ケモノグルイ【改稿版】

風炉の丘

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【4】アトシマツ

4-4 未練の妖魔王

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「私はこれまで、説得に成功したためしがありません。ボスを正しい道に導こうと何度も試みてきましたが、結局は一度も成功しなかった…」
 アンティは真摯な面持ちで訴える。
「それでも懲りずに説得したいと思います。ザック坊や、逃げてください」
「気持ちは嬉しいが、そいつは出来ない相談だぜ、おじちゃんよ。今、ここで逃げ出したら、兄貴どころか“ロストボーイ”のみんなに叱られちまう」
「何故ですか! 仮にジェイクさんの遺産が上手く働いて、刺客を百人まで減らせたとしても、独りで相手するなんて無理ですよ」
「だろうな」
「それが分かっていて、何故逃げないのです? 意地ですか? 誇りですか? 罪悪感ですか? 復讐心がそうさせるのですか?」
「そう言うのもない訳じゃないんだがな……。有り体に言えば、あの子のためさ」
「モナカちゃん? あの子なら大丈夫です。魅了のチカラで護られている。決して殺されたりはしません。ですが貴方は違う。今や“オーガ”の裏切り者だ。誰もが躊躇せず坊やを殺すでしょう」
「ったく、困ったおじちゃんだな。なんっにも分かっちゃいねぇ!」
「…と、言いますと?」
「確かに魅了のチカラは、あの子の身体は護るだろうさ。だけどな、心までは護れないんだよ」
「よく分かりません。どういうことでしょう?」
「ケモノグルイ……ああ、これはあの子に魅了された状況を、オレが勝手にそう呼んでるんだがな…。あの子に魅了されると、誰もがあの子の“にぃに”になりたがる。そこまでなら問題無いさ。だけどな、どいつもこいつも独占欲をむき出しにして、“たった独りのにぃに”になろうとしやがるんだよ。どういうことか分かるか?」
「千人もの刺客が、あの子の前で殺し合いを始めるんでしょう? それくらい予測できますよ」
「おじちゃんよぉ……」
 ザックは頭を抱えた。
「え? 私、何かおかしな事言いましたか?」
「……ああ、そうだよな。そうだった。おじちゃん、人間じゃないもんな。元妖魔王だもんな。分からなくても仕方ないわな」
「は?」
「あのなおじちゃん。人間の心ってのはな、妖魔と違って、と~~~~ってもデリケートなの! 分かる?」
「デリケート……はぁ」
「オレみたいな殺し屋ともかくとして、一般的な人間は、人死になんぞ見ようものなら、ショックで心に傷を作っちまうんだよ。大の大人ですらそうなんだ。幼い子供ならなおのことさ」
「え……え……え……。人間とはそこまで弱い生き物なのですか!?」
「あのな、おじちゃんは今な、千人もの“にぃに”が殺し合いをする様を、幼気な子供に見せようとしてるんだぜ? そんなことしてみろ、あの子の体は無事でも、心が死んじまう」
「そ、そう……だったんですか………。私はなんと言うことを……」
 アンティは頭を抱えると、その場にうずくまる。
「……マジで気付いてなかったのかよ」
「ショックなことがあっても、時間が解決してくれる……とかありませんか?」
「そりゃ多少はあるだろうが、人間には時間が無いからなぁ。神様や妖魔と違って、一般人は百年と立たず死んじまうし」
「ああ、そうか。そうでした。すみません。人間の命は短い。完全に失念していました」
「いいさ。分かってくれたなら、それでいい」
「い、いや、ちょっと待ってください! それじゃ、ザック坊やがやろうとしている事って…。モナカちゃんの目に触れる前に、刺客を皆殺しにする!?」
「ま、そうなるな。兄貴のようにあの子を連れて逃げるなんて、オレには無理だ。だけど人殺しは得意中の得意だ。慣れない逃亡生活をするより、ここで迎え撃った方がいい。地の利はこちらにあるし、兄貴の遺産もある。“野薔薇ノ王国”から救援が来るまでの時間稼ぎなら、オレ独りでも十分さ」
「モナカちゃんの心を護るために……坊やは、命を捨てるのですか?」
「捨てる気なんて更々ないけどな。でもまあ、死んだとしても悔いは無いさ」
「もしかして…ザック坊やも“ケモノグルイ”なのでは?」
「どうだろうな。“にぃに”になる気なんてさらさらねぇし、あの子を独占したいとも思わねぇ。だが、信念を曲げて依頼の無い殺しをやろうってんだ。オレが狂ってるのは間違いないだろうよ」
「そう……ですか……。またしても一本取られてしまいましたね。坊やを説得するはずが、逆に説得されてしまいました。仕方ありません。お名残惜しいですが、私は遠くから貴方のご武運を祈ることにします」
 そう言って、アンティは寂しく笑った。

「そういや、5分はとっくに過ぎてるんじゃねえか?」
「はい。肉体の修復は完了していますよ」
 ザックは自分の身体を確かめる。頭の陥没がすっかり治っていた。体中の傷も塞がり、出血も止まっている。しかし肌の色は紫のままだ。
「今はまだ私の支配下にありますからね。坊やの魂を手放せば、肌色も戻りますよ」
「そうか。安心したぜ! じゃ、やってくれ!」
「…………」
「ん? どうした?」
「本当にいいんですね? 不死者ではなくなりますよ?」
「しつこいなぁ。妖魔ってのはどいつも未練がましいのかい?」
「もちろんです! 当たり前じゃないですか!」
「あ、当たり前なのか?」
「短命の人間と仲良くなれば、共に生きる時間を少しでも長くと望むに決まっています。神々だって延命を望むでしょうよ」
「そいつは大変栄誉なことなんですがね、今はありがた迷惑だぜ。さあ、とっとと手放してくれや」
「分かりました……。では、いきます」
 ザックが手を見ていると、肌の色が元に戻っていくのが分かる。徐々に変わって行き、5秒ほどで完全に元に戻った。
 安堵したのもつかの間、激しい痛みが全身を駆け巡る。更に猛烈な吐き気に襲われ、呼吸も上手く出来ない。ザックは思わず膝を付くと、床に向けて血の混ざった胃液を吐き、猛烈に咳き込んだ。
「ああ、言い忘れてましたが、魂を手放した直後は、神経が過剰に反応します。知覚過敏みたいなものでしょうか? しばらく痛みや苦しみが続くと思いますけど、じきに落ち着きますよ」
 そう言うことは先に言ってくれ!
 咳き込みながら、心の中で悪態をつくザックだった。

「大丈夫ですか?」
「ああ、だいぶ落ち着いた。もう平気だ」
「よかった。坊やが予想以上に苦しそうでしたので、また死ぬんじゃないかと心配してました」
 ザックの体調が戻るまでに、10分を要した。
 その間に攻め込まれでもしたら、抵抗の術は無かっただろう。
「包囲網はどうなってる?」
「攻め込む気配はまだありません」
「やけにノンビリだな」
「ただ、意思や命令系統を統一しようと動いている者がいるようです。恐らくは魅了系か、洗脳系の能力持ちでしょう」
「………つまり?」
「まとまりの無かった数百もの冒険者パーティーが、一つの意思によってまとまった精鋭部隊へと変わりつつあるという事です」
「なるほど。つまり同士討ちは望めないってことか。まいったねこりゃ」
「坊や……」
「なんだい、おじちゃん」
 アンティはザックをしばし見つめ、そして諦めたように目を閉じる。
「そろそろ、お暇しようと思います」
「ああ、元気でな。次に会う時は妖魔王かい?」
「カンタァを手厚く葬ったら、しばらくは世界を見て回るつもりです。妖魔王への復帰はそれから考えますよ」
「カンタァって誰だい?」
「チンピラです。キュベリさんのチームにいた、ただのチンピラですよ。チームに潜入するために近づいたんですけどね。振り返ってみれば、初めてできた人間の友達でした。もちろんボスやザック坊やと比べれば、取るに足らない存在ですけどね」
「そういや、キュベリのチームは爆死で全滅だったな」
「殺されたのはそれより前です。モナカちゃんを逃がそうとして、見せしめに首を切られました。屍体はアジトの地下に放り込んだままでしたから、せめて妹さんの墓の隣に埋葬できればと思いまして」
「人類に仇なす魔王さんにしちゃ、やけに優しいじゃないか」
「そういうものですよ。人類を滅ぼして世界征服なんて、独りじゃ骨が折れますからね。味方は大切にしなくては」
「はははっ♪ それじゃ何かい? オレに優しいのも、世界征服の手駒にしたかったからかい?」
「ふふふ♪ どうでしょうね」
 アンティは優しく微笑んだ。釣られてザックも笑い返す。

 優しい時間が流れる中、静かに、そして確実に……破滅が迫っていた。
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