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第67話 ジークとミナセ、特訓する。
しおりを挟む~ジークリード~
まだアイルがお台場ダンジョンに挑む前。
朝7時の旧皇居周辺、その外周のランニングコースを走る。早朝のひんやりとした空気は、自然に気持ちを引き締めてくれる。自分の呼吸音と周囲の雑音。その中間に意識を向けていると、渋谷での自分の戦いのことを思い出す。スキルを奪われ、己の力のみでボスと対峙しなければならなかったあの瞬間を。
俺はあの日から走り続けた。走り続けて、体力が限界を迎える頃にミナセと戦闘訓練を行う。それを毎日。
……まぁ、まだ1週間もやっていないが。
限界を超えてなお、戦う意思を失わないこと。それが今できる俺の全てだ。俺が限界の時、誰かが救いを求めたら? 探索者が、一般人が、ミナセが。助けを求めた時、俺は己を奮い立たせ、勝たなければならない。
これは俺自身が真の探索者となる為に必要な事だ。すぐに結果は出ない。しかし続けなければならない。毎日、毎日、毎日。気が遠くなるほどの時間……鎧は己を鍛え続けているのだから。俺も、強くなってみせる。
……。
旧皇居周辺を12周。合計60キロを走り終えた俺は、ミナセの待つ和田倉噴水公園へと向かった。中に入ると、コンクリート造りの広い空間。もう見ることの無い枯れた噴水。その隣でスポーツウェア姿のミナセが待っていた。ミナセの杖と俺用の木刀を持って。
この和田倉噴水公園地下には小型ダンジョンが出現している。ここならスキル使用者相手の戦闘訓練ができる。
今日行うのは昨日までの訓練とは違う。昨日までは限界を超えて動く為の訓練と言ってもいい。だが、今日はミナセのスキルを解禁する。俺より強い相手を想定した戦闘訓練……それをする為に。
「はぁ…‥はぁ……はぁ……いいぞ。ミナセ」
「大丈夫? 休憩してもいいんだよ?」
「今でなければ意味が無い。頼む」
「分かった」
ミナセは手にしていた木刀をフワリと投げると、杖を構え元気の良い声を発した。
「よーし。覚悟してよねカズくん! 速度上昇魔法!」
緑色に光るミナセの体。すばやさを15%上昇させる強化魔法。しかしそれでは終わらず、さらにミナセが魔法名を告げる。
「速度上昇魔・二連!!」
重ねがけを意味するカウント付きの魔法名……それが告げられると彼女を包む光がその色を増した。
「速度上昇魔・三連!!」
それをさらにもう1度……合計3回の重ねがけをして、ミナセはトントンと確かめるようにジャンプした。
「効果切れるまでの450秒、本気で行くからね」
重ねがけにはデメリットがある。効果中の対象者への付与は、魔力消費量が激しい。さらに効果時間が重ねがけする度に短くなる。通常ならミナセは絶対に使わない手法。その2つのデメリットが大き過ぎるからだ。
だが、今は使って貰う。そうでなければ訓練にならないからな。
「はぁはぁ……いつでも来い」
「カズ君殴るなんて昔を思い出す……ね!!!」
言うと同時に猛スピードのミナセが突っ込んで来る。金色のロッドが朝陽に照らされギラリと光る。
「はぁ!!」
横薙ぎに叩き付けられるロッド。それを木刀でいなし、反撃の一撃を放つ。しかし、ミナセは上体を逸らし剣撃を避けてしまう。彼女はそのまま大地へ手を付き、回転しながら俺の顔面を蹴り上げた。顔面に走る衝撃。目の前にチカチカと光が走る。
「ぐ……っ!?」
「ほらほら疲れて動き鈍いよ! 閃光無しだとその程度!?」
揺れる視界。咄嗟に体勢を立て直すが、目の前にいたはずのミナセは既に消えていた。
「速度上昇までしてインファイトすると思う!?」
あっという間に俺から距離を取っていたミナセ。彼女は再び大地を蹴るとロッドを叩き付ける。
「速い……!?」
回避は無理だ。受け止めろ。
自分に言い聞かせ、木刀でロッドの一撃を受け止める。速度が乗った重い一撃。反撃する頃にはミナセは目の前におらず、背後から声が聞こえた。
「油断しすぎ!!」
クソ。完全に背後を取られた。ミナセの攻撃、その軌道すら分からんが……諦めるな。直撃する直前まで頭を回せ。風の音は? ミナセの速度ならむしろ風を切る音が軌道を掴む鍵になる──
──フォンッ!!
「そこだ!!」
風の音を頼りに上体を下げる。頭上をロッドがすり抜けたタイミングでミナセのロッドへ木刀を斬り上げた。その一撃が、彼女の手からロッドを弾き飛ばした。
「痛ッ!?」
ミナセに生まれる隙。体勢を立て直し、追い討ちの一撃を放つ。
「俺の勝ちだ!!!」
ミナセは体勢も崩され杖も失っている。この一撃は止められん!
「……まだだよ」
ミナセの瞳がギラリと光る。明らかに先程までとは違う殺意の籠った瞳、それが俺の背中に悪寒を走らせた。
その瞬間、足元をすくわれる。世界がスローモーションになる。空中に浮かぶ体、バランスを崩した自分、身動きが取れない中、俺の背後にミナセが組み付いた。
く……っ!? 武器を失っても……っ!
喉元にミナセの左腕が食い込んだ。
「がっ……は……っ!?」
息ができない。もがこうとするが腹部に絡み付くミナセの脚は、俺が逃げることを許さない。
「ギブアップ? このまま行くとカズ君死んじゃうかも」
冷たい声。昔聞いたことのある声。俺を殺そうとした時の……声。
苦しい。徐々に体が動かなくなる。
「ほら、諦めちゃいなよ。明日また戦おう。これ以上やると殺しちゃう。私本当に殺しちゃうよ?」
「あ……ぐ……ぁ……」
苦しい。息を吸おうとしても吸えないというのはこれほど苦しいのか……。
「ギブアップしなって。言われないと私止まれないから。知ってるでしょ? 早くギブアップしてよ」
苦しい。
「早く……早くして!!」
ギリギリと締め上げられる首。喉が潰されそうだ。こうなったらミナセは止まらない。本当に俺を殺す。
だが……。
あの時、スキルイーターに捕まった時ミナセは助けを求めた。今の俺のように苦しかったはずだ。不安だったはずだ。だが俺は何もできずに……あんな思いはもう……ごめんだ!!
「ぐ……ぅあぁ!!」
後頭部をミナセの顔面に叩き付ける。
「あぐっ!?」
予想していない攻撃だったのか、ミナセの組み付く力が一瞬弱まった。ミナセの脇腹に連続で肘を叩き込む。脚の力が弱まった隙をみてミナセから距離を取った。
「はぁ……はぁ……」
ヤバかった……今のは本当に……。
「痛ぅ……鼻血出ちゃったぁ……」
「あ……す、すまん!」
血を流すミナセを見た瞬間頭の中が一気に冷えるような感覚がした。しまった……つい必死になりすぎて……。
「全然いいよ。私もやりすぎたもん」
目に涙を溜めながらミナセが血を拭う。胸の中で罪悪感が渦巻き、反射的にポケットに入れていたハンカチを渡した。
「……ほら」
「ありがと」
ミナセが受け取ったハンカチで顔の血を拭いていると、背後から幼い声が聞こえた。
「なんじゃ? 妾の目の届かぬ場所で殺し合いでもしておったのかの?」
声の方を見ると、スーツを着た少女がいた。幼い見た目なのにダンジョン管理局の部長をやっている者が。ベンチに座り、気怠げな表情で。
「シーリィア……」
「なんでシーリィアがいるの~?」
「そりゃあ可愛いオヌシ達の成長具合を見ようと思っての」
シーリィアがヒラヒラとダンジョン管理局用のスマホを揺らした。探索者スマホのGPSを追って来たのか。直接連絡すればいいのに。
「今のはミナセが悪いのぅ」
「う……っ!? だって……」
「だってじゃない」
シィーリアがゆっくりと俺達の前まで歩いて来る。
「今の動き……久々にしては慣れすぎておった。ミナセ、どこかで対人戦をしておったじゃろ」
「そ、そんなことしてないって!」
「本当か?」
「ほ、本当だもん……」
この動揺……俺でも分かる、嘘だ。ミナセのヤツ、俺に隠れて人間と戦っていたのか?
「ミナセ、お前どうして」
「あーあー。まぁ良いジーク。妾はミナセを責めたい訳では無い。ミナセがダンジョン周辺地区以外でスキルを使っておらんのは探索者スマホから確認済みじゃからな」
「そう? ありがとシィーリア!」
「調子に乗るでない」
「う……ごめんなさい」
シュンとするミナセ。いつも俺が怒られているから、こんなミナセは珍しいな。
「ジークも忘れてやれ。良いかミナセ。オヌシ達は妾の大事な子らじゃ。今まで自由にさせて来たのも、2人を信用していたからに他ならぬ。だからもう昔のようなことはするな」
「う、うん……気を、付ける」
シィーリアが指先をチョンチョンと下に向ける。ミナセと顔を見合わせると、シィーリアはしゃがめと言った。それに従うようにしゃがむ。
目の前の少女は、俺とミナセの頭を優しく撫でた。
「妾はオヌシ達の想いが好きじゃ。例え歪んでおってもな」
シィーリアが何を言っているか分からず、その言葉の意味を考えていると、彼女はミナセのことをギュッと抱きしめた。
(ミナセ、お前に頼まれておった……が中野に現れたぞ)
(え……ホントに!?)
ミナセが動揺した顔になる。なんだ? よく聞こえなかった。シィーリアは何と言った?
(本当じゃ。SNSに目撃情報があった。おかしいじゃろ? 今オヌシはここにおるのじゃから)
(うん……)
(行っても良いが、何があっても人だけは殺すなよ? オヌシの今後に関わる。約束できるかの?)
(約束するよシィーリア。カズ君には内緒にしてね)
(分かっておる)
ミナセは、急に立ち上がると俺を見ていつもの笑顔を浮かべる。
「カズ君。私中野に行ってくるね!」
「え、おいミナセ! だったら俺も」
「大丈夫だから! カズ君は来ないで~!」
俺の声を遮るように手を振ると、ミナセはジャージのまま走って行ってしまった。
「おや、相棒に行かれてしもうたの。なら妾が修行の相手でもしてやるかの~」
シィーリアがあくびをしながら伸びをする。その様子から、ミナセと話していた時の深刻な様子はすっかり消え去っていた。
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