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しおりを挟むその日、鬼武蔵が死んだ。
後に仏ヶ根の決戦と呼ばれることになるいくさにおいて、織田家中随一の猛者と呼ばれ、そのあまりの凶暴さから「鬼」とまで恐れられた男が死んだのである。
徳川家康はその報を聞いたとき、思わず安堵の息を漏らした。
敵に回し続けるには厄介そのものであり、戦場でまみえたときでしか殺せそうもないしたたかな武将が、二度と自分の前に立ちふさがることがなくなったからだ。
将を討たれて敗走していく森隊を、徳川の家臣団は全軍を上げて追撃しようとしたが、家康は「矢田川まで逃げられたら深追いはするな」と制した。
すでに時刻は未の刻となっている。
仏ヶ根の決戦はおよそ二刻半も続く長いいくさであったのだ。
家康は富士ヶ根を出発し、権道寺山の小山ヶ沢でいったん形式的な首実検をすることを指示した。
徳川方にも三百五十人の死者がでた激戦であり、先を見据えて兵たちを休憩させる必要があったからである。
それぞれ敵の首をとったものたちが我こそはと勇んで報告にやってくるなか、一人おかしな態度のものがいた。
「どうした、将吉」
八田将長の息子である春日与八郎将吉であった。
この戦いにおいて、家康の命を受けて池田・森隊に攻撃されていた岩崎城を救援するために向かったが、辿り着く前に仏ヶ根の決戦に巻き込まれてしまった運のない男である。
使命こそ果たせなかったが、それでも幾人かの敵兵を討ち、首を持ち帰ったことで面目は保てていたが、主君の前に出たときには恥じ入らんばかりに俯いていた。
「岩崎城お助けという役目を果たせなかったのに、首手柄をいただき、情けないばかりでございまする」
「気にするな。聞けば、おまえたちがいったとて、かの城が落ちるのは免れなかったはずだ。それだけ兵の数の差があった。しかも、岩崎城のものたちは全員討ち死にしたというではないか。丹羽の兵どもには悪いが、おまえが生きて戻れたのは僥倖かもしれん」
「ありがたきお言葉」
「で、その首はなんだ。改めにださなかったのか」
家康は平伏した将吉の脇に、刈り取った首を収める袋が置いてあることに気が付いていた。大きさからして、中身は入っている。
「実は、この首なのですが……拙者が池田の兵を討ち取ったとき、そやつが抱えていたものでして……おそらくは岩崎城の兵のものだと思うのですが……」
何やら歯切れが悪い。思い込んだら退くことのない三河武士らしくなかった。
どうやら自分が手に入れた首でもなく、また、味方の兵から奪われたものを手柄としてあげるのはやましいと考えているようだった。
味方の首を奪い返したのだから、十分に誇っていいことではあるのだが。
それにしては妙な顔をしていた。
「見せてみよ」
「ははっ」
袋からやけに慎重な手つきで出され、おずおずと家康の前に差し出されたのは――
「……女か」
切断面から溢れた血によって薄汚れてはいたが、誰にでもわかる美しい女の首であった。
しかも、まだ稚い。
生きていたら青春の溌溂とした若さに輝き、多くの男どもが見惚れるほどの美少女であったと確信させる。
将吉のおかしな態度も合点がいく。
戦場では敵といえども、女の首をとるのは武士としては恥だと考えられている。
この娘の首を手柄として誇れば雪ぐことのできない恥に塗れるのは明らかである。この首を奪ったものもそれは承知のはずである。
そして、太陽の色の紅、正常な神の色のおしろいという化粧がされており、首実検がなされたものであることは明らかであった。
首実検とは死者の確認だけでなく、敵に敬意を表するためのものであるから、女でありながら「討ち取るに値する敵」であったというこの証明だ。
ということは、問題となるのはこの首の素性である。
岩崎城を攻めていた部隊が持っていたのならば、それは城の防御部隊、つまり丹羽家の家臣のものである。
しかし、岩崎城からはすべての女子供は近くの寺に避難し、ただ一人も残っていなかったとのことである。
それなのに、なぜ女の首があるのか。
疲れもあり、この問題について家康は深く考えようとはせず、答えを知っているであろうものに尋ねることにした。
「ちょうどいい。丹羽氏次をここに呼べ。高ヶ根より三好秀次を追い出した手際といい、岩崎城で池田隊を足止めした功績といい、あやつに褒美を与えねばならんところだったのだ」
家康は富士ヶ根に陣を張っていたとき、その丹羽氏次のいくさぶりを目の当たりにして大変喜んでいた。
「国朝大業広記 四十六」によると、「味方ノ一隊山ニ拠テ芝居ヲ蹈リ、彼馬印ハ丹羽勘助タル由各言上ニ及ケレバ、神君甚タ感ジ玉フ」と絶賛している。
戦後に行われるべき当座の恩賞が即時与えられたことからも、いかに氏次と丹羽隊の奮戦に家康が感じ入ったのかがわかるというものだ。
将吉を退座させると、すぐに丹羽勘助氏次がやってきた。
世間の評判では、手にした槍の石突きで岩に大穴をあけることができるという大柄な武士である。
徳川家中にもそうはいない巨漢であった。
「丹羽氏次、参上いたしました」
「よく来た。このたびのおぬしの働き、富士ヶ根からも見ておったが、堂々たる大丈夫ぶり。このわしが久しぶりに血が滾ったぞ」
「ありがたき幸せ」
「恩賞をとらす。おい―――」
三宅正貞が事前に用意してあった恩賞を運んできた。
氏次は、丸竜鉄御鐸と袖無しの紋三所紫赫縫羽二重、白地浅黄色横梁縞の陣羽織を拝領し、恭しく受け取った。
このときの陣羽織と刀鐸は丹羽家の家宝として今でも受け継がれている。
「他に望むものはあるか。わしにできることなら、なんでも申せ」
家康はこの問いを、氏次と関係がこじれている織田信勝との和解による仲裁を求めるものと想定して口にしていた。
本多正信の調べでは、丹羽家に最も必要なものは政治的な根回しであり、それが確執が産まれてしまった織田家との和解なのは誰の目にも明らかであったからだ。
しかし、無骨な武者の口から発された言葉は違った。氏次は――
「願わくば、女の首を所望いたす」
と、鋭い眼光とともに言い放った。
胆力には自信のある家康がややたじろぐほどの圧力を感じた。
「女の首だと?」
確認のために問いかけると、
「御意。こちらに、我が城で死んだ者たちの首が回収されているとのこと。池田と森が六坊山にて首実検を行い、主だった数名のものを奪い去ったと聞いております。その中に一つだけ女の首があるはずなのです。それを所望したい」
家康の脳裏に浮かんだのは、さっき将吉が差し出してきた首である。
まさか、あれのことか……
「よい、仔細を申せ」
と、思わず口にしてしまったのはなぜであろうか。
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