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間違えた。
そう思うほどウィンの表情がやばかったのだ。仕立て屋がするような穏やかな顔では無い。

「わ、悪かった。あまりに暇で、使わなそうな布をちょっと拝借し……!」


思わず握った出来立ての小さなドレスはウィンによってもぎ取られる。
こ、怖すぎる。この何考えてるかわかんねえけど顔が綺麗なド派手な人間のこの反応は怖過ぎんだろ。
何がダメだったんだ。やっぱりこの部屋のもんは勝手に触んなってことかよ。だったら最初にそう言えよ!


「……これ」

「な、何だよ、そんなに大切な布だったのか……?!」

「今作ったのかい?!」


今度は今まで見たこともないキラキラの笑顔に変わったウィンは俺が作ったミニドレスを掲げてくるくると回り出した。
驚きながらも怒っているわけではないと確信してようやく安堵する。

「怒ってねえなら怖い顔で後ろ立つな!」

「だって!!僕は感激しているよ。まさか君にこんな才能があったなんて!!」

「仕立て屋の下請けのさらに下請けくらいのことやってたからな……そんなにすげえか?それ」

「なるほど、経験者な訳か」

経験があってもウィンの作ったものを見よう見まねで作っただけなので上手い下手は分からない。子供にやるお人形の着せ替えくらいには喜ばれる程度だと思っていたがウィンは宝物でも見たこどものような喜び様だ。こいつはきっと服にしか興味がないんだろう。

「さっと見ただけで僕の作り方もわかっているし何より丁寧だ!いいねいいね、口の悪さを微塵も感じさせない慎ましさだよ」

「一言余計だわ」

「そうだ!暇ならドレス作り手伝わないかい?別にいつもじゃなくても良い、気が向いた時に来たら良いよ。ここの男どもは誰一人として才能が無かったけど君になら手伝ってもらえそうだ」

俺のツッコミなんて聞こえていないのかどんどん話が進んでいく。まあ作業自体は嫌でもないので気が向いたらなと適当に返事をするとうんうんと嬉しそうにウィンは頷く。

ミニドレスを丁寧に作業台に置くと切り替えたようにウィンはいつもの笑顔を向けた。

「さて、悪かったね手持ち無沙汰にさせて。描き終わったから髪の毛を整えようか」

「短くしないにしろ前髪くらいは切ってくれよ」

「ああ、それ良いね。前髪があった方がより可愛さが増すだろうし」


理由はともあれ視界がうざったくなることはなさそうだ。部屋の真ん中に椅子を置き俺がそこに座るとパサリとケープがかけられた。

目の前に鏡があるが髪をくしでとかされている自分の姿は小さく少し遠い。どうせ整える程度なのでどうでも良いが。

「それにしても綺麗な髪だね」

「……父親も全く同じ色、そのほかの見た目は母親似だ」

「そう、さぞかし可愛いらしいお母様だったんだね。お父様もお母様の可愛らしさに負けず綺麗な顔をしていただろう」

「……まあ」

今の境遇は親のせいでもあるがサハにも言った通り恨んではいない。こうして親を褒められて悪い気もしなかった。世間話をさせているとウィンと言う男は普通の人間に感じてしまうから不思議だ。思わず質問をしてしまった。

「なあ、なんであんたはマフィアの仕立て屋なんかしてるんだ。これだけ腕がいいならどこでもやっていけるだろう」

鏡越しにウィンと目があった。いつのまにかハットはどこかに置いている。

流し目気味に微笑む姿はやはり何を考えているか分からない。

「そうだね、ベルドラの元なら色々な服が作れると言うのが理由としては一番大きいけれど……」

「けど……?」

「適任だったからかな」


それはつまり幼馴染だしベルドラのことも少なからず知っているから適任と言うことだろうか。まあそう言われればそれまでだ。頭も中々おかしい所もある意味マフィア向け。

じょきりじょきりと頭の上で音がするとパラパラと髪の毛が落ちていく。手元に迷いもなく遠目の鏡だが髪型に問題はなさそうだ。基本的に手先が器用なのだろう。

「長い方が巻いたりアレンジしたりしやすからね。邪魔なら結んでくれ」

まあ、ドレスを着るってことは女物な訳で髪を切らないのは納得でもあるし別にこれくらいは許容範囲。正直ウィッグでも良いだろとも思うが俺自身がウィッグを上手く扱えるかと言われたらそれは無理だ。

「へいへい」

「はい、で一回に治そうか」

だんだん小姑感が出てきたなこいつ。

「サハも基本的に結んだりアレンジはできるから自分で無理なら彼に任せたら良い。僕の手があかない時のためにサハには色々仕込んでいるから」

「い、色々?」

「本当はメイドにやらせる君のお世話なんだけど、女性がファミリー内をうろつくといざこざが絶えなくてね」

「あ、ああ……」

思い出したくもない記憶が蘇ってしまった。ああ女がいないから余計に男同士のなんやらかんやらが増えるのか。地獄ではないか。

「それでなくてもここは毎日騒がしいのに……」


つぶやかれたその言葉に反応しようとしたその時、突然廊下の方からかなり大きな足音が響いてノックもせずにドアが勢いよく開いた。そこには黒スーツの男が鬼気迫る勢いであろうことがこっちに銃を向けている。それと同時に部屋の空気が冷えた。

思わずその原因を見上げるとウィンは先ほどまでの笑顔が嘘のように冷たい表情で部屋に入ってきた男を睨んでいる。

「ノックもできないのか」

「お前がウィンリー・サブだな……!まずはお前の首から取らせていただく!!」


首がなんだって?事態に全くついて行けない俺はただポカンと光景を見ていた。


「違うよ。僕はウィンリー・サブじゃない」

「は?い、いや!どう見てもお前が」

「うん。嘘」


男が動揺した瞬間に何か光るものをウィンが投げつけた。
それは人間が投げたとは思えないスピードで黒スーツ男の肩に突き刺さる。雄叫びに近い声をあげて男は自分の肩を思わず庇うがそれでも視線はウィンに向けられ脂汗をかきながら睨みつけた。

「……お、おい」

「目をつむった方がいいよ」


ウィンのド派手なジャケットを握った俺に慰めでもなくさわやかな笑顔をくれる。黒スーツ男の肩からじんわりと黒染みが浮き上がる。あれは血だ。ウィンが投げたのは髪をすいていたハサミだった。


なんだこれ。なんだよこの状況。

「相変わらず緩いなぁここの警備……」

ため息をつきながら大げさにウィンが手を広げた。
そんな穏やかにしてる場合か、と言うかあいつは誰でお前は何呼吸くらい自然に刃物投げつけてんだ。

黒スーツはもう息も絶え絶えになってきてついに膝をついてしまう。いやあれは痛えよ、だってぶっすりいってるんだからな。
だと言うのにウィンはまたもう一つの刃物を握り始め俺はギョッとしてウィンのジャケットをまた強く引っ張る。

「お、おい、ウィン!」

「なんだい?大丈夫だから目をつぶって」

何をどうしたら良いか分からないのに目を瞑っていられるか。言葉がうまく出ないし、悪態をつける状況でもない。俺はまだ死にたくない。

「ウィンさん~こっちに1人行かなかったですかねー」

「遅いよサハ」

もう限界だ。そう思った時、聞き慣れた声が聞こえてきた。誰も彼もこの緊張感に合わない声色で俺のお世話係はひょっこりとドアから顔を出した。

「いやーすみませんね。丁度連れて帰ってきたんですが、結構ボロボロにしたのにまだ動けたらしい。あれ、姫さんまでいる」

「そうだよ、せっかく彼の髪を切ってあげていた所なのに」

「だからか。可愛さが増したな」

「や、サハ、おい……」

俺のしどろもどろな小さな声はサハには届かなかった。こんな時に俺の可愛さを爽やかな笑顔で誉めるなんてどうかしてる。

サハは黒スーツの男の首を掴みその顔を少しだけ覗き込んだ。青白くて尋常じゃない汗の量。


「ウィンさん毒使いました?」

「使ってないよ」

「んー今更回ってきた訳か。頑丈だなこいつ。ま、連れて行きますね」

「ああ、早くしてくれ。ここで暴れられたら困る」



せっかくのドレスが汚れたら殺してしまうだろ。
耳元でそう聞こえてきたのは幻聴じゃない。サハが去り際に俺に陽気に手を振って消えていったのも幻覚じゃない。


「やれやれ、騒がしいなまったく。さ、続きをしようか」

「…………おい」

「大丈夫かい?ほら落ち着いて、もう終わったことだ」


俺だって出来ることなら騒ぎたくはない。

頭を落ち着かせろ。もう終わった事なんて流せるほど小さな出来事では無かったがそれでもだ、ここはマフィアのアジトで周りは全員人殺しのようなものだ。何が起きたって不思議でない。だから落ち着け、落ち着くんだ。

大きく呼吸して気分を落ち着かせた俺をウィンはよく耐えたと言わんばかりの微笑を見せた。


「……ひとつだけ聞きたい事がある。お前は、仕立て屋じゃないのか?」

「仕立て屋だよ」


にっこり。
微笑んだ、とても上品に。


ウィンはでも、と付け足す。



「殺し屋でもある」



ああ、早くここから逃げなきゃいけねえ。
そう改めて心に誓うのだ。







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