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* 死神生活一年目 *
第9話 死神ちゃんとストーカー
しおりを挟む死神ちゃんは、金勤務に勤しんでいた。――日々課せられたノルマも順調に達成できてはいる。しかしながら、もう少し効率化を図りたい。夕飯をマッコイに誘われた死神ちゃんは、早速そのことについて彼に相談した。
「やっぱり、まずは歩く速度をどうにかしたいんだよな。この体だと、さすがにリーチが短すぎるし。お前が勤務中にいつも履いている〈浮遊靴〉だったか? あれの移動速度は、どんなもんなんだ?」
「駆け足くらいの速度は出るわよ。慣れるまでにちょっと時間かかるかもしれないけれど、使いこなせるようになったら、たしかに効率は上がるかもしれないわね」
しかしながら、浮遊靴はかなりの高額商品だった。当然ながら、死神ちゃんが先日得た臨時収入くらいではローンの頭金にもならなかった。
希望が絶たれたとばかりにしょんぼりとうなだれた死神ちゃんの目の前に、デザートのいちごパフェが運ばれて来た。もくもくとスプーンを口に運んでいると、マッコイがじっと見つめてきた。
「ねえ、前から気になっていたんですけど、それは生前からなの? それとも、幼女になったせいなの?」
はじめはポカンとしていた死神ちゃんだったが、彼が何について言っているのかを理解すると、しかめっ面を真っ赤にして答えた。
「……生前からだよ。悪いか」
「えっ、そうなの……」
「何でもじもじしてんだよ」
「だって、あのコワモテが真剣な顔でパフェを食べているの想像したら、何だかキュンと来ちゃって……」
「やめろよ! 想像するなよ!」
ぷすぷすと頬を膨らませる死神ちゃんの口の端についたクリームを拭ってやりながら、マッコイは苦笑交じりに謝った。そして彼はニッコリと微笑むと「浮遊靴の件だけど」と話し始めた。
「どうにかローンが組めないか、担当者に頼んでみましょうか?」
死神ちゃんが嬉しそうに笑顔をはち切れさせて感謝すると、マッコイは頷きながら死神ちゃんのパフェに手を伸ばした。
「手間賃、貰うわね」
「ああっ、大事に取っておいたのに!」
いちごを横取りされた死神ちゃんは素っ頓狂な声でそう叫ぶと、ピシリと一瞬硬直した。そして顔を真っ赤にすると、ぷんすぷんすと怒り出した。
**********
いちごを犠牲にしただけあったと、死神ちゃんはとてもご満悦だった。マッコイのおかげで靴が手に入ったからだ。この靴は〈この世界に来て初めて、自分で手に入れた物〉ということもあり、すぐさま死神ちゃんのお気に入りとなった。もちろん、買ったその日から早速履いている。そして靴が視界に入るたびに、死神ちゃんは頬が落ちそうなほどニコニコと笑顔を浮かべた。
ただ、マッコイが言っていたように、浮遊して移動するには結構練習が必要だった。そのため、死神ちゃんは寮内でもダンジョン内でも、隙あらば練習に励んでいた。(寮内は土足厳禁のため、床が汚れぬようにとビニールを靴の上から履いて対処した)
ある時、思った通りの高さに浮かぶことができず、そのまま天井に頭をゴチンと打ちつけた。視界に星が瞬いてクラクラした瞬間、何となく悪寒を感じた。死神ちゃんは「きっと、思い切り頭をぶつけて気分が悪くなったからだ」と思った。
またある時は、真っ直ぐ飛ぶのに慣れず、ふらふらとジグザグ飛びをしながら移動していたのだが、うっかりバランスを崩して空中で横転しかけた。何とか横転を免れて、フウと大きく息をついた瞬間に、そこはかとなく背筋が冷たくなった気がした。
「そんなわけで、東郷十三様の勘が、何者かにつけられてると騒ぐのよ……」
「考え過ぎじゃない? 頭を打ったり、バランスを崩した時に感じたんでしょう? 単に具合が悪くなっただけじゃなくて?」
神妙な面持ちで仕事中の異変を訴える死神ちゃんに、マッコイは素っ気なく返した。死神ちゃんは頬を膨らませると、不服そうに続けた。
「でも、どんな光も掻き消されるはずのダークゾーンで不気味な光を見かけたり、冒険者にとり憑いた時にねっとりとした視線を感じたりするんだぜ?」
「薫ちゃんてば冒険者に大人気だし、もしかして、ストーカーだったりして」
死神ちゃんが盛大にドン引くと、マッコイが「冗談よ」と笑った。しかし、何となく笑い飛ばせるような気分になれなくて、死神ちゃんは肩を落とした。
数日後、死神ちゃんはとうとう〈飛ぶコツ〉を掴み、飛びながらの移動が上手にできるようになった。おかげさまで、死神ちゃんは上機嫌だった。〈担当のパーティー〉の元へと向かうべく、ふよふよと漂うように移動している最中にもかかわらず、死神ちゃんは自分の上達ぶりに惚れ惚れして思わずニマニマしていた。すると、突然何かが目の前に現れた。驚いた死神ちゃんは、空中で静止したのだが――
「ぎゃあああああああ!!」
止まった瞬間、〈何か〉がスカートの中にズボッと突っ込んで来た。しかもその〈何か〉に両足を捕まれ、逃げたくても逃げられない。死神ちゃんはパニックを起こしてジタバタと暴れ回った。すると、スカートの中から恍惚とした声が漏れ聞こえた。
「死神ちゃんの……かぼちゃパンツゥ……」
「ぎぃやぁああああああああ!!」
死神ちゃんは泣いた。心の底から、大粒の涙を溢れさせて泣いた。生前、殺し屋業に従事していた時でさえ、こんなにも恐怖心を抱いたことはなかった。何とか〈何か〉から逃げおおせた死神ちゃんは、脊髄反射的に鎌を振った。ドサリと音を立てて地に崩れ落ちた〈何か〉は、オークのような、ゴブリンのような、しかしながら彼らよりも醜悪で汚らしい見た目の生物だった。
「んふふふふふ、死神ちゃんってば、激しいんだから~❤」
一息ついたのも束の間、背後から排除したはずの〈何か〉の声が聞こえてきて、死神ちゃんは再び鎌を振った。しかし、肩を怒らせてハーハーと息をする死神ちゃんの横から再び〈何か〉の声がして、死神ちゃんは悲鳴を上げながら天井付近まで舞い上がった。
「なななななな、何なんだよ、お前!」
「えへへへへへ。ここ、祝福の像が近いから、ゾンビアタックが出来ちゃうんだもんねえ。あ、ちなみに、ゾンビアタックって、祝福の像を利用して死亡復活を繰り返しながら一体の強敵を頑張って倒すっていう地味かつ姑息な手法のことなんだけど」
「そんなことは聞いてねえよ! 何なんだよ、お前!!」
「ボクゥ? ボクはねえ、ヤッピン」
そう言うと、〈何か〉はニタアと気持ちの悪い笑みを浮かべた。死神ちゃんは思わず天井ギリギリまで後退した。
「やだやだ、そんな離れないでよ~。死神ちゃんまで離れていったら、ボク寂しいよ~」
ヤッピンとやらが言うには、最初はフェアリーやピクシーが大好きで追いかけて回っていたのだが、いつの間にかそれらと遭遇すらしなくなったのだとか。それで意気消沈していた矢先に死神ちゃんを見かけ、沈みきった気持ちが瞬く間に癒やされたのだという。
「ピクシィたんもフェアリィたんも、どうしてボクの前から消えてしまったんだろう……。ボクはね、他の冒険者とは違って、あんなに可愛らしい彼女達のことを傷つけはしないの。ただちょっと、生脱ぎパンティや抜け毛の一本をコレクションさせてもらっただけなの」
「いやいやいやいや、十分気持ち悪ぃし!!」
「ええええ、死神ちゃんまでそんなこと言うのかい? ひどいやひどいや~」
ヤッピンがわんわんと泣き始めた隙に、死神ちゃんはその場から離れた。これ以上、こいつに関わったら碌でもないことが起こると感じたのだ。しかし――
「ぎゃあああああああ!!」
「うふふふふふ、待ってよおおおおおお」
死神ちゃんは全速力で逃げた。しかし、ヤッピンはどこまでもどこまでも追いかけてきた。必死で逃げながら、死神ちゃんは腕輪で助けを求めた。
「待ってよおおおおおおお。待っ――」
突如、ヤッピンの声が途絶えた。死神ちゃんが恐る恐る後ろを振り向いて見ると、彼はちょうど首を刎ねられ崩れ落ちていくところだった。ヤッピンの亡骸の後ろには馴染みのある黒ローブのガイコツが浮いていて、どうやら彼がヤツを始末したらしい。
彼はヤッピンの身体が完全に地に伏すのを見届けると、スウと死神ちゃんに近寄った。
「薫ちゃん、大丈夫!? まさか、本当にストーカーだっただなんて……」
「う゛ええええええ……。マッコイぃ……」
「怖かったわよね。さ、一緒に、一旦待機室に帰りましょう。ね、ほら、もう大丈夫よ」
マッコイは死神ちゃんを抱き上げると、ポンポンと優しく背中を叩いて死神ちゃんをあやした。死神ちゃんはすっかり〈幼女スイッチ〉が入ってしまったようで、まるで本物の幼女のようにギャンギャンと泣き喚いた。
待機室に連れ戻されてからしばらくして、ようやく泣きやんだ死神ちゃんは鼻をグズグズと鳴らしながらマッコイに尋ねた。
「何でこのダンジョンには、変態ばかりが集まるんだ……? 〈幼女姿の死神〉が原因だっていうのか……?」
「さあ、何でなんでしょうね……。今までは本当に、そんなことは無かったのよ……?」
「やっぱり〈幼女姿の死神〉が原因なのかよ……!」
マッコイに慰められながら、死神ちゃんはぼんやりと社販で売られていた〈とある商品〉を思い出した。それは〈転生の書〉というものだ。この世界へと転生する際、灰色の女神が「無事に勤め上げた暁には、冥府行きを免れるよう口添えをしてやろう」と言っていたが、このアイテムはその〈口添えをしてもらえる権利〉を得られるというものだ。ただし、物販品の中でも一番高価な品物な上に、この商品に限っては〈現金一括払いのみで、ローンの使用が不可〉となっているため、購入に至るまでにかなりの年月を要するらしい。
頑張ってお金を貯めようと心に誓いながら、死神ちゃんはマッコイに抱きかかえられたまま、泣き疲れてうとうとと船を漕ぎ始めたのだった。
――――こうして、死神ちゃんは凄まじく憂鬱な出来事と引き換えに、明確な目標を得たのDEATH。
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