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* 死神生活三年目&more *
第274話 死神ちゃんとお母ちゃんズ②
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死神ちゃんはダンジョンに姿を現すなり、誰かの腕に抱かれている感覚を覚えた。前にも同じようなことがあり、しかもそれは自分にとってとても不都合なことであったことを思い出した死神ちゃんは顔を青ざめさせた。恐る恐る顔を上げてみると、案の定〈悪魔と人間のハーフ〉の元ヤンと目が合った。
「あらあ、お嬢ちゃん。こんにちは~」
「まさこさん、どうして――」
「あ・い・さ・つ!」
まさこと呼ばれた彼女は、鬼の形相で死神ちゃんにデコピンをお見舞した。ただの人間よりも力の強い彼女のデコピンは、いつもの〈お尻ペンペン〉よりも鋭くヒットした。そのおかげか、恐怖のデコピンは死神ちゃんの体にとって攻撃であるとみなされたようで、彼女の指は額を素通りしていった。お尻を叩かれるよりも悲惨な悲鳴を死神ちゃんが上げるのと同時に、まさこはギョッと目を剥いて声を小さく震えさせた。
「えっ、今、お嬢ちゃんのおでこを指が貫通していったような……」
「そんなわけあるかい。まったく、まさこちゃんったら、本当に容赦がないねえ。――ほら、お嬢ちゃん、マンマの特製ミートパイだ。たんとお食べ。あとねえ、今日はイングリッシュマフィンにも挑戦してね、焼いて持ってきてあるんだよ。お嬢ちゃんのお母さんほど上手くはできてはいないだろうけれど。良かったら食べておくれ」
「おやまあ、それじゃあ、ばあちゃんは草餅をあげようかねえ。材料の草も、ばあちゃんが厳選して摘んできている自慢の餅だ。さ、お食べ」
死神ちゃんが痛む額を擦っていると、左右からどっさりと貢ぎ物が姿を現した。もちろん差出人は街で食堂を営むマンマと、孫を求めてやってきて、今では孫よりも屈強な冒険者となったばあちゃんだった。死神ちゃんは必死に笑顔を繕うと、食べ物を受け取りながらマンマとばあちゃんを見渡した。
「もしかして、今日もサロンですか? それとも、ピラミッドでひと暴れする予定ですか?」
「いやだ、あたしたちがつい最近ピラミッドに行ったこと、知ってるの? もしかして、お嬢ちゃん、その場に居合わせたとか? だったら声かけてよー!」
「いやだって、まさこさんのヤンキー現役時代を彷彿とさせる悪魔のような形相を見たら――」
「なあに? 何か言った?」
まさこは満面の笑みで腕の中の死神ちゃんを見下ろした。しかし、その目は少しも笑ってなどいなかった。死神ちゃんはヒッと息を呑むと、小さな声で「何でもないです」と言ってごまかした。
彼女たちがつい先日ピラミッドの中をウロウロとしていたのは、そこに不老不死の薬があるらしいという噂を聞いたからだそうだ。
「別に不老不死に興味はないんだ。でも、いつまでも元気でいたいだろう? たかしが素敵な嫁さんをもらって、ひ孫の顔を見るまでは生きていたいしねえ」
「その薬を全部飲んだら不老不死になるんだろうから、ちょっとひと舐めくらいで留めておけば、若々しいまま老後を迎えて、元気なまま天国に行けるかもしれないかもと思って。まだ小さい子供がいるし、手のかかる大きな子供もいるし。だから健康であり続けなきゃと思ってさ」
「いや、皆さん、十分お若いしお元気じゃあないですか。別にそんな薬なんかいらないでしょう」
「アルちゃんにも言われたんだよねえ。『ダンジョンで体を動かしながらアタシのサロンで女磨きしてるだけで、十分その願いは叶えられる』とか何とか言われてさあ。――だから、今日はピラミッドに再訪するんじゃあなくて、ダンジョンを精一杯楽しもうと思ってね。というわけで、あたしたちはこれから六階に行くつもりなんだよ。嬢ちゃんも来るかい? マンマが奢ってあげるよ」
マンマがにっこりと笑うと、まさこが顔をしかめた。彼女は死神ちゃんを抱え直しながら、険しい表情のまま口を開いた。
「噂のあそこに連れていくだなんて、情操教育に悪いんじゃあない?」
「ああ、そうか。ただのお食事処ってわけではないんだったっけねえ。――ていうか、嬢ちゃんは一体いくつなんだっけ? たしか、お仕事してるっていうのは前に聞いたけれども」
「えっ、こんなに小さな子がもう働いているっていうの!? もしかしてお嬢ちゃん、成人した小人族だったわけ?」
「いや、違うけど。でも俺、こう見えて四――」
死神ちゃんはハッと息を飲むと両手で慌てて口元を押さえた。不思議そうに顔を覗いてくるお母ちゃんズに苦笑いを向けると、死神ちゃんは「ご想像にお任せします」とだけ返した。
結局、彼女達は死神ちゃんを連れて六階の歓楽街に行くことにした。道中、ばあちゃんが遠くを見つめながらぼんやりとした声で呟いた。
「先日、たかしから手紙が来てねえ。たかしったら、とうとう大人の階段を昇ったそうなんだよ。これから行く歓楽街でべっぴんさんたちとお酒を飲んだり、ちょっとあは~んなことが起きかけたりしたそうでねえ。あの子も、もうそんな歳なんだねえ。嬉しいんだか、寂しいんだか……」
死神ちゃんはギョッと目を剥くと、口を突いて出てきそうになった「それ、ガセだから!」という言葉を慌てて飲み込んだ。そして、まさか〈まさこの亭主からこっそりと頼まれたお使いの品を、勝手に開封して飲んだだけの話〉がここまで飛躍しているだなんてと、死神ちゃんは呆れ果てて閉口した。
アルデンタスのサロンに寄ってお土産のミートパイと草餅をどっさりと置いてから、彼女たちは意気揚々と六階へと足を踏み入れ真っ直ぐに〈大人の社交場〉へと向かって行った。
店に入ってきた彼女たちを見て、店員達は慌てふためいた。まさか普通のおばちゃんたちが、街の居酒屋でちょっと一杯というノリでやって来るとは思わなかったからだ。また、この店は主に男性客が多いため、接待要員はほとんど女性なのだ。バーテンのちょび髭はオカマさんらしさを消してダンディーを装うと、おばちゃん達を満足させるべくエスコートした。そして、接待要員としてマンドラゴラのドラ五郎と黒服アスフォデルをあてがった。彼女たちは珍妙な生物を押し付けて去っていこうとする渋いおじ様の背中を眺めながら名残惜しそうにしたが、ひとたびドラ五郎がしゃべりだすと、ケラケラと笑いながらドラ五郎を突いて回った。バーカウンターの陰では、サキュバスさんが必死に弟のインキュバスさんに出動要請を出していた。
「ところでさあ、ここは、お酒も食事も美味いんだろう? あたしはこの街で食堂をしていてね。こっちの角の生えたお姉さんはお酒屋さんなんだ。そんなあたしたちを満足させられるようなご飯にお酒、ここにはあるんだろうね?」
「もうじき、世間の学生さんたちは夏休みに入るでしょう? そうすると、休暇中限定冒険者をやる子も多いから、あたしたちも大忙しになるのよ。だから、その前にパアッと景気良く遊ぼうと思って。だからトークももちろんだけど、お腹も満足させてもらわないと!」
ドラ五郎と黒服アスフォデルはゴクリと唾を飲み込むと、睡眠と幻惑のコラボレーションで乗り切ろうとした。しかしこっそりと力を発揮する前に、ばあちゃんに呆気なく見破られた。
「あんたたち、色仕掛けかなんかしようとでもしたのかい? 若い子には効果があるかもしれないけれどもね、このばあちゃんには効かないよ。そんな見え透いたもの、年の功でお見通しさ。――さあ、そんなごまかしなんていらないから、あたしたちをしっかりと満足させておくれ」
キャラクターの濃さが売りの植物たちがあっさりと降伏し「こいつはいけねぇ!」と言いながら助けを求めて何処かへと去っていくのを、死神ちゃんは呆然と見つめていた。役立たずな草たちの代わりにやって来たのはサキュバスさんだった。彼女は必死に笑顔を繕いながら食事を勧め、そして彼女たちにお酒を注いで回った。そしてその合間に、彼女たちに見えないように舌打ちをしながら小さな声で「早く来いよ、弟ぉ……」と呻いた。
「遅くなってすみません、姉に呼ばれてきたんですけど……。――って、姉ちゃん、何、お客さんの前で酔いつぶれてるんだよ!」
しばらくしてやって来たインキュバスさんは、お母ちゃんズに囲まれてすっかり出来上がった姉の体たらくに頬を引きつらせた。
「あんた、つらい恋をしているんだねえ。でも、はっきり言うけれど、それは不毛ってもんじゃあないかい?」
「私だって分かっているのよ。でも、すっかりハマり込んでどうしようもない時ってあるでしょう? ねえ、マンマ、私、どうしよう」
「あー、分かる分かる。あたしもそうやって気がついたら、あの宿六と結婚していたからね」
「やだ、まさこっち。分かってくれるの!?」
「お嬢ちゃん、まだ若いんだから。いっぱい恋をするんだよ。でも、できる限り幸せな恋をするんだよ。でも、失敗や哀しみも時として糧になることもあるからね」
「わーん、おばあちゃーん!」
その美しさで人々を魅了し、酒をたんまりと飲ませて金品を巻き上げるのが仕事のはずのサキュバスさんは完全にお母ちゃんズの手中に収まっていた。四方八方からヨシヨシされてワンワンと泣く姉の姿に愕然としながら、インキュバスさんはバーカウンターに避難してきた。そして、そこでマイペースにナポリタンをつついている死神ちゃんを発見すると、彼は死神ちゃんの隣に座りながらポツリと呟いた。
「あれ、一体どういうことなんですか? いつも強気な姉ちゃんが完全に負かされてるの、初めて見るんすけど」
「あのお母ちゃんたちにはな、誰も勝てやしないんだよ。なにせ、〈母は強し〉って言うだろう?」
「それ、言葉の使いかた微妙に間違っていません? ていうか、誰もっすか。もしかして、小花さんでも?」
死神ちゃんが静かにうなずくと、インキュバスさんは頭を抱えながら「なんか、飲み物。お酒じゃあなくて、気分がサッパリする感じのやつ」とちょび髭に注文したのだった。
――――サキュバスさんとすっかりお友達になったお母ちゃんズは、五階のサロンだけでなく六階の社交場のほうも常連となったようDEATH。
「あらあ、お嬢ちゃん。こんにちは~」
「まさこさん、どうして――」
「あ・い・さ・つ!」
まさこと呼ばれた彼女は、鬼の形相で死神ちゃんにデコピンをお見舞した。ただの人間よりも力の強い彼女のデコピンは、いつもの〈お尻ペンペン〉よりも鋭くヒットした。そのおかげか、恐怖のデコピンは死神ちゃんの体にとって攻撃であるとみなされたようで、彼女の指は額を素通りしていった。お尻を叩かれるよりも悲惨な悲鳴を死神ちゃんが上げるのと同時に、まさこはギョッと目を剥いて声を小さく震えさせた。
「えっ、今、お嬢ちゃんのおでこを指が貫通していったような……」
「そんなわけあるかい。まったく、まさこちゃんったら、本当に容赦がないねえ。――ほら、お嬢ちゃん、マンマの特製ミートパイだ。たんとお食べ。あとねえ、今日はイングリッシュマフィンにも挑戦してね、焼いて持ってきてあるんだよ。お嬢ちゃんのお母さんほど上手くはできてはいないだろうけれど。良かったら食べておくれ」
「おやまあ、それじゃあ、ばあちゃんは草餅をあげようかねえ。材料の草も、ばあちゃんが厳選して摘んできている自慢の餅だ。さ、お食べ」
死神ちゃんが痛む額を擦っていると、左右からどっさりと貢ぎ物が姿を現した。もちろん差出人は街で食堂を営むマンマと、孫を求めてやってきて、今では孫よりも屈強な冒険者となったばあちゃんだった。死神ちゃんは必死に笑顔を繕うと、食べ物を受け取りながらマンマとばあちゃんを見渡した。
「もしかして、今日もサロンですか? それとも、ピラミッドでひと暴れする予定ですか?」
「いやだ、あたしたちがつい最近ピラミッドに行ったこと、知ってるの? もしかして、お嬢ちゃん、その場に居合わせたとか? だったら声かけてよー!」
「いやだって、まさこさんのヤンキー現役時代を彷彿とさせる悪魔のような形相を見たら――」
「なあに? 何か言った?」
まさこは満面の笑みで腕の中の死神ちゃんを見下ろした。しかし、その目は少しも笑ってなどいなかった。死神ちゃんはヒッと息を呑むと、小さな声で「何でもないです」と言ってごまかした。
彼女たちがつい先日ピラミッドの中をウロウロとしていたのは、そこに不老不死の薬があるらしいという噂を聞いたからだそうだ。
「別に不老不死に興味はないんだ。でも、いつまでも元気でいたいだろう? たかしが素敵な嫁さんをもらって、ひ孫の顔を見るまでは生きていたいしねえ」
「その薬を全部飲んだら不老不死になるんだろうから、ちょっとひと舐めくらいで留めておけば、若々しいまま老後を迎えて、元気なまま天国に行けるかもしれないかもと思って。まだ小さい子供がいるし、手のかかる大きな子供もいるし。だから健康であり続けなきゃと思ってさ」
「いや、皆さん、十分お若いしお元気じゃあないですか。別にそんな薬なんかいらないでしょう」
「アルちゃんにも言われたんだよねえ。『ダンジョンで体を動かしながらアタシのサロンで女磨きしてるだけで、十分その願いは叶えられる』とか何とか言われてさあ。――だから、今日はピラミッドに再訪するんじゃあなくて、ダンジョンを精一杯楽しもうと思ってね。というわけで、あたしたちはこれから六階に行くつもりなんだよ。嬢ちゃんも来るかい? マンマが奢ってあげるよ」
マンマがにっこりと笑うと、まさこが顔をしかめた。彼女は死神ちゃんを抱え直しながら、険しい表情のまま口を開いた。
「噂のあそこに連れていくだなんて、情操教育に悪いんじゃあない?」
「ああ、そうか。ただのお食事処ってわけではないんだったっけねえ。――ていうか、嬢ちゃんは一体いくつなんだっけ? たしか、お仕事してるっていうのは前に聞いたけれども」
「えっ、こんなに小さな子がもう働いているっていうの!? もしかしてお嬢ちゃん、成人した小人族だったわけ?」
「いや、違うけど。でも俺、こう見えて四――」
死神ちゃんはハッと息を飲むと両手で慌てて口元を押さえた。不思議そうに顔を覗いてくるお母ちゃんズに苦笑いを向けると、死神ちゃんは「ご想像にお任せします」とだけ返した。
結局、彼女達は死神ちゃんを連れて六階の歓楽街に行くことにした。道中、ばあちゃんが遠くを見つめながらぼんやりとした声で呟いた。
「先日、たかしから手紙が来てねえ。たかしったら、とうとう大人の階段を昇ったそうなんだよ。これから行く歓楽街でべっぴんさんたちとお酒を飲んだり、ちょっとあは~んなことが起きかけたりしたそうでねえ。あの子も、もうそんな歳なんだねえ。嬉しいんだか、寂しいんだか……」
死神ちゃんはギョッと目を剥くと、口を突いて出てきそうになった「それ、ガセだから!」という言葉を慌てて飲み込んだ。そして、まさか〈まさこの亭主からこっそりと頼まれたお使いの品を、勝手に開封して飲んだだけの話〉がここまで飛躍しているだなんてと、死神ちゃんは呆れ果てて閉口した。
アルデンタスのサロンに寄ってお土産のミートパイと草餅をどっさりと置いてから、彼女たちは意気揚々と六階へと足を踏み入れ真っ直ぐに〈大人の社交場〉へと向かって行った。
店に入ってきた彼女たちを見て、店員達は慌てふためいた。まさか普通のおばちゃんたちが、街の居酒屋でちょっと一杯というノリでやって来るとは思わなかったからだ。また、この店は主に男性客が多いため、接待要員はほとんど女性なのだ。バーテンのちょび髭はオカマさんらしさを消してダンディーを装うと、おばちゃん達を満足させるべくエスコートした。そして、接待要員としてマンドラゴラのドラ五郎と黒服アスフォデルをあてがった。彼女たちは珍妙な生物を押し付けて去っていこうとする渋いおじ様の背中を眺めながら名残惜しそうにしたが、ひとたびドラ五郎がしゃべりだすと、ケラケラと笑いながらドラ五郎を突いて回った。バーカウンターの陰では、サキュバスさんが必死に弟のインキュバスさんに出動要請を出していた。
「ところでさあ、ここは、お酒も食事も美味いんだろう? あたしはこの街で食堂をしていてね。こっちの角の生えたお姉さんはお酒屋さんなんだ。そんなあたしたちを満足させられるようなご飯にお酒、ここにはあるんだろうね?」
「もうじき、世間の学生さんたちは夏休みに入るでしょう? そうすると、休暇中限定冒険者をやる子も多いから、あたしたちも大忙しになるのよ。だから、その前にパアッと景気良く遊ぼうと思って。だからトークももちろんだけど、お腹も満足させてもらわないと!」
ドラ五郎と黒服アスフォデルはゴクリと唾を飲み込むと、睡眠と幻惑のコラボレーションで乗り切ろうとした。しかしこっそりと力を発揮する前に、ばあちゃんに呆気なく見破られた。
「あんたたち、色仕掛けかなんかしようとでもしたのかい? 若い子には効果があるかもしれないけれどもね、このばあちゃんには効かないよ。そんな見え透いたもの、年の功でお見通しさ。――さあ、そんなごまかしなんていらないから、あたしたちをしっかりと満足させておくれ」
キャラクターの濃さが売りの植物たちがあっさりと降伏し「こいつはいけねぇ!」と言いながら助けを求めて何処かへと去っていくのを、死神ちゃんは呆然と見つめていた。役立たずな草たちの代わりにやって来たのはサキュバスさんだった。彼女は必死に笑顔を繕いながら食事を勧め、そして彼女たちにお酒を注いで回った。そしてその合間に、彼女たちに見えないように舌打ちをしながら小さな声で「早く来いよ、弟ぉ……」と呻いた。
「遅くなってすみません、姉に呼ばれてきたんですけど……。――って、姉ちゃん、何、お客さんの前で酔いつぶれてるんだよ!」
しばらくしてやって来たインキュバスさんは、お母ちゃんズに囲まれてすっかり出来上がった姉の体たらくに頬を引きつらせた。
「あんた、つらい恋をしているんだねえ。でも、はっきり言うけれど、それは不毛ってもんじゃあないかい?」
「私だって分かっているのよ。でも、すっかりハマり込んでどうしようもない時ってあるでしょう? ねえ、マンマ、私、どうしよう」
「あー、分かる分かる。あたしもそうやって気がついたら、あの宿六と結婚していたからね」
「やだ、まさこっち。分かってくれるの!?」
「お嬢ちゃん、まだ若いんだから。いっぱい恋をするんだよ。でも、できる限り幸せな恋をするんだよ。でも、失敗や哀しみも時として糧になることもあるからね」
「わーん、おばあちゃーん!」
その美しさで人々を魅了し、酒をたんまりと飲ませて金品を巻き上げるのが仕事のはずのサキュバスさんは完全にお母ちゃんズの手中に収まっていた。四方八方からヨシヨシされてワンワンと泣く姉の姿に愕然としながら、インキュバスさんはバーカウンターに避難してきた。そして、そこでマイペースにナポリタンをつついている死神ちゃんを発見すると、彼は死神ちゃんの隣に座りながらポツリと呟いた。
「あれ、一体どういうことなんですか? いつも強気な姉ちゃんが完全に負かされてるの、初めて見るんすけど」
「あのお母ちゃんたちにはな、誰も勝てやしないんだよ。なにせ、〈母は強し〉って言うだろう?」
「それ、言葉の使いかた微妙に間違っていません? ていうか、誰もっすか。もしかして、小花さんでも?」
死神ちゃんが静かにうなずくと、インキュバスさんは頭を抱えながら「なんか、飲み物。お酒じゃあなくて、気分がサッパリする感じのやつ」とちょび髭に注文したのだった。
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