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第2章 硝子の禁域
2-1.真珠の目覚め
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2021年12月某日。
フランス領ニューカレドニア・アール島の北端、文明の音が届かない静寂の砂浜に、サラ・テヴァリエの家はあった。
夜明けとともに目覚めた彼女は、何一つ身に纏わず、生まれたままの姿で外へ出る。
朝日を浴びて真珠色に輝く肉体は、18歳から欠かさず続けてきた「日課」によって、一切の無駄を削ぎ落とされた完璧な造形美へと磨き上げられていた。
彼女はそのまま、桟橋から華麗にジャンプし、頭から海へと溶け込んだ。
目的地は沖合2キロ。
水深60メートルに口を開ける天然の水中トンネル。
そこへ向かう往復4キロの遠泳と、深海での潜行。
それが彼女にとっての「呼吸」そのものだった。
青く透き通る世界を、サラは力強いドルフィンキックで突き進む。
肺が心地よく圧迫され、意識が透明になっていく。
だが、トンネルの入り口に差し掛かった時、彼女の鋭敏な感覚が違和感を捉えた。
(……泡の音?)
自分の鼓動以外に、規則的な排気音が聞こえる。
誰かがスキューバ装備で潜っている。
この「聖域」に、よそ者がいる。
サラは警戒するようにトンネルを通り抜けると、一気に水面へと向かって加速した。
海面に突き出た小さな岩礁。
そこに這い上がったサラは、濡れた長い髪を背中に流し、追ってくる主を待った。
やがて、水面を割って1人のダイバーが姿を現す。
マスクを外したその顔を見た瞬間、サラの心臓が大きく跳ねた。
「……エドワード!」
それは、約3週間前、彼女を深淵の底へと導き、そして共に生還した男、エドワード・黒崎だった。
「相変わらず、すごい身体能力だな。プールと違って海には海流ってもんがあるだろ。これほどの距離と深さを、装備もなしに自分の家のように泳ぎ回るなんてな」
黒崎が眩しそうに彼女を見上げる。
そこにはかつての冷徹な支配者の顔はなく、1人の女を求めて彷徨ってきた男の、切ないほどの思慕があった。
サラは迷わなかった。
岩礁の上に立ち、一度美しい弧を描くように背筋を伸ばすと、一輪の花が散るような流麗なフォームで海へと飛び込んだ。
水飛沫を最小限に抑え、彼女は水中を矢のように進んで黒崎のもとへ辿り着く。
水面で顔を合わせた瞬間、サラは黒崎の首に腕を回し、その唇を塞いだ。
海水で濡れた冷たい肌とは対照的な、熱い、再会のキス。
「……、エドワード。今日、来るんじゃないかって、思ってたわ」
「ああ、君のいない地上は、あまりにも空気が薄すぎた」
海に抱かれたまま、2人は強く抱きしめ合う。
かつて狂気と苦痛で結ばれた2人の関係は、今、島の柔らかな光と潮騒の中で、純粋な愛へと昇華された。
「サラ、ケアンズの「NUCLEUS」に一緒に来てくれ。君の新しいステージを用意した。そこで君が泳ぐ姿を、世界の大富豪たちにライブで見せつけてやるんだ。ただし、期間は1年限定だ。」
黒崎の提案に、サラは力強く頷いた。
こうして、1人の女と1人の男は、再び手を取り合い、新しい物語へと漕ぎ出したのである。
フランス領ニューカレドニア・アール島の北端、文明の音が届かない静寂の砂浜に、サラ・テヴァリエの家はあった。
夜明けとともに目覚めた彼女は、何一つ身に纏わず、生まれたままの姿で外へ出る。
朝日を浴びて真珠色に輝く肉体は、18歳から欠かさず続けてきた「日課」によって、一切の無駄を削ぎ落とされた完璧な造形美へと磨き上げられていた。
彼女はそのまま、桟橋から華麗にジャンプし、頭から海へと溶け込んだ。
目的地は沖合2キロ。
水深60メートルに口を開ける天然の水中トンネル。
そこへ向かう往復4キロの遠泳と、深海での潜行。
それが彼女にとっての「呼吸」そのものだった。
青く透き通る世界を、サラは力強いドルフィンキックで突き進む。
肺が心地よく圧迫され、意識が透明になっていく。
だが、トンネルの入り口に差し掛かった時、彼女の鋭敏な感覚が違和感を捉えた。
(……泡の音?)
自分の鼓動以外に、規則的な排気音が聞こえる。
誰かがスキューバ装備で潜っている。
この「聖域」に、よそ者がいる。
サラは警戒するようにトンネルを通り抜けると、一気に水面へと向かって加速した。
海面に突き出た小さな岩礁。
そこに這い上がったサラは、濡れた長い髪を背中に流し、追ってくる主を待った。
やがて、水面を割って1人のダイバーが姿を現す。
マスクを外したその顔を見た瞬間、サラの心臓が大きく跳ねた。
「……エドワード!」
それは、約3週間前、彼女を深淵の底へと導き、そして共に生還した男、エドワード・黒崎だった。
「相変わらず、すごい身体能力だな。プールと違って海には海流ってもんがあるだろ。これほどの距離と深さを、装備もなしに自分の家のように泳ぎ回るなんてな」
黒崎が眩しそうに彼女を見上げる。
そこにはかつての冷徹な支配者の顔はなく、1人の女を求めて彷徨ってきた男の、切ないほどの思慕があった。
サラは迷わなかった。
岩礁の上に立ち、一度美しい弧を描くように背筋を伸ばすと、一輪の花が散るような流麗なフォームで海へと飛び込んだ。
水飛沫を最小限に抑え、彼女は水中を矢のように進んで黒崎のもとへ辿り着く。
水面で顔を合わせた瞬間、サラは黒崎の首に腕を回し、その唇を塞いだ。
海水で濡れた冷たい肌とは対照的な、熱い、再会のキス。
「……、エドワード。今日、来るんじゃないかって、思ってたわ」
「ああ、君のいない地上は、あまりにも空気が薄すぎた」
海に抱かれたまま、2人は強く抱きしめ合う。
かつて狂気と苦痛で結ばれた2人の関係は、今、島の柔らかな光と潮騒の中で、純粋な愛へと昇華された。
「サラ、ケアンズの「NUCLEUS」に一緒に来てくれ。君の新しいステージを用意した。そこで君が泳ぐ姿を、世界の大富豪たちにライブで見せつけてやるんだ。ただし、期間は1年限定だ。」
黒崎の提案に、サラは力強く頷いた。
こうして、1人の女と1人の男は、再び手を取り合い、新しい物語へと漕ぎ出したのである。
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