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秀次を乗せた駕籠は、太閤の下知の通りに木下吉隆の屋敷から紀州高野山へと向かった。
結局、釈明のために伏見城へ入ることすら許されなかったのである。
京童に見送られながら、秀次は入山するために髷を切った頭を不安そうに撫でた。
辻のいたるところに石田三成の配下の監視役の武士が立っている。
その武士どもを見て、高野山に行く前に秀次が誅殺されてはたまらぬとばかりに秀次の臣下たちが駕籠を取り囲む。
ものものしい空気の中、まず、一行は宇治と奈良の中間地点にある高野山真言宗の安養寺に宿泊することとなった。
このとき、秀次は聚楽第に残してきた愛妾と我が子たちが、前田玄以の手勢によって奉行所に連行されたことを知った。
その中には、その日に奥羽から輿入れのために上洛してきたばかりの最上家の駒姫も含まれていた。
運の悪いことに、駒姫は両親とともに秀次に初お目見えをし、輿入れの荷物を運びこむ予定であったのだ。
両親の最上義光夫妻は秀次の謀反に加担しているとの嫌疑をかけられ、二条城へと連れていかれ、娘の駒姫とは引き離された。
同じころ、奥羽の伊達政宗も二条城へと連行されている。
そのため、なんら罪を犯していない(秀次の愛妾らも同様であるが)駒姫を救助できるものはおらず、その後の悲劇へと繋がっていく。
秀次にこのことを伝えた家臣を含む二百人の供は、三成によって、騎馬武者二十騎、徒歩のもの十人まで減らされていた。
付き添い役に任じられていた吉隆は、供のものに警戒をされ、秀次のもとへは近寄ることさえできなかった。
高野山の小田原谷に伽藍をかまえる青厳寺は、現在の総本山金剛峯寺境内の東側にあり、のちに合体して金剛峯寺となっている。
太閤の生母大政所の菩提寺でもあり、秀次の身はそこに預けられることになった。
秀次の一行が青厳寺に到着したのは十二日の早朝。
吉隆の予想通りに、関白と対面することはかなわなかった。
わずかな供回り以外、太閤というよりも石田三成の刺客を恐れ誰も近寄らせなかったからである。
秀次自身は、おそらく中断されてしまった吉隆との密談を続けたかったであろうが、家臣たちはそれを許さない。
今回の秀次にたいする仕打ちの大本は拾丸の誕生によって、一度は後継者に指名した甥が邪魔になったことによる秀吉の命であると家臣たちは信じきっていた。
そうでもなければ、秀次にありもしない謀反の罪がかぶせられることなどありえないということである。
そもそも秀次には強い野心というものがなく、どちらかという学者肌の男であった。
いくさや政治よりも学問が好きという人柄は、武将としての力強さには欠けるかもしれないが、例え自分が豊臣家の後継者から排除されようと謀反をおこすような愚かな主君ではないと家臣たちは確信していた。
その主がまるで罪人のような扱いを受け、高野山にまで送られる。
これほどの没義道な仕打ちを関白でもあった主君が受けているのだから、家臣たちの憤る気持ちは当然である。
家臣たちから見れば、後見役の吉隆でさえ、秀吉の傍にいる石田三成らの佞臣と同じ穴のムジナにしか見えないのだろう。
とはいえ、吉隆はなんとしてでももう一度だけ秀次と話をしなくてはならない。
人伝にであったが、十五日に福島正則が正使として来ると聞いた。
おそらく、何らかの沙汰が伝えられることは明白である。
吉隆は青厳寺の住職である木食上人に面会を求め、秀次との対面の取次ぎを求めた。
木食上人は秀次の人となりをよく知っており、彼が謀反など企てるはずがないと秀吉に助命嘆願にいこうとしていたところであった。
吉隆の申し出を上人は不審に感じた。正使として福島正則がくるというのに、なぜ急いで秀次に会わなければならないのか、と。
それに対して吉隆は、
「福島殿は太閤様のご命令を直々にもうしあげに来るのでございましょう。その前に拙者に秀次さまのために安心立命を説かせていただきたいのでござる。ぜひ、ご対面できるように計らってはいただけませぬか」
深々と頭を下げ、誠心誠意願った。
上人もこれは何かしらの訳があるのだろうと察し、秀次のいる客殿にいけるように計らったのである。
そして、数日ぶりに秀次との対面が叶い、吉隆が現れるや否や、
「半介、おぬしの屋敷での話の続きを聞かせてくれ。わしは是非とも聞きたいと願っておったのだ」
「申し訳ございませぬ。なにぶん、拙者はご家臣の皆様方に石田殿と同様に蛇蝎のごとく嫌われておりまして」
「そのようなことはよい。早う話せ。いったい、太閤殿下―――叔父上に何があったのだ。秀保が死んだことにも関係があるのか。わしがどうなろうと、もう構わぬ。ただ、なにがわしを葬り去ろうとしているのか知らねば死んでも死に切れんのだ」
秀次の懇願にも似た思いにこたえ、吉隆は語りだした。
―――それは二か月前。弟の豊臣秀保の亡くなる直前の事であった。
結局、釈明のために伏見城へ入ることすら許されなかったのである。
京童に見送られながら、秀次は入山するために髷を切った頭を不安そうに撫でた。
辻のいたるところに石田三成の配下の監視役の武士が立っている。
その武士どもを見て、高野山に行く前に秀次が誅殺されてはたまらぬとばかりに秀次の臣下たちが駕籠を取り囲む。
ものものしい空気の中、まず、一行は宇治と奈良の中間地点にある高野山真言宗の安養寺に宿泊することとなった。
このとき、秀次は聚楽第に残してきた愛妾と我が子たちが、前田玄以の手勢によって奉行所に連行されたことを知った。
その中には、その日に奥羽から輿入れのために上洛してきたばかりの最上家の駒姫も含まれていた。
運の悪いことに、駒姫は両親とともに秀次に初お目見えをし、輿入れの荷物を運びこむ予定であったのだ。
両親の最上義光夫妻は秀次の謀反に加担しているとの嫌疑をかけられ、二条城へと連れていかれ、娘の駒姫とは引き離された。
同じころ、奥羽の伊達政宗も二条城へと連行されている。
そのため、なんら罪を犯していない(秀次の愛妾らも同様であるが)駒姫を救助できるものはおらず、その後の悲劇へと繋がっていく。
秀次にこのことを伝えた家臣を含む二百人の供は、三成によって、騎馬武者二十騎、徒歩のもの十人まで減らされていた。
付き添い役に任じられていた吉隆は、供のものに警戒をされ、秀次のもとへは近寄ることさえできなかった。
高野山の小田原谷に伽藍をかまえる青厳寺は、現在の総本山金剛峯寺境内の東側にあり、のちに合体して金剛峯寺となっている。
太閤の生母大政所の菩提寺でもあり、秀次の身はそこに預けられることになった。
秀次の一行が青厳寺に到着したのは十二日の早朝。
吉隆の予想通りに、関白と対面することはかなわなかった。
わずかな供回り以外、太閤というよりも石田三成の刺客を恐れ誰も近寄らせなかったからである。
秀次自身は、おそらく中断されてしまった吉隆との密談を続けたかったであろうが、家臣たちはそれを許さない。
今回の秀次にたいする仕打ちの大本は拾丸の誕生によって、一度は後継者に指名した甥が邪魔になったことによる秀吉の命であると家臣たちは信じきっていた。
そうでもなければ、秀次にありもしない謀反の罪がかぶせられることなどありえないということである。
そもそも秀次には強い野心というものがなく、どちらかという学者肌の男であった。
いくさや政治よりも学問が好きという人柄は、武将としての力強さには欠けるかもしれないが、例え自分が豊臣家の後継者から排除されようと謀反をおこすような愚かな主君ではないと家臣たちは確信していた。
その主がまるで罪人のような扱いを受け、高野山にまで送られる。
これほどの没義道な仕打ちを関白でもあった主君が受けているのだから、家臣たちの憤る気持ちは当然である。
家臣たちから見れば、後見役の吉隆でさえ、秀吉の傍にいる石田三成らの佞臣と同じ穴のムジナにしか見えないのだろう。
とはいえ、吉隆はなんとしてでももう一度だけ秀次と話をしなくてはならない。
人伝にであったが、十五日に福島正則が正使として来ると聞いた。
おそらく、何らかの沙汰が伝えられることは明白である。
吉隆は青厳寺の住職である木食上人に面会を求め、秀次との対面の取次ぎを求めた。
木食上人は秀次の人となりをよく知っており、彼が謀反など企てるはずがないと秀吉に助命嘆願にいこうとしていたところであった。
吉隆の申し出を上人は不審に感じた。正使として福島正則がくるというのに、なぜ急いで秀次に会わなければならないのか、と。
それに対して吉隆は、
「福島殿は太閤様のご命令を直々にもうしあげに来るのでございましょう。その前に拙者に秀次さまのために安心立命を説かせていただきたいのでござる。ぜひ、ご対面できるように計らってはいただけませぬか」
深々と頭を下げ、誠心誠意願った。
上人もこれは何かしらの訳があるのだろうと察し、秀次のいる客殿にいけるように計らったのである。
そして、数日ぶりに秀次との対面が叶い、吉隆が現れるや否や、
「半介、おぬしの屋敷での話の続きを聞かせてくれ。わしは是非とも聞きたいと願っておったのだ」
「申し訳ございませぬ。なにぶん、拙者はご家臣の皆様方に石田殿と同様に蛇蝎のごとく嫌われておりまして」
「そのようなことはよい。早う話せ。いったい、太閤殿下―――叔父上に何があったのだ。秀保が死んだことにも関係があるのか。わしがどうなろうと、もう構わぬ。ただ、なにがわしを葬り去ろうとしているのか知らねば死んでも死に切れんのだ」
秀次の懇願にも似た思いにこたえ、吉隆は語りだした。
―――それは二か月前。弟の豊臣秀保の亡くなる直前の事であった。
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