半分だけ形あるもの

ドルドレオン

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扉の向こうは、予想していたほど暗くはなかった。天井の低い通路がまっすぐに伸びていて、両脇には古い喫茶店のカウンターのようなものが並んでいる。客はいない。カウンターの上には、使われた形跡のない灰皿と、水の入っていないグラスが等間隔に置かれていた。

通路の奥に、白い紙が一枚落ちていた。拾い上げてみると、そこには何も書かれていない。だが、なぜかそれが「半分だけ形のあるもの」の一部だと直感した。紙は確かに紙だったが、そこにあるはずの意味が欠けているように感じられた。

通路の突き当たりに、小さな部屋があった。中には中年の女性が一人、椅子に座ってレコードを磨いている。音楽は流れていない。

「探し物ですか」と彼女は顔を上げずに言った。
「たぶん」と僕は答えた。「半分だけ形のあるものを」
「それなら、ここに来る人は皆そう言います」

彼女は棚から一枚のレコードを取り出した。ジャケットにはタイトルも演奏者も書かれていない。
「これは音のない音楽です。聴ける人と、聴けない人がいる」
「僕はどちらでしょう」
「まだ分かりません」

彼女はレコードを僕に渡した。持った瞬間、それが少しだけ重くなった気がした。だが、針を落とすプレーヤーはどこにもない。

部屋を出ると、通路の様子が変わっていた。カウンターは消え、代わりにいくつもの扉が並んでいる。それぞれに小さな札が下がっていた。「記憶」「後悔」「名前を付けなかった感情」――どれも曖昧で、しかし見覚えがあった。

「名前を付けなかった感情」の扉を開けると、そこは僕の昔の部屋だった。学生時代、誰かと二人で住んでいた部屋だ。相手の顔は思い出せない。ただ、夜になると必ず同じラジオ番組を聴いていたことだけは覚えている。

テーブルの上に、小さな箱があった。開けると、中には何も入っていない。だが、箱の内側には、確かに「あったはずのもの」の輪郭だけが残っていた。僕はそれを見て、初めて強い喪失感を覚えた。

その瞬間、電話の声が頭の中で再生された。
――半分だけ、形があります。

箱を閉じると、箱自体が消え、代わりに最初に拾った白い紙が手の中に戻ってきた。今度は、薄く線が浮かんでいる。それは文字になりかけているようでもあり、地図のようでもあった。

僕は理解した。探しているものは、完成した何かではない。意味になる直前の意味、言葉になる前の感情、選ばれなかったもう一つの人生。形はあるが、定義されていない。

地下道を抜けると、いつの間にか駅のホームに立っていた。レコードも紙も、もう手にはない。ただ、胸の奥に、うまく説明できない重みだけが残っている。

電車が到着する。ドアが開く。僕は一瞬迷い、それから乗り込んだ。失くしたものが完全に戻ることはないだろう。それでも、半分だけ形のあるそれと一緒に生きていくことはできる。そんな気がした。

電車が動き出すと、窓に映った僕の顔が、少しだけ違って見えた。
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