あの夏に嗤われて

文字の大きさ
7 / 7

第7話 彼岸花

しおりを挟む
 あれから秋が来て、冬が来て、春が来て、また夏が来た。
 今年の夏も去年と同じようにじっとりと暑くて、ぎらついた太陽が僕を見下ろしていた。海から運ばれてくる風は今日もべっとりとまとわりつく。大学は樹という樹にとまった蝉の声に包まれて、静寂を知らない。
 去年と同じ夏。だけどどこか去年とは違っていて。



 僕の彼女は、結構小さかった。

 だけど、結構可愛かった。

 そして、滅茶苦茶口が悪かった。

 でも、もういない。どこにも、彼女はいない。



 再生しすぎてすり切れたビデオテープのように、彼女のことがどんどん思い出せなくなってくる。
 僕を鼻で軽く嗤ったあの得意げな顔が、上目遣いでニッコリと微笑んだときの得意げな顔が、あの日見せた夏の日差しくらい眩しい笑顔が、アスファルトの熱気に溶け出していくようにわからなくなる。
 忘れないようにと毎日毎日飾りっぱなしの写真を見ているけれども、今ではもう、七海が本当にこんな顔をしていたのかすらあやふやになってしまった。

 きっと僕は、明日七海を忘れてしまったとしても、そのまま生きていけるのだろう。忘れてしまうのが怖いとあの日叫んだことさえ、いつかは忘れてしまうのだろう。
 それでも今はまだ、置き去りにされたぬいぐるみを捨てられないままでいる。大学横の並木道だとか、怪しげな旗が立ち並ぶ神社の前だとか、少し広くなった僕の部屋の隅だとかで、ふと白いワンピースが翻ったような、ばーかと小さく嘲る声がしたような、そんな気がしてしまう。
 もうどこにも七海はいないんだと、わかっているはずなのに。


 立ち止まった僕を、飛鳥さんがどうしたのと見上げた。七海よりも少し背が高いせいか、顔が近く感じる。なんでもないよと返事をして、彼女の少し先を歩いた。

 汗をぐいっと拭って見上げると、少し輪郭を崩した入道雲がゆっくりと流れていった。ヒグラシがもうすぐ静かになって、代わりに狂ったように彼岸花が咲き誇るだろう。そうすればきっと、波が少し穏やかになって、海が涼しい風を運んでくるはずだ。



 夏が終わる。僕を嗤った、夏が終わる。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

煙草屋さんと小説家

男鹿七海
キャラ文芸
※プラトニックな関係のBL要素を含む日常ものです。 商店街の片隅にある小さな煙草屋を営む霧弥。日々の暮らしは静かで穏やかだが、幼馴染であり売れっ子作家の龍二が店を訪れるたびに、心の奥はざわめく。幼馴染としてでも、客としてでもない――その存在は、言葉にできないほど特別だ。 ある日、龍二の周囲に仕事仲間の女性が現れ、霧弥は初めて嫉妬を自覚する。自分の感情を否定しようとしても、触れた手の温もりや視線の距離が、心を正直にさせる。日常の中で少しずつ近づく二人の距離は、言葉ではなく、ささやかな仕草や沈黙に宿る。 そして夜――霧弥の小さな煙草屋で、龍二は初めて自分の想いを口にし、霧弥は返事として告白する。互いの手の温もりと目の奥の真剣さが、これまで言葉にできなかった気持ちを伝える瞬間。静かな日常の向こうに、確かな愛が芽吹く。 小さな煙草屋に灯る、柔らかく温かな恋の物語。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

あやかし警察おとり捜査課

紫音みけ🐾書籍発売中
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。  

処理中です...