うさぎはおおかみの夢を見るか。

石月煤子

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5-1-体育祭

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五月晴れの元、神渡島で一番の生徒数を誇る翠塚(みどりづか)高等学校の体育祭は盛大に開催された。

「なんか人がいっぱいいる」
「島の人達が来てるんだよ~」
「丞君の活躍見たい島民が押し寄せてきてるってわけ」

芝恵と白洲の説明を受けて夕汰はグラウンドをぐるりと見渡す。
トラック沿いにずらりと建てられたパイプテント。
開始早々、来客向けゾーンにはたくさんの人がいた。
クラス名の書かれたゼッケンをつけ、二年生用となる水色のハチマキを巻いた夕汰は、中学のときとは比べ物にならない盛況ぶりに圧倒されていた。

「え、ゆーたん、そんなとこに絆創膏つけちゃってんの?」

半袖シャツに膝丈の半ズボンを履いた夕汰は、首筋に貼った絆創膏を白洲から指摘されると反射的に片手で隠した。

「え、まさか。うっそ。あのおっちょこちょいゆーたんが?」
「な、なに、白洲くん。どういう意味?」
「それってキスマ隠すために貼ってんじゃないの?」
「ぶはっっっ」

一番目の競技が始まり、生徒らは応援だったり友達同士ではしゃいだり、賑やかなグループから一歩身を引いていた夕汰は赤面する。

「そそそそそ、そんなわけ」
「おい~、白洲め~、ゆーたんはここんとこずっと絆創膏貼ってんの~、野良猫に引っ掻かれちゃったんだよ~」
「え、そーなの? 首とかあっぶな。マジで気をつけなよ、ゆーたん」

白洲に本気で心配される。
憤慨する芝恵の、自分より小柄な友達の背後に隠れた夕汰は、うんうんうんうん過剰に頷いてみせた。

(断じてキスマークじゃない、これは過失によるアクシデントだ……うん)

「御社先輩と写真撮りたいなぁ」
「だめだめ。そーいうの、お断りしてるってよ」
「隠し撮りなら……」
「やめとけやめとけ、絶対本人にばれるから」

近くにいた一年生の会話が耳に入り、夕汰は、彼等の視線を追う。
その先にはジャージ姿の丞がいた。
水色のハチマキをしっかりと結び、燦々と降り注ぐ朝の日差しに柔らかく輝く眼差し、普段以上に凛々しさの増した姿には多くの注目が集まっていた。

「丞さん、男っぷりが倍増してらっしゃる」
「この間、うちのおばあちゃんの荷物を持ってくれたどころか、ウチまで送ってくれたみたいで」
「まるで絵巻物に出てくる若武者みたいだわぁ」

島民も遠巻きに眺めており、拝んでいるお年寄りまでいた。

(保護者以外の地域の皆さん、全員、ガチで御社くん目当てなんだ……)




大賑わいの体育祭は顕著なハプニングもなく順調に進行していった。

「し、芝恵くん、ハードルってどう飛ぶんだったっけ?」
「え~? ダッて走って、ぴょんってすればいいじゃん~? ゆーたんはジャンプ得意でしょ~?」
「別に得意じゃないっ」
「オレは午前の部で終わったから気が楽だ~、あ~、ゆーたんのお弁当の牡蛎の天ぷら~、おいしそ~」
「あげる……もうお腹いっぱい」
「わ~、やった~」

昼休憩、教室で祖母手作りのお弁当を芝恵と食べていた夕汰は何気なく室内を見回す。
今日は体育館などで家族と一緒に過ごしている生徒が多く、いつもより人数が少ない。
普段はコンビニでパンを購入し、教室で食べている夕汰だが、丞を見かけたことはなかった。

「御社くんの家族って来てるのかな、今日」
「いやいやいやいや~、来てないよ。小学校から一回も来たことないよ~」
「え? 小学校から?」

元妻と個人事務所を切り盛りしていた父親の春貴は夕汰が参加できた小学校、中学の体育祭には必ず顔を出していて、来なくてよかったのにと強がりながらも夕汰は嬉しく思ったものだった。

(そういえば御社くんって兄弟いるのかな、どんなお父さん・お母さんなんだろう)

「御社君は午後イチの種目に出るよね~」
「えっ? そうなんだ?」
「ゆーたん、忘れっぽい~」
「ううう……ぷぅぅ……」

教室で食事を終えた夕汰は芝恵と一緒に校庭へ戻り、午前よりも明らかに増加した人出にぎょっとした。
丞効果に違いない。
来客向けのテントは島民で溢れ返っており、かき氷のキッチンカーには行列ができていた。
当の丞はトラックの内側に、同じ種目に出る生徒たちと共にすでに整列していた。
遠くからでも十二分に目立つシルエット。
上のジャージを脱いでおり、皆と同じゼッケンつきの半袖シャツ姿は爽やかな初夏の訪れを具現化しているかのようだった。

『御社に嫁ぐこと、考えてくれただろうか』

未だに丞は嫁に来い的な発言を繰り返していた。

(そんなことできないよ、御社くん)
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