が刃をむき出しにして、わたしの右足にものすごい勢いで近づいてきた。

「ぎゃああ」

叫び声をあげていると、一匹のハトが低空飛行でやってきた。犬に突進している。損隙に逃げることができた。

「ハトさんがぁ」

莉子が号泣している。ハトの方を見ると、犬に噛まれて血だらけになっていた。身代わりになってくれた。

「で、でも、逃げなきゃ死んじゃうから、先に進もう」

あっけにとられながら、走り出した。ずっと、娘はハトのことを泣いているが、今はそんなことを考えている場合じゃない。わたしたちの命の方が大事だ。

元の場所に帰ろうと娘を抱っこしたまま走った。娘も付かれてきたのか、ぐったりと腕の中にうなだれていた。

「あとちょっとだからね、がんばろうね」

「分かった」

声をかけながら必死に光の見えるほうまで進む。か細い声で、目を瞑ったまま返事をしていた。
弥生自身も足が痺れたような痛みで、うまく走れなくなってきた。

そのとき、後から変な音がした。振り返ってみると火柱が立っている。どうしよう。走れないし、このまま死ぬのかなと考えてきた。娘のために何としてでも生きなければと覚悟を決めた。

水の音が聞こえてきた。走り出してみると、大きな澄んだ川が広がっている。

「船!船に!!!早う!!!」

高瀬舟に乗ったおばあさんが、殺気が迫った顔をして叫んでいた。主人公はハッと思い出した。道を歩いている途中に、変な人に遭遇した時のことを。もしかして、この予言をしていたのかもしれない。

「でも、まだ村の人が残ってるんです」

「もう時間はねぇよ。あと三分で出て行くからな」

「はい、分かりました。間に合わなかったら、娘だけでも連れて行ってください」

眠っている娘を船に乗せて、わたしは決意を固めた。どこから通り抜けたら、無事に帰ってこられるのか考えていた。あの隙間だ。わずかに残った木の間を通って、炎をくぐり抜けた。

殺気の場所に戻ると、鎖に繋がれている女性が座っていた。諦めているのか、一歩も動こうとしない。

「いま、助けるからね」

驚いた様子だったが、目を覚まして頷いていた。奥にいた数人も同じように鎖をほどいて、すべての村人たちを救出した。わたしは、片足の感覚がなくなりながらも、何とか最後の船に乗り込んだ。

狗神を残した村が炎に包まれている。吠えていたのもつかの間、燃え広がって、何も犬の声は聞こえなくなっていた。
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