あの夏に嗤われて

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第5話 迷夢

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 シャットアウトされていた外の世界が、一気に押し寄せてきて僕を飲み込む。生ぬるい磯の香り。わんわんと反響する蝉の声。照りつける太陽。立ち上る陽炎。


「七海」

「なあに?」


 背後から声がする。ゆっくりと振り返ると、何事もなかったかのように七海が笑った。

「七海は、ここにいるよな」
「……いないって言ってんじゃん。ばーか」
「じゃあ、今ここで僕と話してるお前は、なんなんだよ」
「妄想だよ。全部妄想。櫂斗が見る夢」

 七海の声と一緒に、陽炎が揺らめく。流れ落ちる汗を吸ったシャツが背中に張り付いて気持ち悪い。風もないのに、純白のワンピースが揺れる。その足下には穴のように黒い影があって、それすら僕の妄想なのかと思うと虚しくて泣きたくなった。
 幽霊ですらないまぼろしの七海は、髪の毛の一本まで残酷なまでにリアルで。ああ、僕は本当によく七海のことを見ていたんだなと、気持ち悪がられた理由がよくわかった。

「あーあ、女の子にあんな酷い態度とって。飛鳥ちゃん、櫂斗に気があったんじゃないの」
「そんなこと、どうでもいい」
「さいてー」
「そんな話がしたいんじゃない」

 額から流れ落ちた汗が目に入って、視界が歪む。だけど瞬きが出来なかった。その一瞬で、七海がまた消えてしまうんじゃないかって、酷く不安になった。

「どこに、行きたいの」
「わかってるくせに」

 ばーか、と小声で笑う七海を見て、不意に泣きそうになった。
 そうだ、僕はずっとわかっていた。置いてきたカメラ。入れなかった神社。触れなかった手。引きこもっていた家。本当はわかっていたんだ。あの日からずっと、目を背けていただけで。

 ざあっと大きな風が吹いて、梢を揺らす。湿度の高い風は、潮の香りをはらんでいた。


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