おはようの挨拶はキスで

茉莉花 香乃

文字の大きさ
21 / 45
第四章

01

しおりを挟む
今日、豊は少し遅くなるらしく一緒に帰れない。僕は事務職で、おまけに上司は「お前ら、早く帰れよ」と言って自分もさっさと帰ってしまう。どうしてもその日の内にしなければならない仕事がある時以外は先輩も早い。だから、営業職の豊より早く帰れる日が多いと思う。

…あの女の人に会うのかな…。

今までなるべく豊のプライベートを見ないようにしていた。朝に何気なくする会社の話なんかをなるべく心に留めないように気をつけた。

女の話でも男の話でも気にしてしまえば苦しくなる。
同期で同じ営業に配属された奴がどうしたとか、そいつの名前が僕の高校の同級生と同じ名字だったと思ったり。受付の女がどうとか、そもそも女の話なんか聞きたくないと思ったり…。

でも、楽しそうに話す豊を見るのはこっちも楽しくなるから、不快にならないように相槌だけは打ってた。

昨日はずっと優しかった。

僕は豊の隣で幸せなな夜を過ごし、今朝もキスで起こされた。狭いベッドで一緒に寝るにはくっついて寝るしかない。仕方ないよねって言い訳して抱きついて寝たっていいんだ。

でも、言い訳なんかしなくてもはっきりと「ここで寝て!」と自分の腕の中に僕を閉じ込めた。幸せそうに僕を抱きしめる腕は緩まない。

嬉しさのあまり、直ぐにうんって返事をしないのをどう思ったのか、

「今日は一緒に寝てくれるよな?」

とかっこいい顔が台無しな弱気なところも可愛くって大好きだ。僕が拒否した昨日のことが気になるのかな?ただ恥ずかしかっただけなのに…。

「勿論、ここで寝る」

と僕も抱きつけば「よし!」と嬉しそうな声と、そのままじゃ苦しくって寝られないよと思うくらいきつく抱きしめられた。

しきりに「今日も一緒に帰りたかった」と言うからほんとに仕事かもしれない。

でも、まだ不安だ。





そんな、辛い…疑う気持ちと、甘い…信じたい気持ちを抱えながら恋人になって一ヶ月が過ぎた。
僕のバランスは朝のキスが守っている。辛い気持ちはそのキスによってどこかに行ってしまう。普段の豊からは優しさや僕に対する愛情しか感じられないから。そんな、愛が溢れるキスで起こされたら、不安な気持ちはなくなる。

それでも、豊は僕に隠していることがある。

腕を組んでた女の人のことはまだ聞いていないからそのことも隠してるけど、他にもある。

昨日は『前からの約束があるから、ちょっと出かける』と昼前に家を出て帰ってきたのは、21時くらいだった。

帰って直ぐにシャワーを浴びてたから気付いてないと思ってるだろうか…。

玄関を開けた時に豊と一緒に入ってきた女のニオイ。仄かに香る花のようなニオイは甘くて、他人に付けてしまうくらい近くに居たことがわかる。

いつもは僕が傍にいると手が伸びてくるのに、直ぐに浴室に消えた豊。おかえりとリビングを出て玄関に迎えに行った僕が、たどり着く前にただいまの言葉と笑顔を置いてするりと離れて浴室のドアに手をかけた。
見た目は変わらない。髪も乱れている感じはないけど…。

浮気するなら、臭いを消して帰ってきて欲しい。それとも僕が浮気なのだろうか?シャワーを浴びてやっと僕のことを思い出したように豊の手は僕に戻ってきた。
抱き寄せられていつものシャンプーと豊の匂いに不安な気持ちを押し込める。
いつもの豊だ。

「ごめんな。寂しかった?」

一日出かけていたことに対する『ごめん』なのだろうか?それとも後ろめたさからくるものなのだろうか?
豊の時間が全部僕のものじゃないのはわかってる。そんなことは言わない。そんな独占欲は重いだろう。

あの女の人のことも今回の事も僕には聞く勇気がない。聞いてしまったら恋人と住居を一度に失うことになりそうで怖いんだ。

住むところは…いいんだ。あれだけ豊を避けて努力したのも結局、豊と離れたくないって思いが強かったから避けてただけなんだ。

何もないかもしれないだろ?

そう自分に言い聞かせる。昨日のだって、同僚か大学の友だちに無理矢理にコンパに誘われてたまたま女の香水が移っちゃっただけかもしれない。コンパなら隣に座ることもあるだろう。あの女の人はそんなふうに行ったとこで会っただけで、誘われてなかなか断り切れなかっただけかもしれないから…。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜

たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話 騎士団長とのじれったい不器用BL

処理中です...