消えない思い

樹木緑

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第160話 これからの事

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出産した日の夜は大変だった。

まさかあんな痛みが待っていようとは……

麻酔が完全に切れた後は動くのも儘ならなかった。

痛み止めは出してあったけど、
動くたびに傷がひきつれた様に痛んだ。

幸い赤ちゃんは看護婦さんの監視下にあったので、
その分は楽だと思う事にしてその夜を乗り切った。

明け方少し眠りに落ちたけど、
検温やら、お薬やらで直ぐに起こされてしまった。

持ってこられた朝食も食欲がなく、
あまり食べれなかった。

お母さんは昨夜はアパートに帰ってしまったけど、
また朝に来ると言う事だったので、
その時間が待ち遠しかった。

今までお母さんを待っている時間が
こんなにも長いと感じた記憶が舞い。
それくらい、お母さんが恋しかった。

別にママっ子と言う訳では無い。
でも今の僕にとって、お母さんの存在は何よりも特別だった。
つくずく母親の偉大さを再確認した。

少しウトウトとし始めた時、
病室をノックする音がしたので、
お母さんが来たのだと思った。

「どうぞ」

と声を掛けると、やって来たのはポールだった。

「要く~ん」

ポールは猫撫で声を出すと、
ベッドの上に座り、僕のほっぺにスリスリし始めた。

「どうしたの?
仕事は大丈夫なの?」

「仕事はいいんだよ~
頑張ってる要君見ると、
いてもたってもいられなくって
仕事行く前に立ち寄ったんだよ~」

そう言って更にスリスリとしてくる。

「ポ~ルって思ったより過保護だよね」

そう言うと、

「仕事行きたくな~い」

と駄々を捏ねだした。

「何言ってるの!
昨日いっぱい迷惑掛けたんだから、
ちゃんと僕からのお礼と謝罪の言葉を皆さんに伝えてよ?」

「嫌だ~!
要君のほっぺにスリスリしていたい!
スベスベで凄く気持ちいい~
やっぱり妊娠していたせいか、
女の子の肌の様にモチモチ~」

「ちょっと離れてよ!
今日も撮影の続気があるって言ってたじゃない!」

そう言って僕はポールを押しやった。

「もうモデルやだよ~
お金は腐るほど稼いだからずっと要君と
ベビーちゃんと一緒にいたい~!」

「ダメだよ。
ポールには待ってくれてる人や、
応援してくれてる人が居るんだから
ちゃんと期待に応えてあげないと!
僕、中途半端な人は嫌いです!」

そういうと、ポールはブツブツと仕事イヤだ~と言いながら、
渋々と病室を出て行った。

赤ちゃんが産まれてポールの僕に対する態度が変わった。

前から優しかったけど、もっと過保護になった。
いや? 過保護と言うよりは距離が近くなった。

やっぱり、出産に立ち会って、
何か思うところがあったのだろうか?

ポールのそう言ったところは矢野先輩そっくりだった。

ポールが去って30分位すると、
又部屋をノックする音がした。

今度こそお母さんだと思った。

「どうぞ~」

と言って病室に入って来たのは
両手に花をいっぱい抱えたお父さんだった。
勿論お母さんも後に続いて入って来たのだが……

「お父さん!」

昨日はヘロヘロで
お父さんに電話してない事にも気付かなかったけど、
早くもこっちに向かっていたとは!

「要く~ん」

と、なんだかポールと同じ様なちょうしで
病室に入って来て、
僕の頬にスリスリするお父さんにデジャヴを感じた。

これってDNA?

これって僕の行く末?

そう思うと凄くおかしかった。

「赤ちゃん見て来たよ~
もう要君の産まれた頃にそっくり!
どうしよう~
食べちゃいたい位可愛い~」

「お父さんも僕に似てるって思う?」

そう尋ねると、

「うん、うん、そっくり!
もう僕が帰る時に日本まで連れて帰りたい!」

とお父さんも相変わらずだ。

でも、こうやってすぐにでも
駆けつけてくれるお父さんに凄く感謝した。

「ねえ、ねえ、名前はもう決めたの?」

「名前なんだよね~
幾つかには絞ったんだけど、
僕的には陽一にしようと思って。
この子には日の当たる所を堂々と歩いて欲しいから」

「良いね~
我が家で初めての二文字漢字だね~」

そう話してる時に、又病室をノックする音がした。

「どうぞ~」

というと、今度は看護婦さんだった。

「これから、沐浴時間だけど来る?
まだ体きつい?」

「あ、行きます!」

そう言って、お父さんに助けてもらって
車いすに座った。

入院の間、学ぶ事はたくさんんあった。

知識としては詰め込んでいたけど、
やっぱり実践となると違う。

最初はおぼつかなかった抱き方も、
お母さんが丁寧に手取り足取り教えてくれた。

授乳の仕方も然り。

おむつ変えだってお母さんは早い。

流石経験者。

お母さんが居てくれて、
本当に本当に良かった。

沐浴に行くと、
看護婦さんが準備をして待っていてくれた。

まだへその緒が付いたままなので、
湯船には付けずに、
スポンジで体を洗うだけのバス。

最初に目を洗った。
そして顔を洗って体と言った具合。

おへその周りは極力濡らさないようにして
体を拭いた。

後は奇麗に体を乾かして
おむつを履かせ、
裸の状態で保育器に戻す。

胸にはモニターが付けられ、
心音や酸素濃度などが図られる。

赤ちゃんは順調に成長していた。

先ずは一安心だった。

夕方になると、またポールが戻って来た。

病室に入ってくるなり、
又僕のベッドに来て、頬をスリスリとした。

そこをお父さんにべりッと剥された。

「ちょっと、ちょっと、ポール、
要君との距離が近いよ!」

「あれ、司兄、来てたんだ」

「あれ? 来てたんだじゃないでしょ!
要君にくっつきすぎ~!」

お父さんとポールのやり取りにお母さんは
隣で笑っていたけど、いきなりポールが、

「僕、要君の旦那さんになって
赤ちゃんのお父さんになりた~い!」

と言い始めた。

僕は、

「は~?」

だった。

全く、冗談なのか本気なのか分からない。

でも、ポールはずっと僕にべったりとしていた。

お父さんはそんなポールを押しやって、
なるべく僕とポールの間に座るようにしてたけど、
そうすると、ポールは反対側へ移り、
またお父さんはそれを追いかけると言う堂々巡りだった。

余りにも二人が敵対心むき出しで僕の事を取り合うので、
お父さんはお母さんに連れて行かれてしまった。

僕的にはポールも連れて行ってほしかったんだけど、
ポールはヤレヤレと言う風で僕の隣に腰かけた。

「ねえ、要君に何があったのか大体の所は聞いてるんだけどさ、
要君、もう日本に帰る意思は無いんだよね?」

急にポールが話を振って来たのでびっくりした。

ボールをびっくりした様にしてみると、

「あ、いやさ~、別に思い出させようとか、
悲しませようと思ってるわけじゃ無いけど、
要君はこれからの事を具体的にどう考えてるのかと思ってさ」

「……」

僕は何も言えなかった。
何も考えていなかったわけじゃ無い。
でも、色んな事が頭をよぎって、
まだはっきりとした答えは出されていなかった。

「別に要君の選択を攻めてるんじゃないよ。
佐々木先輩と番ってるんでしょう?
番を解消しようとかは思って無いの?」

ポールの一言にビクッとした。

「番の解消……?」

「そうだよ。
まあ、要君からは解消できないけど、
要君がもう日本へ帰る気が無いんだったら
番の解消をしても良いと思うんだけど……」

「え……でも……」

どうしよう……

僕は番の契約まで解消して先輩と別れたいのか?

いや、そうじゃない。
逆に、この番の契約があるからこそ、
別れを受け入れられたのかもしれない。

それは自分にとって唯一残された
先輩とのつながりだったから。

これだけは明確に永遠に僕の物だと分かってるから。

それは先輩との別れを決めた僕には
ずるい考え方かもしれない。

でも本当の別れをするには、僕にはまだまだ時間が必要だった。

そこでポールの放った一言に、
更に面食らった。

「あのさ、物は相談なんだけど、
番の解消も本当は僕の邪な考えから出てきた事なんだけど、
要君が本気で日本へ帰らないって思ってるんだったら、
僕をベビーのパパにしてくれない?
彼にはパパが必要でしょう?
僕は本気だよ」

そう言うポールに僕はただ、ただ間抜けの様な顔をして
彼の事を見る以外できる事は無かった。
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