残酷喜劇 短編集

ドルドレオン

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組長(もちろんフィクションです)

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「組長」 
秘書が組長に、茶を持ってきた。
「のぶさん、正直、お疲れではないですか? 建て前、本音、真意、全部わかって、私たちを見守ってるでしょう」
「いや、そんなことはねえよ。まあ疲れるっちゃ、疲れるが、茶と、ピース一本、持ってきてくれ」
 のぶ組長は、相当疲れ切っていた。青森のやくざをはっていた。正直、つらかった。
 
 くずみたいな警察がいて、土木を盗む人たちを、次々と沈めた。
 警察をひっとらえて、脅して、脅して、結局めんどくさいから、自分の手で、殴り殺した。

 正直、弟分、妹分の面倒を見るのが大変だ。
 本当はうめえもんを食べさせたいが、「兄貴たちのためなら、全然余裕ですが、なにか」と言って、幹部の顔も立てていた。

 けれど、本当にやばい奴が、丈達組に入ってきた。天才的で、ステゴロの才気もある。名前はマナブ。
 いつもめんどくせえめんどくせえ、とか言いながら、刺青を入れた時も、泣きもしねえし、才気はあるし、こんな田舎の青森の古臭い仁義を語るやくざをなぜ好きになるのか、と思い尋ねた。
「おやじ、おれ何すればいい」マナブ。
 ノブ組長は「まあ適当に煙草でも吸いながら、見回りをいっといてくれ」そう言いつつ、組長は、マナブのために、学術書を買ってやったりした。
 楽しそうに、学問にはまる息子のように愛したが、あぶねえ真似もするから、「おいおい、そんなとこで、きれんじゃねえよ」とどやしてやった。
 紙とペンを渡して、数式を書いたが、息子分は面白そうに学問にはまっていく。正直、足を洗って、学者になってほしい思いもあったが、組の金はあまりないのも事実だった。刺青を掘るのだって、金はかかるが、青森のやくざの彫師はまあ適当に「落書きだ」と言いつつ、安い金で、龍、まむしを書いてやった。本当にいいじいさんだ。
 そんなノブ組長は、自分語りも忘れ、仕事に没頭しつつ、自分だけが口座をもち、何とか、組の金を集めては、一日一本のピースと、大五郎で、適当に数式で、遊んでいた。
 それから、氏神様にお参りに行き、「安くて悪いな、神様」と言って、ミニ五郎を追いてった。
「ああ、結局のところ、俺は何をしたいのだろう?」ノブ組長の愚痴を聞ける人は少なかったが、マナブには本音で話せる部分もあった。「おやじよ。分かんねえもんはわかんねえ。あいつよ、屑だからよ、殺した方が楽じゃねえか」「まあまあ、サツってのが、なんだかんだよお、屑は屑で、捕まえっからよ」
 マナブの本音は、両親に捨てられたことだった。あまり自分語りもあまりしない。わたしはあえて、昔のことを語ったが、マナブは「そりゃあ、親を殺した方が、楽じゃねえか?」とどやして、「まあまあ、いいからいいから」と言い放った。

 弟分、妹分には、適当に煙草と酒を渡しておいた。わたしはそれから、広い、と言っても、六畳ぐらいの部屋で、適当に、ミニ五郎で酔っていた。適当に、紙とペンで、物語を書いていた。
 ノブ組長の、子供の頃の夢は、太宰治のような作家になることだった。あんな堕落的な生き方が好きだった。
 愛人と死ねたら、と思いつつ、死ねない、自分。最初は普通に結婚をしたが、妻が刺殺事件にあい、泣き崩れながら、法律で裁いてもらい、金をもらった。それから、東京、仙台、で麻雀でしのぎ、稼いだ。時にはでかいレートの代打ちも頼まれた。
 トイレで、こっそり、「あの社長に、勝たせろ。それで、おまえは三番を取れ」そう言われ、「ああ、やってやりますよ」と。
 正直しんどい世界だった。いかさまは、当たり前、OUTの世界。見張り、組長の観察、監視カメラ。必死にしのいで、二番手を取ってしまうこともあった。
「あそこで、チーマンを振り込め、というとうしに気づかなかったのか! 莫迦!」と言われたり、勝った金なのに、なぜか、使えない自分がいた。
 
 通りで、スナックのママに、愚痴を言いながら、煙草を吸い。愚痴でめんどくさい、正直めんどくさい、大変だ、リアルなライフは大変だ。
 ノブは何とかしのいだ、金で、暮らしていた。一日にゴールデンバッド3箱を吸い、麻雀研究に打ち込む。
 麻雀、麻雀、麻雀。
 麻雀だらけの人生で、俺は何をしていたのだろうと、何を思っているのだろう。




 のぶは、ある意味で悟っていたかもしれない。しかし、それはうぬぼれにすぎなかった。いつ悟ったと思ったか? 通りをただ歩いている時だけだ。麻雀を忘れた。チンピラに喧嘩を売られても、殴られたあと、頬を豪打して、適当にうちのめし、泣きっ面を見てから、金も奪わずに帰った。
 自転車を見かけると、みんな何かに憑りつかれていた。それは東京という病巣だ。

 麻雀、麻雀、麻雀。本物の雀士と四人で真剣に麻雀に入り込んだ。ただ勝つこと、負けること、何もかも知り尽くしたようで、微妙な世界を知った。
 麻雀に神がいると思ったこともあった。アパートで、女を抱きながら、涙も忘れていた。

 どうして、おれはこんな生き方になったのか。それはようわからん。



 のぶ。こんな名前を持ちながら、ごろつきのように町を歩く。裏の世界では徐々に名前が広がった。通りで、殴られている奴がいた。わたしが近寄り、「何があったんだ?」と聞くと、殴っていた二人は、こちらにかかってきた。わたしはけりを一発いれた。折れた音がした。もう一人は顎を殴った。卒倒していた。
 通り魔に襲われたようだった。彼の介抱をした。「ありがとうございます」「横になってろ」
 それから交番に届けて、お礼のお金を支払いたい、と被害者に言われた。「いいんだ、本当に。本当は関わっちゃいけないものなんだ」そう言い捨てた。

 東京というのは、気味の悪い都市だ。そこには魔が跋扈している。

 結局、麻雀でしのぎつつ、裏の世界を知るようになった。たまに、「こいつは、もう金でしか価値がないやつなんだ。麻雀で四位を取った奴がこいつを買う、それでいいか? おい、安達組、おまえんとこ、こいつかくまうか」
 安達組のやくざが言った。
「あ? どんなやつなんだ」
「女をまわしたあと、めっためったにして、刑務所に何回入っても、レイプ魔をやめられねえ、屑だ」
「いらねえだろ。そんなもん」
「なあ! いらねえよな!」
 そう言って、ぐるぐる麻雀が始まることもあった。こういった対局は正直、楽だった。
「助けてくれ、助けてくれ。なんでもする」
 丈組の幹部がいう。
「喉は乾いたか? くそやろう」
「乾きました。乾きました」猛暑である。
 すると、丈組の一人が、
「ほら」と言って、空っぽになったペットボトルを投げ渡した。
「中身がないんですが……」
「あ? 喉かわいんたんだろ。ペットボトル」
 わたしは正直やるせなく、こんな屑を始末しないといけないめんどくささから、トップを取りに行った。
「おい、ノブ。お前んとこ、いらねえのかい、このうんこ」
「うんこはいらない。ところで、この茶はうまいな」
「ああ、福建省の茶だ」
 そして、運悪く四位を取ってしまった、安達組が、
「こんなしょうもないうんこに、金を払うとは、めんどくさい」
 そう言うと、後ろから安達組のやくざが、ピストルを取り出し、その屑をその場で撃ち殺した。

 丈組、というのは、もとより、関東で裏社会の一部を担っていた。
 はやり病がはやり、ブラックなアルバイトをする連中が増えた時、お触書をそこかしこに貼り、「この地域一帯、丈組につき、闇仕事、禁止」と厳重に注意した。
 わたしは久しく、丈組に世話になっていたのだが、正直、裏社会に辟易していた。
 そこで、わたしは、「やめさせていただきます」と願い出たのだ。
「おまえはやくざか」
「はい、建前上やくざです」わたしは口を滑らせた。ドスで、右足を刺された。
「すみません。やくざです」
「お前の本業はなんだ?」
「麻雀です」
 そこで世話になった組長が現れた。正座をしながら、わたしをじっと見つめている。
「お前の価値はいくらだろうな」
「価値なんてありません。0円みたいなもんです」
「ああ、お賽銭が必要な神様なのか」
「いいえ、すみません、そういうことじゃありません」
「お前の背中の十一面観音様は落書きか」
「いいえ、落書きじゃありません」
「いや、組長のわたしが言う、落書きだ」
「すみません、落書きです」
「ところで、おまえの価値はマイナス百万円ぐらいなんだ」
「なんでもします。百万円稼いで、返します」
「だからいらねってんだ。おい」
 組長が、封筒に何か入っているものを持ってきた。わたしはひどくびくびくした。
「おまえに百円やる。それで、組を抜けてくれないか?」
 わたしはその封筒をもって、外に出ようとした。その前に、組長が盃を取り出し、目の前で割って見せた。
「出てけ、この貧乏神」
 心臓をバクバクさせながら、外に出て、刺された足を痛めながら、何とか煙草だけは吸った。
 封筒を開けると、そこに百万円札のぴんさつが入っていた。わたしは思わず、空に向かって泣き吠えた。

 


 そして、現代にいたる。わたしは結局青森で、やくざをしながら、的屋で焼きそばを作っていた。祭りだ、ねぶた祭りだ。
 わっしょい、わっしょい。マナブも、「祭りだ、野郎ども」煙草を吸いながら、山車を動かした。
 わたしはなんだかんだ、ねぶた祭りの時だけが、人でいられた思いだった。焼きそばが売れると、現金がちょろちょろ入った。貴重な金だった。
 ねぶた祭りは盛大に開かれ、沢山の人がきた。人の笑顔を見られるのが、実は幸福だった。それだけだった。

 軽トラを運転して、関東の丈組を訪れた。世話になった組長は、よぼよぼの爺さんで、大きな屋敷の一室で、横になっていた。
「久しぶりだな、のぶ」
「お久しぶりです」
「なんだ、広い空の下で堅気をやっているかと思えば、またやくざになっちまって」
「そうなんです。いろいろありまして」
「囲碁でも打とうか」
 それから、わたしと元組長は碁を打った。
 わたしはあふれ出る涙を、隠しきれなかった。
 元組長は何も言わずに、たばこ農家が作ってくれた安い煙草を吸いながら、ただ碁盤を見つめていた。


END
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