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* 死神生活三年目&more *
第252話 死神ちゃんと名付け下手②
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死神ちゃんが〈担当のパーティー〉を求めて彷徨っていると、前方から歩いてきた厳しい雰囲気を醸し出すローブ姿の男が死神ちゃんを見るなり身構えた。そして彼は目深に被ったフードの中から、その雰囲気とは裏腹なギャグめかしい声で呻いた。
「げっ、ふてぶて!」
「誰がふてぶてだよ、失礼なやつだな!」
死神ちゃんは飛行速度を早めて一気に男へと近づくと、彼の頭を思いっきり引っ叩いた。その拍子にはだけたフードからは、これまた放っていた雰囲気とはほど遠い猿のような顔がお目見えした。
男は慌ててフードを被り直すと、背中を丸めてため息をつき、もと来た道を戻っていった。死神ちゃんは地面に着地してその横を歩きながら〈本日の目的〉を尋ねた。すると彼は「感性を磨きに来た」と答えた。死神ちゃんが怪訝な表情を浮かべて首を傾げると、男は死神ちゃんを睨みつけてキーキー声で捲し立てた。
彼は、弱小パーティーに属している召喚士だ。仲間の冒険者としての腕はへっぽこなのだが、彼は腕利きの召喚士だった。どのくらい腕利きかというと、大抵の召喚士が〈異界の住人ひとり〉としか契約できていないにも関わらず、彼は複数の者と契約をしており、しかも、そのうちのひとりは高位の悪魔であるグレートなあいつというくらいには腕利きだった。しかし、そんな素晴らしい才を持つ彼は、とある才能が致命的に欠如していた。――彼は、愛称を名付けるのがとても苦手だったのである。
「お前のせいで、グレートなあの人から契約解除されて! 後日それを知った鬼嫁から『だったら、うちも契約解除する!』とか言われて! トメは先日契約更新日だったけど、高齢を理由に契約更新してくれなかったから!」
「いや、俺のせいじゃあないだろうが。お前の名付けのひどさが原因だろう?」
「シニカルな愛情表現と言っていただきたい」
「いやいや、ただ口が悪いだけだろう。俺に到っては悪口以外の何ものでもないもんな。ひどすぎるだろう、ふてぶて幼女っていうのは」
「うるさいな! とにかく、仲間からも『契約者と円滑なコミュニケーションがとれるようになるために、感性を磨いてこい』と言われて、今日は名付けの練習に来ていたんだよ!」
「名付けのひどさは、きちんと認識しているんだな」
死神ちゃんが呆れ眼を細めてじっとりと男を見つめると、彼はフンと鼻を鳴らして不服そうにふんぞり返った。
本当なら、ダンジョンの奥にもっと進もうと彼は考えていたらしい。そのほうが、多様なモンスターと遭遇できるため、名付け練習が捗ると思ったからだ。しかし、死神にとり憑かれてしまったので、彼は仕方なく帰路につきながら練習をすることにした。
「あれは〈よく見るウサギ〉だろ?」
「そうだな、首刎ねは意外とどこにでもいるしな」
「それから、あっちのは〈見た目が鬱陶しい〉だろ?」
「まあ、そうだな。なんか、見ていると目がチカチカしてくるよな」
「それに、あいつは〈目付きの悪い人型〉で」
「おい」
「あ、あれは〈小汚い小動物〉!」
「おい、おい」
彼は見かけたモンスター全てに、直感で愛称をつけていった。しかしどれもこれもセンスの欠片もなく、死神ちゃんは呆れ返って口をあんぐりとさせた。
「お前、ちったぁ悪口から離れることを意識しろよ! 愛情溢れる、コミュニケーションが円滑にとれるようになるようなネーミングができるようになりたいんだろう!? それなのに何なんだよ、目付きが悪いだ小汚いだ。完全に悪口じゃあないか!」
「そうは言っても、目についた印象を元に即興でつけているからさあ!」
「お前、ハナから相手を見下しているんだろ。だからそんなひどい愛称しか浮かばないんじゃあないのか? ていうか、もはや愛称というよりも不確定名だろ、それは」
「フカクテ? 何だ、それは。――おっと、敵に見つかった!」
死神ちゃんと言い合いをしていた召喚士は、慌てて何者かを呼び出した。どうやら、契約解除された三人以外にも契約者がいた、もしくは新たに契約を行っていたらしい。呼び出された者は眩い光を放ちながら翼を広げ、召喚士の出した合図でモンスターを焼き払った。アイテムへと姿を変えていくモンスターの亡骸を見下ろして鼻を鳴らすと、その者はけたたましい声で捲し立てた。
「わてを調理できると思ってはりましたか!? 残念でしたなあ、わて、すでに燃えてるさかい! いつでもどこでもウェルダンですわ!」
「ありがとう、助かったよ。唐揚げ!」
「旦那ぁ、いつもながら冗談キッツイで! それ、揚げてますやん! わて、揚げ鶏ちゃいまっせ!? どっちか言うたら焼き鳥でっせ!」
ツッコむ気も起きなかった死神ちゃんは、ケタケタと笑いながらバサバサと羽を動かす〈何故か関西の香りを漂わせるフェニックス〉を表情もなく見つめた。するとフェニックスは上機嫌に首を振りながら「おもろいやろ?」と言ってきた。
「ちなみに、わてと同じ日に契約した他のもんは、〈チャーシュー〉に〈にんにく醤油〉と呼ばれているそうですわ」
「全部食い物かよ! しかも、ひとりはもはやメニューでも何でもないぞ!」
「焼肉ダレを連想したみたいですわ。動物系のわてらに食べ物ネーミングとか、えらいえっぐいセンスしてはりますよな。頭、おかしいんとちゃいますか?」
フェニックスは辛辣な言葉を並べる割に、とても楽しそうに笑っていた。彼にとっては、召喚士のこの壊滅的なセンスの無さが逆にいじりがいがあっていいらしい。死神ちゃんは召喚士を見上げると、ポツリと呟くように言った。
「お前、もうその名付け下手をひとつの芸にしたら? こうやって、いじり倒してくれる豪の者とせっかく出会えたわけだし」
「ええやんええやん! 旦那、コンビ組んでタイトル目指しまっか! ダンジョン最終階層よりも、そっちのほうがきっと近いでっせ!」
こうして、彼は円滑なコミュニケーションを学ぶための一歩を踏み出した。しかしその代わりに、彼の充実した冒険者ライフは若干遠のき、芸人ライフが充実していったという。
**********
死神ちゃんが待機室に戻ってくると、モニターを神妙な面持ちで眺めていた鉄砲玉がポツリと呟いた。
「俺らも、愛称について見直したほうが良いと思うんだよな」
「何でだよ。前世がヤクザの三下鉄砲玉だったから、お前は鉄砲玉と呼ばれているんじゃあないか。他に何か、しっくりくるネーミングがあるっていうのか?」
死神ちゃんが面倒くさそうに顔をしかめると、鉄砲玉は憮然とした表情で噛み付いた。
「だから! 俺様は女にモテモテ、組からの信頼も厚い羨望の的だったんだからな!? そんな俺様に鉄砲玉とか、ひどいと思うんだよな!」
「その妄想は聞き飽きたよ」
「ひでえな! この死神課第一班の期待のエース、御所川原雅親様にそんな口聞いていいと思ってんのか!?」
死神ちゃんが目を見開いてギョッとすると、ケイティーが横合いから鉄砲玉に蹴りを入れた。死神ちゃんはいまだ鉄砲玉に鉄拳制裁を行っているケイティーを見つめると、目を瞬かせながら呟くように言った。
「こいつ、そんな御大層な名前なのかよ」
「そうなんだよ、名前だけは立派なんだよ」
「まるで、戦国武将かヤクザの若頭みたいだな」
「だろ!? 俺様は、三下で終わるような人間じゃあなかったんだよ! お前さえ現れなければ!」
「いやいや、名前負けも良いところだろう。まあ、落ち着けよ、マサちゃん」
「マサちゃんって呼ぶんじゃあねえよ! 一気に三下っぽくなるじゃねえか! ていうか、たしかに俺は名前負けしてるかもしれないが、お前よりはマシだね! ガチムチのおっさんが小花薫とか、ギャグも良いところだろう! そのせいで幼女の姿に変えられてさ! ヘッ!」
鉄砲玉に鼻で笑われ愕然とした死神ちゃんは、「可愛いことの、どこが悪い」と憤るケイティーに抱え込まれた。それと同時に、死神ちゃんを尋ねてサーシャやエルダ、アリサがやって来た。彼女たちはそれぞれの用事を済ませると、別れ際に死神ちゃんをハグしてから去っていった。いろんなタイプの女性――しかも、どの女性もそれぞれに社内でとても人気がある――から、様々な大きさの肉まんを押し付けられて苦笑いを浮かべる死神ちゃんを呆然とした様子で眺めていた鉄砲玉は、目に一杯の涙を浮かべると「試合に勝って勝負に負けた!」と叫びながらダンジョンへと降りていったのだった。
――――コミュニケーションをきちんととり、お互いに信頼しあうことが出来ていれば、呼び名や本名なんてあまり関係ないと思うのDEATH。
「げっ、ふてぶて!」
「誰がふてぶてだよ、失礼なやつだな!」
死神ちゃんは飛行速度を早めて一気に男へと近づくと、彼の頭を思いっきり引っ叩いた。その拍子にはだけたフードからは、これまた放っていた雰囲気とはほど遠い猿のような顔がお目見えした。
男は慌ててフードを被り直すと、背中を丸めてため息をつき、もと来た道を戻っていった。死神ちゃんは地面に着地してその横を歩きながら〈本日の目的〉を尋ねた。すると彼は「感性を磨きに来た」と答えた。死神ちゃんが怪訝な表情を浮かべて首を傾げると、男は死神ちゃんを睨みつけてキーキー声で捲し立てた。
彼は、弱小パーティーに属している召喚士だ。仲間の冒険者としての腕はへっぽこなのだが、彼は腕利きの召喚士だった。どのくらい腕利きかというと、大抵の召喚士が〈異界の住人ひとり〉としか契約できていないにも関わらず、彼は複数の者と契約をしており、しかも、そのうちのひとりは高位の悪魔であるグレートなあいつというくらいには腕利きだった。しかし、そんな素晴らしい才を持つ彼は、とある才能が致命的に欠如していた。――彼は、愛称を名付けるのがとても苦手だったのである。
「お前のせいで、グレートなあの人から契約解除されて! 後日それを知った鬼嫁から『だったら、うちも契約解除する!』とか言われて! トメは先日契約更新日だったけど、高齢を理由に契約更新してくれなかったから!」
「いや、俺のせいじゃあないだろうが。お前の名付けのひどさが原因だろう?」
「シニカルな愛情表現と言っていただきたい」
「いやいや、ただ口が悪いだけだろう。俺に到っては悪口以外の何ものでもないもんな。ひどすぎるだろう、ふてぶて幼女っていうのは」
「うるさいな! とにかく、仲間からも『契約者と円滑なコミュニケーションがとれるようになるために、感性を磨いてこい』と言われて、今日は名付けの練習に来ていたんだよ!」
「名付けのひどさは、きちんと認識しているんだな」
死神ちゃんが呆れ眼を細めてじっとりと男を見つめると、彼はフンと鼻を鳴らして不服そうにふんぞり返った。
本当なら、ダンジョンの奥にもっと進もうと彼は考えていたらしい。そのほうが、多様なモンスターと遭遇できるため、名付け練習が捗ると思ったからだ。しかし、死神にとり憑かれてしまったので、彼は仕方なく帰路につきながら練習をすることにした。
「あれは〈よく見るウサギ〉だろ?」
「そうだな、首刎ねは意外とどこにでもいるしな」
「それから、あっちのは〈見た目が鬱陶しい〉だろ?」
「まあ、そうだな。なんか、見ていると目がチカチカしてくるよな」
「それに、あいつは〈目付きの悪い人型〉で」
「おい」
「あ、あれは〈小汚い小動物〉!」
「おい、おい」
彼は見かけたモンスター全てに、直感で愛称をつけていった。しかしどれもこれもセンスの欠片もなく、死神ちゃんは呆れ返って口をあんぐりとさせた。
「お前、ちったぁ悪口から離れることを意識しろよ! 愛情溢れる、コミュニケーションが円滑にとれるようになるようなネーミングができるようになりたいんだろう!? それなのに何なんだよ、目付きが悪いだ小汚いだ。完全に悪口じゃあないか!」
「そうは言っても、目についた印象を元に即興でつけているからさあ!」
「お前、ハナから相手を見下しているんだろ。だからそんなひどい愛称しか浮かばないんじゃあないのか? ていうか、もはや愛称というよりも不確定名だろ、それは」
「フカクテ? 何だ、それは。――おっと、敵に見つかった!」
死神ちゃんと言い合いをしていた召喚士は、慌てて何者かを呼び出した。どうやら、契約解除された三人以外にも契約者がいた、もしくは新たに契約を行っていたらしい。呼び出された者は眩い光を放ちながら翼を広げ、召喚士の出した合図でモンスターを焼き払った。アイテムへと姿を変えていくモンスターの亡骸を見下ろして鼻を鳴らすと、その者はけたたましい声で捲し立てた。
「わてを調理できると思ってはりましたか!? 残念でしたなあ、わて、すでに燃えてるさかい! いつでもどこでもウェルダンですわ!」
「ありがとう、助かったよ。唐揚げ!」
「旦那ぁ、いつもながら冗談キッツイで! それ、揚げてますやん! わて、揚げ鶏ちゃいまっせ!? どっちか言うたら焼き鳥でっせ!」
ツッコむ気も起きなかった死神ちゃんは、ケタケタと笑いながらバサバサと羽を動かす〈何故か関西の香りを漂わせるフェニックス〉を表情もなく見つめた。するとフェニックスは上機嫌に首を振りながら「おもろいやろ?」と言ってきた。
「ちなみに、わてと同じ日に契約した他のもんは、〈チャーシュー〉に〈にんにく醤油〉と呼ばれているそうですわ」
「全部食い物かよ! しかも、ひとりはもはやメニューでも何でもないぞ!」
「焼肉ダレを連想したみたいですわ。動物系のわてらに食べ物ネーミングとか、えらいえっぐいセンスしてはりますよな。頭、おかしいんとちゃいますか?」
フェニックスは辛辣な言葉を並べる割に、とても楽しそうに笑っていた。彼にとっては、召喚士のこの壊滅的なセンスの無さが逆にいじりがいがあっていいらしい。死神ちゃんは召喚士を見上げると、ポツリと呟くように言った。
「お前、もうその名付け下手をひとつの芸にしたら? こうやって、いじり倒してくれる豪の者とせっかく出会えたわけだし」
「ええやんええやん! 旦那、コンビ組んでタイトル目指しまっか! ダンジョン最終階層よりも、そっちのほうがきっと近いでっせ!」
こうして、彼は円滑なコミュニケーションを学ぶための一歩を踏み出した。しかしその代わりに、彼の充実した冒険者ライフは若干遠のき、芸人ライフが充実していったという。
**********
死神ちゃんが待機室に戻ってくると、モニターを神妙な面持ちで眺めていた鉄砲玉がポツリと呟いた。
「俺らも、愛称について見直したほうが良いと思うんだよな」
「何でだよ。前世がヤクザの三下鉄砲玉だったから、お前は鉄砲玉と呼ばれているんじゃあないか。他に何か、しっくりくるネーミングがあるっていうのか?」
死神ちゃんが面倒くさそうに顔をしかめると、鉄砲玉は憮然とした表情で噛み付いた。
「だから! 俺様は女にモテモテ、組からの信頼も厚い羨望の的だったんだからな!? そんな俺様に鉄砲玉とか、ひどいと思うんだよな!」
「その妄想は聞き飽きたよ」
「ひでえな! この死神課第一班の期待のエース、御所川原雅親様にそんな口聞いていいと思ってんのか!?」
死神ちゃんが目を見開いてギョッとすると、ケイティーが横合いから鉄砲玉に蹴りを入れた。死神ちゃんはいまだ鉄砲玉に鉄拳制裁を行っているケイティーを見つめると、目を瞬かせながら呟くように言った。
「こいつ、そんな御大層な名前なのかよ」
「そうなんだよ、名前だけは立派なんだよ」
「まるで、戦国武将かヤクザの若頭みたいだな」
「だろ!? 俺様は、三下で終わるような人間じゃあなかったんだよ! お前さえ現れなければ!」
「いやいや、名前負けも良いところだろう。まあ、落ち着けよ、マサちゃん」
「マサちゃんって呼ぶんじゃあねえよ! 一気に三下っぽくなるじゃねえか! ていうか、たしかに俺は名前負けしてるかもしれないが、お前よりはマシだね! ガチムチのおっさんが小花薫とか、ギャグも良いところだろう! そのせいで幼女の姿に変えられてさ! ヘッ!」
鉄砲玉に鼻で笑われ愕然とした死神ちゃんは、「可愛いことの、どこが悪い」と憤るケイティーに抱え込まれた。それと同時に、死神ちゃんを尋ねてサーシャやエルダ、アリサがやって来た。彼女たちはそれぞれの用事を済ませると、別れ際に死神ちゃんをハグしてから去っていった。いろんなタイプの女性――しかも、どの女性もそれぞれに社内でとても人気がある――から、様々な大きさの肉まんを押し付けられて苦笑いを浮かべる死神ちゃんを呆然とした様子で眺めていた鉄砲玉は、目に一杯の涙を浮かべると「試合に勝って勝負に負けた!」と叫びながらダンジョンへと降りていったのだった。
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