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資料館では、ある噂が広まっていた。夜な夜な男の幽霊が「死体がない……死体がない……」と言いながら、徘徊しているようだ。誰も顔は覚えていない。
その噂を聞きつけた柳さんは早期退職をしてしまった。
転職サイトに登録してみるけれど、一件もかすりがしない。それどころか、シングルマザーだと分かると書類の時点で返信が来なくなってしまう。その繰り返しで、なかなか新しい職場が決まらなかった。
郵便受けには、封筒が入っていた。おそらく履歴書が返ってきたのだろう。リビングに入って風を開けてみると、予想通りだった。生活もかかっているため、次の仕事先が見つかるまで簡単に辞めるわけにはいかなかった。
小河原さんと二人で、夜のオフィスで事務作業をしていた。窓の外は暗いのに、部屋の中だけ灯りがついている。莉子も幼稚園を卒業してくれたから、前より残業ができるようになったのは嬉しいことだ。
「今日も残業かぁ」
「人が減ったから、しょうがないよね。がんばろう」
相変わらず、小河原さんは早いスピードで打っている。ある程度、終わったところで、伸びをしながら窓の外を眺めていた。
同じような人たちが溢れかえっていて、月明かりより夜景が目立っている。ここら辺では星は、あまり見えない。ひときわ輝くものだけが薄っすら浮かんでいるだけ。
「あ、新しい資料が入ってきたから、整理をしておかなきゃ」
「いやいや、明日にしましょうよ」
できるだけ一人にならないように、わたしは気を遣っていた。あいつは夜に現れるらしいから、いまの時間に行く必要性はないだろう。引き留めると、小河原さんも諦めてくれたようだ。
「それもそうか」
耳を澄ましてみると、犬の鳴き声が聞こえてくる。あんな思いをしたから、最初は幻聴だと思い込んでいた。だって、小河原さんはひとつも話題に出して来ないから。
「やっぱり、明日には展示会の準備をするから、今日中にやらなきゃいけないみたい」
「そうなんですか。じゃあ、わたしが行ってきますよ」
状況的に考えて、事務作業は小河原さんの方が得意だ。それなら、倉庫整理はわたしが行った方が効率は良い。しょうがなく申し出ていた。
「そう? じゃあ、よろしくね」
あっさりと了承されてしまったな。重い腰を上げて、倉庫に向かった。幸い、犬の声は聞こえなくなっていた。良かった。わたしは、安心して資料整理をすることにした。
ところが、上の物を取ろうとしたとき、再び唸り声が聞こえてきた。気のせいかもしれない。自分に言い聞かせていた。それでも、音はだんだん近づいてくる。
あと一つで終わりだから、できるだけ早く終わらせればいいだけ。
声が途切れたと思ったら、上から何かが落ちてきた。今までに感じたことのない感触で、私より大きなサイズだ。こんなもの、どこにあったんだろう。天井は崩壊している。
「うぅ」
それは、低い声で痛そうにしていた。嘘でしょ。何で人が落ちてきてるの。目を逸らして逃げようとしても、ドアが開かない。鍵を閉めた覚えもないし、小河原さんが閉めるはずもない。
這いずっている人の顔を見てみると、課長の上田さんだった。息をしていない。既に死んでいるようだ。どうして。葬式で亡くなったはずじゃないのか。私は声にならない悲鳴を叫んでいた。
何とかして逃げる経路を考えていた。でも、どうにもならない。叫び声を聞きつけた小河原がやってきてくれた。
「どうしたの? 何があったの!?」
なぜか外側から鍵が閉まっていると気づき、すぐに開けてくれた。その瞬間に、ア飯田の部屋にいた数匹の犬がものすごい勢いで走ってきた。小河原さんをかみちぎっている。
「はやく、逃げて……」
非常用出口の方向を指差している。わたしは、全力疾走をして向かった。どうしよう。頭の中が真っ白で、何も考えられない。どこまで追いかけてくるのだろう。
資料館の裏に隠れながら、様子を窺っていた。外に逃げたら、大勢の人が死んでしまうかもしれない。
そこは非常用階段に繋がっていて、降りてみたのに、一向に出口が見つからない。ぐるぐると回っているうちに体力がなくなってきた。
唯一、入れたのは事務所だった。外からは、やはり犬の吠える声が絶えず鳴りやまない。鍵をかけて入ってこないようにした。
スマホが鳴り続けていると思ったら、保育士さんからの電話だった。
「すみませんが、もう園を閉める時間になってしまいました。帰宅途中にあるからと親切な保護者さんに、資料館の前まで送ってもらうことにしたので、よろしくお願いします」
一体、どういうことだろう。状況が全く飲み込めない。莉子だったら、小学校に上がったはずなのに、何で保育園にいるの。
「弥生さん、莉子ちゃんも連れてきたよ」
外から声がする。なんで。わたしだけなら良かったのに。娘まで連れてこないでよ。
「来ないで!」
「大丈夫。警備員さんも一緒だから」
警備員さんと一緒に違う入り口から事務所内に入ってきた。声は保護者だったのに、来たのは娘だけだった。
「お母さん、遅いから来ちゃった」
莉子が到着した瞬間、一気に狗神が入って来た。もう成すすべはないと悟った。最低限、守れたらと思って、部屋の隅まで逃げ切った。遅かった。本気を出した大型犬と人間の力では、たかが知れている。
逃げ惑っていると、呪術師から電話がかかってきた。
「た、助けて!」
思わず、出て必死の形相で頼み込んだ。
「それは無理」
「なんで」
「依頼されたから」
「誰に?」
「死ぬ間際だからと特別に教えてあげるね。課長の奥さんに、あなたに呪いをかけるように依頼されたの。子供と仲良く過ごしてるのが羨ましかったんだって。本人に代わるね」
「わたし不妊症でね、子供がほしかったの。主人は家でもあなたの話ばかりするのよね。それも不快だったから、呪いを依頼したのよ」
「それだけで……?」
信じられなかった。こんな眼中にない人に、訳の分からない理由で呪いをかけようだなんて。そこまでだった。徐々に意識が途絶えていった。
その噂を聞きつけた柳さんは早期退職をしてしまった。
転職サイトに登録してみるけれど、一件もかすりがしない。それどころか、シングルマザーだと分かると書類の時点で返信が来なくなってしまう。その繰り返しで、なかなか新しい職場が決まらなかった。
郵便受けには、封筒が入っていた。おそらく履歴書が返ってきたのだろう。リビングに入って風を開けてみると、予想通りだった。生活もかかっているため、次の仕事先が見つかるまで簡単に辞めるわけにはいかなかった。
小河原さんと二人で、夜のオフィスで事務作業をしていた。窓の外は暗いのに、部屋の中だけ灯りがついている。莉子も幼稚園を卒業してくれたから、前より残業ができるようになったのは嬉しいことだ。
「今日も残業かぁ」
「人が減ったから、しょうがないよね。がんばろう」
相変わらず、小河原さんは早いスピードで打っている。ある程度、終わったところで、伸びをしながら窓の外を眺めていた。
同じような人たちが溢れかえっていて、月明かりより夜景が目立っている。ここら辺では星は、あまり見えない。ひときわ輝くものだけが薄っすら浮かんでいるだけ。
「あ、新しい資料が入ってきたから、整理をしておかなきゃ」
「いやいや、明日にしましょうよ」
できるだけ一人にならないように、わたしは気を遣っていた。あいつは夜に現れるらしいから、いまの時間に行く必要性はないだろう。引き留めると、小河原さんも諦めてくれたようだ。
「それもそうか」
耳を澄ましてみると、犬の鳴き声が聞こえてくる。あんな思いをしたから、最初は幻聴だと思い込んでいた。だって、小河原さんはひとつも話題に出して来ないから。
「やっぱり、明日には展示会の準備をするから、今日中にやらなきゃいけないみたい」
「そうなんですか。じゃあ、わたしが行ってきますよ」
状況的に考えて、事務作業は小河原さんの方が得意だ。それなら、倉庫整理はわたしが行った方が効率は良い。しょうがなく申し出ていた。
「そう? じゃあ、よろしくね」
あっさりと了承されてしまったな。重い腰を上げて、倉庫に向かった。幸い、犬の声は聞こえなくなっていた。良かった。わたしは、安心して資料整理をすることにした。
ところが、上の物を取ろうとしたとき、再び唸り声が聞こえてきた。気のせいかもしれない。自分に言い聞かせていた。それでも、音はだんだん近づいてくる。
あと一つで終わりだから、できるだけ早く終わらせればいいだけ。
声が途切れたと思ったら、上から何かが落ちてきた。今までに感じたことのない感触で、私より大きなサイズだ。こんなもの、どこにあったんだろう。天井は崩壊している。
「うぅ」
それは、低い声で痛そうにしていた。嘘でしょ。何で人が落ちてきてるの。目を逸らして逃げようとしても、ドアが開かない。鍵を閉めた覚えもないし、小河原さんが閉めるはずもない。
這いずっている人の顔を見てみると、課長の上田さんだった。息をしていない。既に死んでいるようだ。どうして。葬式で亡くなったはずじゃないのか。私は声にならない悲鳴を叫んでいた。
何とかして逃げる経路を考えていた。でも、どうにもならない。叫び声を聞きつけた小河原がやってきてくれた。
「どうしたの? 何があったの!?」
なぜか外側から鍵が閉まっていると気づき、すぐに開けてくれた。その瞬間に、ア飯田の部屋にいた数匹の犬がものすごい勢いで走ってきた。小河原さんをかみちぎっている。
「はやく、逃げて……」
非常用出口の方向を指差している。わたしは、全力疾走をして向かった。どうしよう。頭の中が真っ白で、何も考えられない。どこまで追いかけてくるのだろう。
資料館の裏に隠れながら、様子を窺っていた。外に逃げたら、大勢の人が死んでしまうかもしれない。
そこは非常用階段に繋がっていて、降りてみたのに、一向に出口が見つからない。ぐるぐると回っているうちに体力がなくなってきた。
唯一、入れたのは事務所だった。外からは、やはり犬の吠える声が絶えず鳴りやまない。鍵をかけて入ってこないようにした。
スマホが鳴り続けていると思ったら、保育士さんからの電話だった。
「すみませんが、もう園を閉める時間になってしまいました。帰宅途中にあるからと親切な保護者さんに、資料館の前まで送ってもらうことにしたので、よろしくお願いします」
一体、どういうことだろう。状況が全く飲み込めない。莉子だったら、小学校に上がったはずなのに、何で保育園にいるの。
「弥生さん、莉子ちゃんも連れてきたよ」
外から声がする。なんで。わたしだけなら良かったのに。娘まで連れてこないでよ。
「来ないで!」
「大丈夫。警備員さんも一緒だから」
警備員さんと一緒に違う入り口から事務所内に入ってきた。声は保護者だったのに、来たのは娘だけだった。
「お母さん、遅いから来ちゃった」
莉子が到着した瞬間、一気に狗神が入って来た。もう成すすべはないと悟った。最低限、守れたらと思って、部屋の隅まで逃げ切った。遅かった。本気を出した大型犬と人間の力では、たかが知れている。
逃げ惑っていると、呪術師から電話がかかってきた。
「た、助けて!」
思わず、出て必死の形相で頼み込んだ。
「それは無理」
「なんで」
「依頼されたから」
「誰に?」
「死ぬ間際だからと特別に教えてあげるね。課長の奥さんに、あなたに呪いをかけるように依頼されたの。子供と仲良く過ごしてるのが羨ましかったんだって。本人に代わるね」
「わたし不妊症でね、子供がほしかったの。主人は家でもあなたの話ばかりするのよね。それも不快だったから、呪いを依頼したのよ」
「それだけで……?」
信じられなかった。こんな眼中にない人に、訳の分からない理由で呪いをかけようだなんて。そこまでだった。徐々に意識が途絶えていった。
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