ケモノグルイ【改稿版】

風炉の丘

文字の大きさ
9 / 47
【1】ヤサシククルウ

1-8 “ひみつきち”

しおりを挟む
 大小2つの足跡は、現れては消えを繰り返していたが、ザックが予想した通りのルートに残されていたため、辿るのは難しくなかった。
 しかし、高さ1メートル程の岩が鎮座する前で、足跡は完全に途絶えてしまう。
「さて、足跡が途絶えたわけだが、坊やはどう見るね?」
「なんとうか…その……この岩が、あからさまに怪しいです」
「はははっ、違いねぇ」
「足跡に気付いたジェイクさんが、痕跡を残さないようこの岩に登り、近くの木の枝に飛び移って逃げたのではないでしょうか!」
「ほう、そりゃ面白い。確かにこの岩は踏み台にちょうど良いし、兄貴にニンジャの才能があれば可能かもしれないな♪」
「ザックさんの反応からして、ハズレですね」
「いやぁ~分からんよ♪」
「やっぱりハズレなんだ。でしたら……でしたら……もしかして、ここが"ヒミツキチ"の入り口なのでは?」
「はははっ、気付かれちまったか~~♪ で、どうする? どうやって入り口を開けようか?」
「でしたら、ごり押しますっ!! どりゃあああっ!!」
 マンモスは自慢の怪力で押した! 押して駄目なら引いてみた! そして持ち上げようとした! だが、岩はびくともしなかった。
「ザックさん、降参ですわ。これは無理ですぅ」
「はははっ♪ 無謀な挑戦を迷わず出来るたぁ、若いってのは良いもんだな。だが、腰は気をつけろよ。ギックリをやっちまうと、回復魔法でも完全には治しきれないって聞くぜ? じゃあ、お待ちかねの正解だ」
 ザックは岩に手をかざすと呪文を唱えた。
「チチンプイプイ ゴヨノオンタカラ……っと」
 すると鎮座していた岩が、音もなくフワリと真上に浮かび上がった。
「反重力魔法を応用した、鉄壁の鍵ってわけだ」
「こんな正解、分かりっこないじゃないですか~~!!」腰を押さえながらマンモスは嘆いた。
「なに、呪文だけが正解じゃねえさ。もしかしたら坊やの怪力で何とかなったかもしれないだろ? さてと……どうしようかね」
 フワリと浮かぶ岩の下には、底へと続く階段があった。しかし入り口は狭く、大の男がギリギリ入れる程だった。ザックはともかく、巨漢のマンモスが入るにはかなり狭い。
「坊やは外で待つってのはどうだ?」
 そう言われたマンモスは、思わず後ろを振り返り、青ざめる。草木が邪魔でもう見えないが、その先には首の無い大熊が横たわっていた。
「いやいやいやいや! 勘弁してください! あんな猛獣がまだいるんでしょ!! こんなところに置いてかないでくださいよっ!」
「この下にはその大熊をぶっ殺した、コワ~イお人が待ってるんだけどな」
「まだ人の方がましですって!!」
「まあいいけどよ。じゃあ坊やは最初の部屋で待ってるんだぜ」
 そう言って、ザックは階段を降りてゆく。マンモスも身体を傾け、横を向きながら底へと消えてゆく。
 二人の影が入り口から消えると、浮かんでいた岩が音もなく降りて行き、再び入り口は閉ざされた。

 ザックが下へと続くトンネルを下っていると、後に続くマンモスは、困惑しながら話しかけてきた。
「あの…ザックさん。この穴は何なんです? 人の手で加工されてますけど、人が掘ったにしては無駄が多い感じがします。かといって天然の穴とも思えません。一体何なんです?」
「なんだ、坊やは地質学とか詳しいのかい?」
「学なんてありゃしません。ガキの頃、炭鉱でこき使われてただけです」
「なるほどな。じゃあ……坊やは、"掃除屋"と呼ばれてる魔獣を知ってたりするか?」
「いえ…。知らないです。ザックさんみたいな殺し屋の魔獣ですか?」
「はははっ♪ 確かにオレも掃除屋かもな。だがちょっと違うんだ。だったら、"帝国"の東に広がる大森林なら知ってるか?」
「たしか"深キ深キ森"でしたっけ。魑魅魍魎で溢れかえってるって聞いてます」
「奴らはそこにいてな、獣道をふさぐ倒木を取り除いたり、行き倒れた屍体を餌に持ち帰ったりと、あの大森林を綺麗に片付けてるから、付いたあだ名が“掃除屋”なんだってよ」
「はあ、そうなんですか。なんか、死んだかーちゃんみたいな魔獣ですね」
「ははは。かーちゃんか。そりゃいい。正体はかーちゃんとは程遠いけどな」
「どんなヤツなんです?」
「それがな、犬ほどもある馬鹿でかいアリなのよ」
「ええええっ!? でかいアリですかっ!」
「その馬鹿でかいアリがな、時々大森林から飛び出して、人間様の世界に巣を作ろうとするんだよ。いわゆる"ハグレモノ"だな」
「ハグレモノ……」
「奴らが繁殖を始めたら一大事だ。動物はみんな餌にされちまう。もし近くに村があったら、家畜はもちろん人間だって餌食さ。実際、"掃除屋"に滅ぼされた村はいくつもあるんだぜ」
「メッチャヤバイじゃないですか!!」
「ああ、その通り。メッチャヤバイ。だから"ハグレモノ"は見つけ次第皆殺しにしなきゃいけねぇのさ」
「………あっ! もしかしてこのトンネルって、その馬鹿でかいアリの巣だったりします!?」
「御名答♪ 偶然にも繁殖しているところを見つけてな、大事になる前にオレ達だけで駆除して、奴らの巣を丸ごといただいたってわけよ。だから世間様は、ここに"ハグレモノ"がいたことも、オレ達の"ひみつきち"があることも、何もしらねぇのさ」
「ということは、ザックさん達は人知れず人助けをしてたんですか」
「人助け? そうなるのかねぇ? それはそうとこの"掃除屋"、食うと美味いんだぜ♪」
「ええええええっ!! でかいアリ食べちゃうんですかっ!!」
「駆除したおかげで肉は山のようにあったからな。試しに焼いてみたら良い匂いでな。食ってみたら絶品よ♪」
「………そ、そういえば、聞いたことがあります。"野薔薇ノ王国"の郷土料理にアリ料理があるってっ!」
「おいおいおい! マジかよ!」
「聞き間違いでなければ……ですけど」
「まいったねこりゃ。美人だけでなく、美味い料理まであるのかい。"野薔薇ノ王国"に行く理由が増えちまったよ♪」

 やがて道の左に木造のドアが見えてくる。ドアの隙間からは明かりが漏れていた。間違いない。誰かがいる。もしくは、いたのだ。
 ザックはドアをノックしてから声をかける。
「兄貴。ジェイクの兄貴、いるのかい? ドアを開けるぜ?」
 用心しながらドアを開けるが、人の気配は感じない。二人は用心しながら楕円形の小さな部屋に入る。天井にはランタンが吊され、部屋を照らしていた。中央には机が置かれ、椅子が4つ置かれている。部屋の端には木箱がいくつか置かれており、食器や積み木や木作りのオモチャが入っていた。トラップの類は無いようだ。
「ザックさん、この部屋はなんなんですか?」
「強いて言うなら会議室…かね? 遊び部屋だったり、食堂だったり、色んな事に使ってたよ。さて……ここにいないとなると、更に底へ向かったって事になるが……。坊やはここで待ってな」
「いや、ですが…」
「ここから先は狭いだけじゃねぇ。侵入者用の即死トラップがいくつもある。無駄死にされちゃ迷惑なんだよ」
「そ、それでしたら、せめてこれだけでも持ってってください」
 そう言ってマンモスは懐からアンプルを取り出す。それは裏社会で流通している超回復薬"ソーマ"の粗悪な模造品だが、回復効果はそれなりにあった。
 ザックはありがたく一本受け取ると、ポケットにしまう。
「それではザックさん、ご武運を……って言うんでしょうか? きっと戻って来てくださいね」
「あいよ」

 不安げに見つめるマンモスを残し、ザックは更なる底へ、奈落へと下ってゆく。
 この先に兄貴がいる。この下にきっといる。だが……、オレを待っているのは、兄貴だけなのか?
 懐かしい静寂と暗闇は、ザックに言い知れぬ恐れを呼び起こす。何かが引き返せと訴える。だけど、もう……

 後には戻れない。

第1章・完
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

処理中です...