消えない思い

樹木緑

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第164話 ヘア・メイクアーチスト アデル

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「ヒャ~、ポール、スピード落として、落として!」

「ダメだよ、もっと僕にしっかりとしがみ付いてないと!」

そう言ってポールは笑った。

交通規制は引かれているものの、
周りには人だかりが出来ている。

皆一体どこから情報を得て来るのだろう?

僕は今、ウェディングドレスを着て、
ポールとパリの街をバイクで走っている。

どうしてこういう事になったのかというと、
事の始まりは、僕が撮影所に急遽追加で
持って行ったチューリップの花束が原因だ。

「カナメ~、今日はこのチューリップを
ポールの撮影現場まで持っていってくれる?
急遽追加で必要になったみたい!」

「はい! 今日のポールはスタジオVですよね?」

「そうだよ~。
今日はスチール撮りだけだから直ぐに分かると思うよ。
届け終わったらポールの撮影終了を待って一緒に帰っても良いよ」

「分りました!
ありがとうございます!」

「じゃあ、頼んだよ」

「行ってきます!」

僕は、バイトの時間の殆どを、
小間使いとしてあっちに行ったり、
こっちに行ったりしていた。

それでもポールの現場が多いのは気の所為だろうか?

「こんにちは~
頼まれてチューリップを持ってきました~」

「お~! カナメありがとう!
待ってたんだよ」

「これ、どこに置きますか?」

「あ~ それじゃあ、クロエに渡して!
今撮影所のセットをしてるから!
スタジオBだよ!」

「分りました~」

クロエはインテリアコーディネーターで、
撮影所で良くかち合う。

スタジオBに入って行くと、
セットが殆ど出来上がっていて、
その中央でクロエが指示を出していた。

「クロエ!
チューリップ持って来たよ!」

そう言ってチューリップの花束を宙にあげると、

「カナメ~ ワザワザありがとう~」

と言って、クロエは僕からチューリップを受け取った。

最近では撮影現場のスタッフとも顔見知りになり、
割と仲よくなった。

インテリアコーディネーターがクロエで、
ヘア・メイクアーチストがアデル、
ファッションコーディネーターがリナで、
アートディレクターがガブリエル、
そしてカメラマンがピエール。

撮りの場合、良く顔を合わせるのが彼等。

そして今日は有名なウェディングドレスの
デザイナー達の特集だった。

幾つかのパターンのシチュエーションを撮るのに、
チューリップが抜けていたみたいだ。

僕は室内でも、屋外でも、撮影所が凄く好きだ。

撮影所に来ると、僕のデッサンの意欲が湧きたてられる。

何と言っても美術的に作り出された空間や、
彫刻の様なモデル達等、
デッサンのターゲットに出来るキラキラしたものが
ここには一杯散りばめられてるから。

今日も何時ものようにセットに近ずいて、
装飾されたインテリアをマジマジと見ていると、

「大変! ソフィアがここに来る途中で事故にあって
救急車で病院に運ばれたって!」

と、ヘア・メイクのアデルがスタジオに飛び込んできた。

一気に周りの空気が騒ぎ出した。

「それで彼女は大丈夫なの?」

インテリアコーディネーターのクロエが尋ねると、

「命に別状はないみたいだけど、
現状は分からない……
でも撮影には来れないみたい!」

とアデルが困惑した様に言った。

今回の撮影には、かなりの生花を使ってあるので、
予算の関係で別の日に撮り直しが効かない。

「とりあえず、代役のモデルを探して捕まえて!」

ウェディング編集のジョセフに声を掛けられ、
アデルが今回の撮影に合いそうなモデルのいる事務所に連絡を取っていた。

暫く色々な所に電話していたけど、

「ダメ、ルイーズもリナもジュリアも捕まらない!」

そう言って、ますます現場が混乱し始めた。

その時着替えを終えたポールがスタジオまでやって来た。

「ソフィアが事故ったんだって?」

「そうみたい……
代用のモデルが捕まらなくて……
僕、ここに居て邪魔じゃないかな?」

「いや、お前は居ても居なくても……」

そう言いかけて、ポールが暫く考えた様にしていたけど、
何か閃いた様にして、僕を見た。

僕はその目が何を言おうとしているのかを、
前に見た事がある……
これまで何度も、何度も、ポールやポールのモデル仲間から、
モデルに成れ成れと、耳にタコが出来る程に誘われている。

「え? ダメだよ。
僕、モデルなんて出来ないよ!
それに必要なのって女性用のモデルでしょう?」

そう言った途端、ヘア・メイクのアデルが、

「いや、大丈夫よ。
あなた背格好がソフィアに似てるわ!
私に任せて!
絶対にカナメだって分かんない様にするから!
男の子だって分からないようにするから!」

と言った。

確かに文化祭やパーティーでは女装したことがある。
でも今回は、遥かにその重みが違う。

「ダメだよ!
遊びじゃ無いんだよ?
僕は男で女の子じゃ無いんだよ!
あんなに体のラインが出るのに……
中には肌が露わになるものだって……
骨格だって女の子とは違うし、
胸だって……」

「いや、モデルの胸もそんなにお前と変わらないぞ?」

そう言った途端、ポールは女性のモデル達に袋叩きにされていた。

「大丈夫! カナメ、私に任して!
私達はプロよ!」

そうアデルが言うと、ポールも

「カナメのサポートは全て俺が引き受ける。
俺が要の対になるから
ソフィーの対は全て俺と振り替えてくれ」

と現場をリードしている。

ポールがそう言うと、まるでその場の権力者の様に、
僕の返事はお構い無しに、
ドンドンと僕が女装する方向で話が決まって行った。

「ルネには僕から話を付けておくから。
それにね、モデルしたら、その分の収入もあるんだよ?」

「え? 臨時収入?
ウウウウウ~ッ!」

そう言われると僕は弱い……
臨時収入は僕に取って有難い天の助けだ。

臨時収入と女装モデルを天秤にかけた時、
臨時収入の方が遥かに重みがあったので、
僕は渋々承諾した。

「よし!
そうと決まったら急ぐぞ。
もう直ぐカメラマンがやってくる時間だ」

そう言ってポールがその場を仕切っていた。

でもポールってちょっと偉そうじゃない?
僕に話しかける時と、他の人に話しかけるトーンが違うんですけど……

そんなことを思っていると、僕はアデルに控室に連れていかれ、
大急ぎで服を剥され、ドレスを着せられた。

「カナメ……」

「え?」

「あなた……Ωで番が居たのね……」

ドレスの着用を手伝ってくれていたアデルの一言で
僕はハッとしてうなじを手で隠した。

最近は後ろ髪を噛み痕が隠れるまで伸ばしていたので油断した。

僕がフランスに来た経緯を、
ここに居る人達はポール以外誰も知らない。
勿論僕に子供がいる事も知られていない。

「あなたの番……
ポール……じゃ、無いわよね?」

僕は言葉を発せず、首を左右に振った。

「この傷割かし古いわよね?
そうね、少なくとも1、2年は経ってるわよね?」

僕はうつ向いて何も言えなかった。

「私ね、お肌に関係する仕事してるから、
大体肌に付いた傷ってどれくらい経ってるか分かるのよ。
カナメはまだ若いわよね?

カナメに番が出来たのって……
高校生くらいの時?」

僕はコクリと頷いた。

「レイプじゃ……無いわよね?」

「違……っ」

僕はブンブン首を振った。

「ここに居る皆ね、
最近ポールの女の子遊びが無くなったから、
貴方とポールが怪しいんじゃないかって
言ってたんだけど、どうやらそうでは無さそうね……」

「……」

「言いたくなかったら言わなくても大丈夫よ。
実を言うとね、私もΩで……
私は番から捨てられたΩなの……」

そう言って彼女は彼女の首筋を僕に見せてくれた。

「!」

僕はそっと彼女の首筋に触れた。

「それじゃ……」

「番はね、まだ解消されて無いの。
彼ってね、運命の番を見つけた~っていきなり帰って来たかと思うと、
荷物を全部纏めて出て行ってそれっきり……

探し出して番の契約を解消してもらおうと思ったけど、
何処にいるのかさっぱりよ。
もう探し続けて5年くらいになるかな~」

「じゃあ、発情期は……」

「う~ん、大丈夫って言ったら嘘になるけど、
もう慣れちゃったって言うのも本当だし、
彼の事はもう吹っ切れてるから良いの!
幸い抑制剤が良く効いてくれるから不便は無いし、
まだ番われたままだから他のαに襲われる心配も無いし!
でも私も新しい恋がしたいな~」

そう言って彼女は悲しそうに微笑んだ。

「あの……」

「何? 何でも聞いて?」

「番の解消って……
どうやってやるんですか?」

「何? カナメは番の解消を望んでるの?」

「いえ、そういう訳では無いんですが、
凄く気になって……
でも分からないから……」

「やることはね、簡単なのよ。
番のαさえここに居れば……

必要なのは番の血なの」

「え? 血?」

「そう、番の契約ってさ、噛まれた時に……
まあ、要はαの化学物質が体内に入り、
自分のフェロモンと結合して番の契約となる訳じゃない?
だから、番の血の中に含まれる特殊なフェロモンを抽出して、
それをある化学物質と混ぜて自分に注入して、
結合した成分を元に戻してしまう事なの。
早く言えば、毒を以て毒を制するって事ね。
ま、解毒剤? 中和剤みたいなものね。
それを番の血から作るのよ」

「あ~ だからαでないと番の解消が出来ないんですね……
でも、凄い仕組みなんですね」

「うん、まあ、相手が死んじゃってたらまた別の話みたいだけど、
カナメもさ、話したくなったらいつでも遠慮なく話してね。
いつでもちゃんと聞いてあげるから!

それにうなじは私が腕に縒りを掛けてちゃんと消すから心配しないで!」

そう言って彼女はドレスを着た僕を、
メイク用のスタンドまで連れて行ってくれた。
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