意地悪お兄さんと親ぎつねギシャァァ!

石月煤子

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しっかしすげぇところに来ちまったな。


今までに会ったあやかし連中、九九とか、狸どもとか、這虫や緋目乃サマ。

だいたい人の姿をしていた。

ここにいる連中の半数は、うん、ゲテモノ寄りだ。


まだまだ人間くさいらしいが、こんな場所に来ちまうと、もう普通の人間じゃあないってことを思い知らされるな……。


少々おせんちになった意地悪お兄さんは九に大人しく手を引かれていましたが。

不意に足を止めました。

昔っから自分を惹きつけてやまない賭け事の気配を感じ取ったようです。


「おい、イカサマすんじゃねーぞ!」
「お前とお前組んでんじゃないのか!?」
「変な小細工使ってんじゃねーだろな!?」
「見苦しいよぉ、ぽんぽこさんら、潔く負けを認めなくっちゃあねぇ」


道端で繰り広げられている野外麻雀、しかも面子の半数は顔見知りのあやかしでした。


「あいつら、狸に這虫じゃねぇか、へぇ~~、なぁ、九、」
「道草はお断りだからね」


ピシャリと断言した九は意地悪お兄さんの手を引いて先を急ぎます。


「ちぇっ、ケチ」
「到着するなり彼奴らに出くわすなんて、それだけでも縁起が悪い、寄り道なんてもっての外」


ただの手繋ぎが、恋人繋ぎへと変わって、賭け事に後ろ髪引かれていた意地悪お兄さんはどきっとしました。


「君の美味しさを知るのは僕ひとりで結構」
「は……?」
「今宵はどこまでもふたりきりで温泉を愉しむんだからね」


完成された美しさを持ちながら少年じみたワガママを振り翳す狐夫に意地悪お兄さんはタジタジです。


ですが。
縁起が悪い、それはあながち間違っちゃあいませんでした。




さすがの九も、この先に待ち受ける衝撃的展開の凶兆を察することはできませんでした……。




九が手配しておいたお宿というのがこれまた飛び抜けて斬新でした。


「おい、これ迷路か?」


まるでからくり屋敷。

違法建築ばりの複雑構造、あっち行ったりこっち行ったり、上ったり下ったり、ぐるぐるうろうろの繰り返し。

歩いているだけで目が回りそうです、正直なところ気が狂いそうです。


「次はこのハシゴを上るからね」
「おい……どんなびっくり屋敷だ、これ……天井這ってる奴いるし」
「彼らからしたら僕達が天井を歩いているんだろうね」


正直なところ九にくっついていなければトチ狂ってしまいそうな意地悪お兄さんでした。


たまに意味わかんねぇ問題が出て〇か×か選ぶ箇所もあるしよ。
もし間違い選んだらどうなんだよ、おっかねぇ。


「ちゃんと僕の後をついておいでね?」


比較的まともな通路でくるりと振り返った九に念を押されます。


「僕から離れたらいけないよ」
「はいはい、わかってるって……」


見返り美人な狐夫に笑いかけられて意地悪お兄さんは十代反抗期みたいな返事をします。


だけれども。
意地悪お兄さんは立ち止まってしまったのです。


<助けて>


ぎょっとしました。

慌てて辺りをキョロキョロ見回し、自分が本当に狂ったんじゃないかと、ぞっとしました。


<助けて>


いや、狂ったわけじゃねぇ、ガチで聞こえる。
誰かが苦しがって助けを欲しがってる。


「なぁ、おい、九ッ……」


その真っ白な背中から目を離したのは、ほんの束の間のことでしたのに。

意地悪お兄さんの目の前から九の後ろ姿は消え失せていました。


「……うそだろ……」


長い長い廊下のど真ん中で意地悪お兄さんは棒立ちになりました。


障子に写る複数の影。

宴でも催しているのか、どんちゃん騒ぎ、哄笑に奇声の嵐。

恐る恐る開いてみたらば中は無人でがらんどう。


足音はするのに、たった今誰かと擦れ違って微かな風が通り抜けて行ったような気がするのに、振り返っても誰もいない、まるで狐につままれたような。


いいえ、あやかし狐は心配していましたっけ。


約束をうっかりやぶった、立ち止まって九と距離を置いてしまった、意地悪お兄さん。

どんどん青ざめていきます。


やべぇ。
後で九に絶対ぇシバかれる。
まぁ、あいつのことだから、きっとすぐに見つけ出してくれる、


<助けて>


「ッ……おい、お前どこにいんだ!! お前のせいで九とはぐれただろうがッ、もっとはっきり何してほしいか具体的に言いやがれ!!」


傍から見ればご乱心な意地悪お兄さん、からくりお宿の片隅でぎゃんぎゃん喚きました。


すると。


<こっち>


「こっちってどこだ!?」


<障子のうら>


「障子ってどこの障子だッ、ごまんとあんだよッ、もっとまともな情報伝えろ!!」


正体不明の声と会話を始めた意地悪お兄さんは四方の障子を手当たり次第放ちます。

中はやっぱりもぬけの殻のがらんどう。

意地悪お兄さんは手応えのなさにだんだんイライラしてきました。


「そもそもッ、こんな変なところに連れてきた九が悪ぃッ、何が一番のお宿だッ、変態宿じゃねぇかッ、こんな妙ちくりんな場所で迷うくらいなら賭け麻雀したかった!!」


<あはは>


「ッ、あははじゃねぇッ……」


すっぱーーーーん、いくつめかもわからない障子を勢い任せに開け放った意地悪お兄さん。


長廊下を照らす行燈の火が畳に伸びて。
すぐ真正面にいたソレを照らし出しました。


「け……毛玉……」


意地悪お兄さんは疲弊しきった両手でソレを拾い上げます。


「ふみゅ」


鳴く毛玉、ではございません。

それはそれはちっちゃな、毛玉のような、仔猫っぽい、ものです。

両手におさまるほどの小ささ。

ふわっふわ、もっふもふ、です。
おめめは、まぁるく、くりんくりん。


全体的にこがね色の毛玉、ではありません、お耳も尻尾もついている仔猫っぽいものは意地悪お兄さんの手の上で寝返りをうちました。


「くそかわいッ……」


じゃねぇ。
これ、あれだな、あやかしだな。


「こんなかわいいあやかしもいるんだな」
「ふみゅ」
「ふみゅ、じゃねぇ、お前が俺を呼んだんだろ?」
「ふみゅ」


何故か先程まで聞こえていた呼び声はぱたりと止んで。
毛玉もどきは「ふみゅふみゅ」鳴くばかり。


九は戻らず、無数の気配はあるのに自分達以外誰も何もいない長廊下で、意地悪お兄さんは苦笑しました。


「参ったな、どうすっか、お前に連れはいねぇのかよ?」


問いかければ毛玉もどきは意地悪お兄さんの手の上から、ぴょんっ、長廊下に着地すると、とことこ歩き出しました。

藁ならぬ毛糸にも縋る思いで意地悪お兄さんは毛玉もどきの後をぴったり追いかけます……。




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