転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

文字の大きさ
341 / 362
* 死神生活三年目&more *

第341話 死神ちゃんとまさこ③

しおりを挟む
「ッシャ、ォラーッ!!」


 死神ちゃんがダンジョンに降り立つのと同時に、地鳴りのような怒号とともにズドンという重たい衝撃音が聞こえてきた。死神ちゃんは怯えた様子で目を見開きカタカタと小さく震えると、恐る恐る声のしたほうへと首を振った。すると、山羊角を生やした女性が追い剥ぎ男ハイウェイマンの胸ぐらを掴み、メンチを切っていた。ハイウェイマンは、すでに顔の形が元々どうだったかすら分からないくらいボコボコになっていた。


「ほらほらほらぁ! 兄ちゃんよぉ! あんた、ちょっと、往生際が悪いんだよ。ア゛ァン!?」

「あの」

「ほら、さっさとカカオ豆出しなさいよ! それから、上等な酒も!」

「あの、まさこさん」


 死神ちゃんはおずおずと女性に声をかけた。しかし女性は死神ちゃんの声に気づくことなくメンチを切り続け、そしてとうとうハイウェイマンを豪快に殴り倒した。
 女性はアイテムへと姿を変えるハイウェイマンを不満げに見つめると、鼻を鳴らして吐き捨てた。


「しけてんなあ、おい。カカオなしの、酒も下の下のものかよ」

「あの、まさこさん。素が。ヤンキーの素が出てますから……」


 まさこと呼ばれた女性はギョッとして死神ちゃんをつかの間見つめると、「あらいやだ、オホホ」と苦笑いを浮かべながら淑女を装った。そして死神ちゃんの頭に手を伸ばすと、頭を撫でながら悪魔のような形相で詰め寄った。


「今見たことは、お姉ちゃんとお嬢ちゃんとの秘密だからね? 特に、うちの旦那や、マンマやばあちゃんには絶対に内緒だからね?」


 死神ちゃんは顔を青くすると、必死にうなずいた。

 彼女は街の酒屋の妻で、名を〈まさこ〉と言う。アルコール中毒のため度々仕事を放棄し、〈酒と肴〉のためにダンジョンへと繰り出してしまう夫の手綱をひいている、とても強い女性だ。
 彼女が強いのは精神的だけでない。〈悪魔と人間のハーフデビリッシュ〉という種族の強靭さを有する彼女は、街の食堂女将・マンマや〈ばあちゃん〉と呼ばれ親しまれている老婆と並び、冒険者最強ではないかと言われている。また、悪魔の血を引いているからなのか、死神ちゃんを〈お尻ペンペン〉で泣かせることもできる強者でもあった。なお、彼女たちは職業冒険者ではなく、ただの一般人であるため、裏世界では彼女たちのことを〈最強にして最凶の一般人〉と総称していた。

 そんな最強の彼女は、ダンジョン踏破に微塵も興味がなかった。そのため、本日ももちろん、踏破のための探索活動でダンジョンにやって来たわけではなかった。――彼女の本日の目的は、カカオ豆と酒だった。
 昨年の今ごろ、〈裏世界〉とギルドは協力してバレンタインイベントを実施した。何故かダンジョン内でカカオ豆が産出されるようになったから、それを集めてお菓子を作ろうという催しである。イベントは好評で、冒険者たちに惜しまれつつ一ヶ月ほどで終了した。そのイベントを、今年もまた行っているというわけである。
 今年は昨年よりもさらにパワーアップしており、低階層を徘徊しているハイウェイマンがこっそりと隠し持っている高級なお酒をチョコレート作りに使用してくれるのだとか。お酒を併用することで、チョコレートを食した際にかかる魔法効果も変わるそうだ。


「しかもね、それだけじゃあないのよ。今年は可愛らしい箱にラッピングしてもらえるんだけど、その箱には魔法がかかっているそうでね。ネームタグが付いているから、そこに自分の名前を書いてから相手にプレゼントして。そして箱を開けると、なんと、指輪がチョコレートと一緒に出てくるそうなのよ」


 もちろん、指輪は玩具程度の品である。しかしながら、意外と凝った作りとなっていて、自分で箱を開ければぼっち感たっぷりのブルーの指輪が出てきて、内側には〈明日も元気に頑張ろう〉などの励まし文が彫り込まれている。他人が開けばラブラブ感漂うピンクの指輪が出てきて〈誰それより、愛をこめて〉と送り主の名を添えた愛情たっぷりの文章が刻まれる。そしてどちらの指輪も効果は違うものの、ほんの少しながら祝福魔法がかかっているそうだ。
 ブルーの指輪の励まし分はいくつかパターンがあるようで、興味本位で〈自分へのご褒美チョコ〉を生産する冒険者が多いという。だが、仲間への日ごろの感謝や愛の告白のために〈配る用のチョコ〉を作る者ももちろんいるし、ラブリングの数を競い合う者も少なくないそうだ。


「まさこさんはもちろん、ラブリングを作りに来たんですよね?」

「そうなのよ、分かるー!? うちのダーリンったら、結婚するときに指輪のひとつもくれなかったのよー! だから、せっかくだから、お互いにチョコレートボックスを交換し合おうって約束をしていてね。お店や息子の世話があるから、交代制でダンジョンに潜ってるのよー!」


 まさこは染め上げた両頬を手で覆うと、キャアキャア声を上げながら身をくねらせた。死神ちゃんは頬を引きつらせると、小さくポツリと「仲がおよろしいことで」と呟いた。
 まさこは、せっかくだから酒好きの夫のために高級酒を使ったチョコレートを作りたいらしい。しかしながら、どれだけハイウェイマンをボコボコにしても、手に入らないとご立腹だった。
 まさこはハイウェイマンが近くを通りかかったことに気がつくと、死神ちゃんを放置して殴りかかりに行った。凶悪な台詞と痛々しい打撃音がこだまする中、死神ちゃんはよく知る人物と同じ見た目のレプリカが藻屑と消えて行くさまを何度も見ることとなった。まさこは心なしか具合の悪そうな死神ちゃんに対して、心配そうに眉根を寄せた。


「お嬢ちゃん、大丈夫? 具合悪いなら、お家に帰ったら? そろそろ外も暗くなってくるころだから、お母さんも心配しているだろうし」


 死神ちゃんは苦笑いを浮かべてすぐ、青い顔で凍りついた。死神ちゃんが一点を凝視していることに気がついたまさこは、きょとんとした顔で首を傾げた。


「ああ、血で汚れているのが気になるのね。――大丈夫よ、これ、今日あの小汚いお兄ちゃんをしばき倒しまくってついたものだから。私のじゃあないわよ」

「いや、十分恐ろしいんですけど。どれだけしばき倒したんですか!」

「さあ……。それに、帰ってすぐに重曹水につければ綺麗に落ちるし。ダーリンからもらった大切な手袋だからね、しっかり汚れは落としておかないと――」

「それ、やっぱり、あの純白の手袋なのかよ! 大切なものなら、戦闘中につけてるなよ! 血の染まり具合が半端なく怖……ぎゃあああああああああッ!」


 まさこは怒り顔で死神ちゃんを小脇に抱えると、問答無用でお尻ペンペンをした。


「お姉ちゃん、悲しいわあ。お嬢ちゃんのその年上に失礼かつおっさん臭い口調、きちんと直ったものだと思ってたのに」

「すみませ……すみませんでし……ああああああああッ! ごめんなさいいいいいいいッ!」


 死神ちゃんは泣き叫びながら必死に謝った。まさこは死神ちゃんがきちんと謝罪したことにうなずくと、ようやく死神ちゃんを解放した。そしてまさこは一転して思案顔になると、ポツリと呟いた。


「白いものがこれだけ綺麗に赤く染まるほど殴り倒しているのにカカオが出ないのって、もしかして、あのお兄ちゃんはカカオを持っていないのかしら」


 そう言って彼女は何やらを決心するようにうなずくと、少しだけ奥に行ってみようと言い出した。彼女はそのまま、四階へと降りていった。雑魚を大量に倒して全くもらえないのであれば、強敵を倒せばそれなりにもらえるのではと思ったらしい。彼女は気合いの篭った声を上げ、手のひらに拳を打ち付けて豪快な音を立てると、火吹き竜ファイヤードレイクへと突っ込んでいった。
 まさこはボクシングジムで学んだ成果を活かし、的確なポジショニングで急所を突いていった。しかし、戦闘の途中で死神ちゃんのお腹がグウとなると、一気に集中が途切れたようだった。


「えっ、もしかして、もう結構遅い時間!?」

「社会人の方々の勤務時間で例えると、日勤の方はそろそろ業務終了のころですね」

「あらやだ! じゃあ、夕飯作りに戻らない、と――」


 集中の切れ目が彼女の運の尽きだった。夫への愛に燃え盛り、常に最善を尽くしていたはずの彼女は、愛ではなく、ドレイクの炎で燃え尽きた。死神ちゃんはため息をつくと、そのままスウと姿を消した。



   **********



 死神ちゃんが待機室に戻ってくると、鉄砲玉のマサがガタガタと震えていた。どうやら彼は〈自分〉が数え切れないほどすり潰されていくさまを延々と見せられて、肝をすっかりと冷やしたらしい。


「やべえ、どうしよう……。俺、当分チョコレートが怖くて食べれねえかも……。バレンタインは、もちろんたくさん欲しいけどよ……」


 さすがの超絶ポジティブ・マサ様も、こればかりはポジティブになりきれないようだった。死神ちゃんは同情するようにポンと彼の肩を叩くと、夕飯を奢ると約束したのだった。




 ――――純白手袋を染める赤の色味が深まれば深まるほど、彼女の愛も深くなる。しかし、だからといって、血のバレンタインというのは考えもの。もっと殺伐感なく、幸せ満載で迎えたいものなのDEATH。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦

未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?! 痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。 一体私が何をしたというのよーっ! 驚愕の異世界転生、始まり始まり。

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...