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6-1-思い出
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晴れやかな快晴と共にスタートしたゴールデンウィーク。
「……おれって最低だ……」
どんよりした気持ちで目覚めた夕汰はなかなかベッドから出られずにいた。
ショックに打ちひしがれた藍色の瞳が頭から離れない。
他でもない自分自身による犯行。
あの丞を傷つけたのだ……。
「ぷぅぅうぅうぅうう」
カーテンを閉ざした薄暗い室内、枕を抱え込んだ夕汰は空しく呻く。
(体育祭が終わった後、御社くんは打ち上げにも出ないで一人で帰ってしまった)
去年も出なかったらしいけど。
今年はおれのせいかもしれない。
(……ゴールデンウィークが終わって、学校で、どんな顔して御社くんと接したら……)
いや、きっともう、御社くんは話しかけてこない。
こんなおれにはもう愛想をつかして近づいてこない。
(ああ、それなら……責任がどうのこうのっていう話も流れて……御社くんはシロツメさんと幸せになれる……)
夕汰は首筋をなぞった。
この傷跡もその内消える、丞の名残は自分から完全に消え失せるだろう、そう思った。
「――え……えぇぇえ……?」
ボサボサの頭で顔を洗い、慎重に絆創膏を剥がし、洗面台の鏡で首筋をチェックした夕汰は目を見張らせる。
発情期の丞に噛みつかれて半月近くが経過したが、腫れや赤みは引いていて、絆創膏を貼る必要はもうなさそうだ。
ただ二つの痕がくっきりと残されていた。
まるで吸血鬼に咬まれたかのような痕跡が。
(あのときの御社くん、犬歯がやたら尖ってはいたけど)
「まさか、こんな風になるなんて」
これまでおざなりに絆創膏を貼り換えてきた夕汰、正視するのが正直おっかなくて傷の治りの経過確認を怠り、久し振りにまともに目にしたわけで……。
(襟つきのシャツとかパーカーとか着れば隠せるし、ぱっと見にはホクロに見えないこともない……かな?)
「夕汰、お味噌汁飲むでしょう?」
カップラーメンを食べるつもりだった夕汰は、祖母お手製のお味噌汁とチャーハンを朝昼ごはんに食べた。
「夕汰、連休中は友達と出かけたりしないのかい」
すでに食事を終え、ダイニングテーブルで新聞を見ていた春貴に尋ねられて「来週、芝恵くんとごはん食べてカラオケ行く予定だけど」と答える。
「え。夕汰、カラオケとか行くんだ」
「行きますけど」
「何歌うの?」
「歌わない。芝恵くんが歌うの、聞いてる。四時間くらい」
自分と同じくボサボサ頭の春貴が失笑しているのを横目に夕汰は熱々のお味噌汁を慎重に啜った。
「……ふぅ。今日は厚揚げ入ってる。熱くてまだ食べてないけど」
お味噌汁をフーフーしていたら、向かい側でホットコーヒーを飲んでいた祖母に「夕汰はクローバー入りが一番好きなのよねぇ」と言われて首を傾げた。
「母さん、それ、前にも似たようなこと言ってたよね。どういう意味?」
春貴が新聞越しに聞き返せば祖母はやれやれと肩を竦めてみせる。
「春貴、あんた本当に覚えてないの?」
「え、なに、その言い方。僕のこと呆れてる?」
「ずっと前、そうそう、あのときもゴールデンウィークだった。まだ幼稚園に入る前だった夕汰を連れてコッチに帰ってきてたとき」
「うんうん」
「夕汰がクローバー握ってたのよ」
「うん? その辺で毟ってきたやつじゃ?」
春貴は新聞を畳んで話を聞くのに集中しているようだった。
「帰ってきたその日に、夕汰、熱出しちゃって。一日中ずっと今の部屋に寝かせてたんだけど。晩ごはん終わって様子を見に行ってみたら、クローバー、握ってたのよ」
「はぁ。クローバーねぇ」
「もー。なんで忘れてるのよ、春貴ッ」
「お、怒るほどのことかな?」
「だって夕汰はあの日ずっと部屋の中にいたじゃない? 外には出してない。ひょっとしたら家の庭くらいには出たかもしれないけど、クローバーなんて生えてないし」
「ああ。なるほど」
「部屋に入れる前から握ってたわけでもないし。不思議なこともあるわねぇって話したでしょ」
「風で飛んできたとかじゃ?」
「風でクローバーが飛んできたことなんてあるッ?」
自分の母親にピシャリと言われて春貴は縮み上がる。
「しかもね。そのクローバーね。四葉のクローバーだったのよ」
春貴は目を丸くさせた。
リビングのソファでテレビを見ていた自分の父親に「忘れっぽいなぁ、春貴は」と言われると納得いかない表情を浮かべた。
「当の夕汰だって覚えてない」
「夕汰はちっちゃかったもの。それに熱でぼんやりしてたし、本人に聞いても何のことかわからなかったし」
(その日のこと、ちょっとだけ覚えてる、かも)
お母さんが一緒に来れなかった日。
寂しくて、悲しくて、橋を渡るバスの中で泣いた気がする。
(だけどクローバーのことは全く覚えてない)
幼稚園に入る前なら三歳くらいの頃かな。
しかも熱が出て寝込んで、忘れてるのも当然かもしれないけど……。
(そのクローバー、いくらなんでも捨てちゃってるよな)
適温になったお味噌汁のお椀を一旦下ろし、四葉のクローバーの行方を祖母に尋ねようとした夕汰であったが。
「そういえば夕汰って御社家の丞おぼっちゃまと友達なの?」
逆に祖母に唐突に聞かれて自分の質問は喉奥へと引っ込んでいってしまった。
「ご近所の人たちが一緒に歩いてるのを見たって。あと、家の前に立ってたって」
「おじいちゃんも聞かれたぞ」
「御社丞君と友達? 御社家のお屋敷ってここから相当離れてるけど、わざわざ夕汰のこと迎えに?」
興味津々な様子の家族に夕汰は口ごもる。
パーカーで隠れている傷跡を無意識に撫でた。
「……友達じゃない……」
丞が家の前に立っていたのがとても昔のことように思えた。
転んだ自分を保健室へ連れていこうとしてくれた昨日の体育祭も、ずっと前の出来事のように……。
「おじいちゃん、他にも聞いたぞ。昨日の運動会で丞ぼっちゃんに抱っこされてたって」
父親と祖母は顔を見合わせ、夕汰はもう何も言えず、お味噌汁を黙々と啜り続けた……。
「……おれって最低だ……」
どんよりした気持ちで目覚めた夕汰はなかなかベッドから出られずにいた。
ショックに打ちひしがれた藍色の瞳が頭から離れない。
他でもない自分自身による犯行。
あの丞を傷つけたのだ……。
「ぷぅぅうぅうぅうう」
カーテンを閉ざした薄暗い室内、枕を抱え込んだ夕汰は空しく呻く。
(体育祭が終わった後、御社くんは打ち上げにも出ないで一人で帰ってしまった)
去年も出なかったらしいけど。
今年はおれのせいかもしれない。
(……ゴールデンウィークが終わって、学校で、どんな顔して御社くんと接したら……)
いや、きっともう、御社くんは話しかけてこない。
こんなおれにはもう愛想をつかして近づいてこない。
(ああ、それなら……責任がどうのこうのっていう話も流れて……御社くんはシロツメさんと幸せになれる……)
夕汰は首筋をなぞった。
この傷跡もその内消える、丞の名残は自分から完全に消え失せるだろう、そう思った。
「――え……えぇぇえ……?」
ボサボサの頭で顔を洗い、慎重に絆創膏を剥がし、洗面台の鏡で首筋をチェックした夕汰は目を見張らせる。
発情期の丞に噛みつかれて半月近くが経過したが、腫れや赤みは引いていて、絆創膏を貼る必要はもうなさそうだ。
ただ二つの痕がくっきりと残されていた。
まるで吸血鬼に咬まれたかのような痕跡が。
(あのときの御社くん、犬歯がやたら尖ってはいたけど)
「まさか、こんな風になるなんて」
これまでおざなりに絆創膏を貼り換えてきた夕汰、正視するのが正直おっかなくて傷の治りの経過確認を怠り、久し振りにまともに目にしたわけで……。
(襟つきのシャツとかパーカーとか着れば隠せるし、ぱっと見にはホクロに見えないこともない……かな?)
「夕汰、お味噌汁飲むでしょう?」
カップラーメンを食べるつもりだった夕汰は、祖母お手製のお味噌汁とチャーハンを朝昼ごはんに食べた。
「夕汰、連休中は友達と出かけたりしないのかい」
すでに食事を終え、ダイニングテーブルで新聞を見ていた春貴に尋ねられて「来週、芝恵くんとごはん食べてカラオケ行く予定だけど」と答える。
「え。夕汰、カラオケとか行くんだ」
「行きますけど」
「何歌うの?」
「歌わない。芝恵くんが歌うの、聞いてる。四時間くらい」
自分と同じくボサボサ頭の春貴が失笑しているのを横目に夕汰は熱々のお味噌汁を慎重に啜った。
「……ふぅ。今日は厚揚げ入ってる。熱くてまだ食べてないけど」
お味噌汁をフーフーしていたら、向かい側でホットコーヒーを飲んでいた祖母に「夕汰はクローバー入りが一番好きなのよねぇ」と言われて首を傾げた。
「母さん、それ、前にも似たようなこと言ってたよね。どういう意味?」
春貴が新聞越しに聞き返せば祖母はやれやれと肩を竦めてみせる。
「春貴、あんた本当に覚えてないの?」
「え、なに、その言い方。僕のこと呆れてる?」
「ずっと前、そうそう、あのときもゴールデンウィークだった。まだ幼稚園に入る前だった夕汰を連れてコッチに帰ってきてたとき」
「うんうん」
「夕汰がクローバー握ってたのよ」
「うん? その辺で毟ってきたやつじゃ?」
春貴は新聞を畳んで話を聞くのに集中しているようだった。
「帰ってきたその日に、夕汰、熱出しちゃって。一日中ずっと今の部屋に寝かせてたんだけど。晩ごはん終わって様子を見に行ってみたら、クローバー、握ってたのよ」
「はぁ。クローバーねぇ」
「もー。なんで忘れてるのよ、春貴ッ」
「お、怒るほどのことかな?」
「だって夕汰はあの日ずっと部屋の中にいたじゃない? 外には出してない。ひょっとしたら家の庭くらいには出たかもしれないけど、クローバーなんて生えてないし」
「ああ。なるほど」
「部屋に入れる前から握ってたわけでもないし。不思議なこともあるわねぇって話したでしょ」
「風で飛んできたとかじゃ?」
「風でクローバーが飛んできたことなんてあるッ?」
自分の母親にピシャリと言われて春貴は縮み上がる。
「しかもね。そのクローバーね。四葉のクローバーだったのよ」
春貴は目を丸くさせた。
リビングのソファでテレビを見ていた自分の父親に「忘れっぽいなぁ、春貴は」と言われると納得いかない表情を浮かべた。
「当の夕汰だって覚えてない」
「夕汰はちっちゃかったもの。それに熱でぼんやりしてたし、本人に聞いても何のことかわからなかったし」
(その日のこと、ちょっとだけ覚えてる、かも)
お母さんが一緒に来れなかった日。
寂しくて、悲しくて、橋を渡るバスの中で泣いた気がする。
(だけどクローバーのことは全く覚えてない)
幼稚園に入る前なら三歳くらいの頃かな。
しかも熱が出て寝込んで、忘れてるのも当然かもしれないけど……。
(そのクローバー、いくらなんでも捨てちゃってるよな)
適温になったお味噌汁のお椀を一旦下ろし、四葉のクローバーの行方を祖母に尋ねようとした夕汰であったが。
「そういえば夕汰って御社家の丞おぼっちゃまと友達なの?」
逆に祖母に唐突に聞かれて自分の質問は喉奥へと引っ込んでいってしまった。
「ご近所の人たちが一緒に歩いてるのを見たって。あと、家の前に立ってたって」
「おじいちゃんも聞かれたぞ」
「御社丞君と友達? 御社家のお屋敷ってここから相当離れてるけど、わざわざ夕汰のこと迎えに?」
興味津々な様子の家族に夕汰は口ごもる。
パーカーで隠れている傷跡を無意識に撫でた。
「……友達じゃない……」
丞が家の前に立っていたのがとても昔のことように思えた。
転んだ自分を保健室へ連れていこうとしてくれた昨日の体育祭も、ずっと前の出来事のように……。
「おじいちゃん、他にも聞いたぞ。昨日の運動会で丞ぼっちゃんに抱っこされてたって」
父親と祖母は顔を見合わせ、夕汰はもう何も言えず、お味噌汁を黙々と啜り続けた……。
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