「深淵のサラ」 〜極限の潜水パフォーマンスに挑む金髪の美姫。独占欲に溺れるCEOと、立ちはだかる女帝たち〜

Mina_Underwater

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第3章 死線の抱擁

3-13.凪の朝

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あの凄惨な夜から、数週間が過ぎた。
未だに白石の死体は見つかっていない。

(本当に隠してくれたんだ)

黒崎はあの女の飛び込み -- 身体をしなやかに折り、天へと突き上がるように腰を引き上げて両脚を大きく広げ、着水するときには、脚が真っすぐ上に伸びている独特のフォームが忘れられない。

都会の喧騒、「Abyss Cathedral」の狂信的な熱狂、そして互いの命を削り合うような血の匂い。
それらすべては、今や遠い異世界の出来事のように思える。

フランス領ニューカレドニア、アール島の「端っこの家」。 
かつてサラが独りで潮騒を聴き、黒崎と衝撃的な出会いを果たし、そして一度は決別の覚悟を決めたあの場所。

そこが今、2人の新しい世界の中心となりつつあった。
黒崎は、自身の築き上げた「ブラックドッグ」の全株式を売却し、計り知れない財産を手にしていた。

かつての傲慢なCEOの椅子を捨て、ケアンズの最高級マンションとこのアール島の北端を頻繁に行き来する自由を手に入れたのだ。

窓から差し込む朝陽は、熟した果実のように柔らかな桃色を湛え、寝室の静寂をゆっくりと溶かしていた。
サラは、覚醒の合図を待つこともなく、静かにシーツの海を押し退けた。
指示されるまでもなく、いつものように全裸のままベッドを抜け出す

あの死線——鉄鎖に縛られ、暗黒の底で「黄色いボンベ」に命を繋いだ極限の数時間。
水圧に肺を押し潰され、絶望に視界を奪われかけたあの過酷な経験を経てもなお、彼女の肉体は微塵も揺らいでいなかった。

むしろ、日々の潜水とあの復讐劇で研ぎ澄まされた肢体は、以前にも増して神々しいまでの機能美を放っている。
朝の光を浴びた彼女の肌は、細やかなキメの一つひとつが真珠のような光沢を放ち、浮き出た鎖骨から、水圧を受け流すしなやかな曲線を描く腰つきまで、一切の無駄がない。

股の付け根、右側に刻まれた小さなホクロ。
かつて白石を破滅的な官能へと誘ったその「死の刻印」を、今はただ、穏やかな陽光が優しく祝福していた。

「……起きたのか」

背後から届いたのは、低く落ち着いた、凪のような声だった。
黒崎だ。 
この島にいる時の彼は、都会での牙を完全に隠していた。
彼もまた、サラと同じようにありのままの全裸の姿で過ごしている。

手に携えた2つのマグカップからは、淹れたてのコーヒーの香ばしいアロマが立ち昇り、潮騒の香りと混じり合って部屋を満たしていく。
かつて獲物を射抜くようだった彼の鋭すぎる眼差しは、今では深い海の底のような、静かな慈しみを湛えていた。

「おはよう、エドワード」

髪を銀のエパングルでまとめたサラが振り返る。
黒崎は吸い寄せられるように彼女の傍らへ歩み寄った。
温かなマグカップを置き、彼はサラの細い腰を大きな掌でそっと引き寄せ、その白い肩に顔を埋める。黒崎の体温が、彼女の肌を通じて直接流れ込んできた。

「荷物は徐々に移動させているが……完全な移住となると、……もう少しだけ待ってくれ」

黒崎の言葉には、微かな葛藤が滲んでいた。
都会の洗練とロジック、巨大な資本を動かす世界で生きてきた彼にとって、この離島は楽園であると同時に、あまりに剥き出しの自然すぎた。

生活のすべてをこの青い静寂に沈める決心をつけるには、まだ、ほんの少しの時間が必要だったのだ。
サラは彼の葛藤を拒絶することなく、その分厚い胸にゆっくりと自分の体重を預け、目を閉じた。
彼の胸板の奥で刻まれる力強い鼓動が、自分の心拍と共鳴していく。

「大丈夫。急がなくていいわ」

彼女の声は、寄せては返す波のように穏やかだった。

「あの事件があったから……私たちが、どれほど深く繋がっているか、もう痛いほど分かっているもの。あなたが水中で鎖を断ち切ってくれたあの瞬間、私の魂はもう、どこにいてもあなたから離れることはないって決まったのよ」

あの日、水深40メートルの暗闇で交わした無言の視線。
言葉を超えた絶対的な信頼。
白石を海の底へと送り届けた「死線の抱擁」。

それらすべてが、2人の絆を「愛」という言葉では到底足りないほど、不可逆で強固なものへと変えていた。
サラは黒崎の腕の中で、確かな充足感に浸っていた。
もう、拉致される恐怖も、誰かの歪んだ欲望に晒される舞台もない。

ただ、愛する男が傍らにいて、自分を「1人の女」として、ありのままの「人間」として見つめてくれている。

「ところで、今日のトレーニングはどうするの? エドワード」

サラが悪戯っぽく微笑んで、彼の顔を見上げた。

「……今日は休憩させてくれないか?ただ、一緒に泳ごう。深淵まで潜る必要はない。ただの、海水浴だ」
「……じゃあ、お隣りのポット島にピクニックにでも行く?」

黒崎はコーヒーカップを置き、彼女の濡れたような瞳に静かなキスをした。
2人は手を取り合い、家の前に広がる静かなプライベートビーチへと歩き出した。

白い砂浜を素足で踏みしめる感覚。
寄せては返す波の音が、全裸の2人を祝福するように、優しく響き渡る。 
空と海の境界が溶け合う、どこまでも透き通った青の世界。

そこへ2つの影が、静かに吸い込まれていった。
それは、誰にも邪魔されることのない、2人だけの「Abyss Cathedral」の始まりだった。
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