4 / 34
1-3
天気のいい土曜日の昼刻。
夏期休暇中であるにもかかわらず、市街地中心部に建つ私立大学の緑豊かなキャンパスは多くの大学生や施設を利用する一般客で賑わっていた。
「あんたの写真、撮ってもいいか」
新築された講堂や校舎が真新しい洗練された外観を誇る中、赤レンガ造りの外壁に縦横無尽に蔦が這う、古めかしい二階建ての図書館の片隅で。
文学部日本文学科一年生の式(しき)は棒立ちになっていた。
整然と並ぶ背の高い本棚の狭間、式の目の前には一人の男が立っていた。
すっきりとしたシルエットのジップアップブルゾン、インナーのシャツ、ボトムス、足元、薄い色付きのサングラス、すべて黒で揃えられている。
大学生には見えない。
一般開放されている図書館に学外の利用者は珍しくない。
が、一般レベルを抜きん出て際立つルックスと堂々とした物腰に周囲の視線は自然と引き寄せられていた。
数十分前に館内を訪れた式も黒ずくめの彼の存在には気がついていた。
「さすがに盗撮はマズイと思ってな」
まさか写真撮影の許可を尋ねられるなんて思ってもみなかった。
「急に、そんなこと言われても……困ります」
身長一七〇センチの細身の体にグレーのフードパーカーを羽織り、Vネックのシャツを着た式は至極真っ当な返答に及ぶ。
フロアを満たす控え目な薄明かりを吸い込んだ切れ長な双眸は、伏し目がちに怪訝そうに正面の男を見返していた。
「一枚だけでいい」
筆記用具や飲みかけのペットボトル、返却期限までまだ十分余裕のある映画のDVDが入ったトートバッグの取っ手を式は両手でぎゅっと握り締めた。
見知らぬ人間から声をかけられる。
これまでに何度か経験があった。
男も女も、皆、年上だった。
もの慣れた態度で誘われた。
その度に相手の顔もろくに見ずに式はその場から足早に立ち去っていた。
「怖いのか?」
今、手首を掴まれているわけでもないのに式はその場から立ち去れずにいた。
唇の片端を吊り上げた男にぞんざいに笑いかけられると、えもいわれぬ戦慄に心臓を竦ませた。
「雛未に頼まれたんだ」
妹の名前が男の口から出てくると式の双眸は大きく見開かれた。
「雛未? 妹の知り合いなんですか?」
「ああ。前もってあんたの写真を見せてくれたのも、大学の図書館に入り浸っているはずだと居場所を言い当てたのも雛未だ」
「そう、ですか……」
一体どういう知り合いなのか。
年が離れているのは歴然だ、共通点が皆無そうな妹との接点がまるでわからない。
式の警戒心は緩むどころか一段と膨れ上がった。
「妹と、どういった知り合いなんでしょうか」
仄暗い厭世的な翳りある眼差しをした式の問いに男は返事をしようとし、妙な間を挟んで、告げた。
「俺は雛未の恋人だ」
「は?」
どのサークルにも所属せずに単独行動を好んで周囲と壁をつくりがちな式が、珍しく間の抜けた声を出した。
「……貴方、何歳ですか」
「二十八だ」
「雛未はまだ十六です……それに寮生で、今年の春、俺とこっちに来たばかりで……どこで知り合ったんですか?」
「寮暮らしでも土日祝には自由な時間がある。小学生レベルの門限つきなのが玉に瑕だがな。ああ、一つ忠告しておく。年の差なんて小さなこと気にしていたら器まで小さくなりかねないぞ」
式は呆れて閉口した。
男は不敵な笑みを深める。
「俺は隹だ。どうぞよろしく、お兄さん。お近づきのしるしにコーヒーでもご馳走させてくれないか」
初対面らしからぬ砕けた態度にただただ困惑する式は「俺は貴方の兄じゃない」と小さく呟いた。
あなたにおすすめの小説
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
過労で倒れかけの騎士団長を「カツ丼」で救ったら、なぜか溺愛され始めました。
水凪しおん
BL
王都の下町で、亡き両親が残した小さな食堂をたった一人で切り盛りする青年、ルカ。
孤独な日々の中で料理だけを生きがいにする彼の店に、ある冷たい雨の夜、全身を濡らし極限まで疲弊した若き騎士団長、レオンハルトが倒れ込むようにやってきた。
固形物さえ受け付けないほど疲労困憊の彼を救うため、ルカが工夫を凝らして生み出したのは、異世界の食材を組み合わせた黄金色の絶品料理「カツ丼」だった。
その圧倒的な美味しさと温もりに心身ともに救われたレオンハルトは、ルカの料理と彼自身に深く魅了され、足繁く店に通うようになる。
カツ丼の噂はまたたく間に王都の騎士たちや人々の間に広がり、食堂は大繁盛。
しかし、その人気を妬む大商会の悪意ある圧力がルカを襲う。
愛する人の居場所を守るため、レオンハルトは権力を振るって不正を暴き、ルカもまた自らの足で立つために「ルカ商会」を設立する決意を固める。
美味しいご飯が傷ついた心を癒やし、やがて二人の絆を「永遠の伴侶」へと変えていく。
胃袋から始まり、下町の小さな食堂から王都の食を支える大商会へと成り上がる、心温まる異世界お料理&溺愛ファンタジー!
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
さよなら、永遠の友達
万里
BL
高校時代、バスケットボール部のキャプテン・基樹と、副部長として彼を支える冷静な舜一。対照的な二人は親友であり、マネージャーの結子を含めた三人は分かちがたい絆で結ばれていた。しかし舜一は、基樹への決して報われない恋心を隠し続けていた。
卒業を控え、基樹との「ずっと一緒にバスケをする」という約束を破り、舜一は逃げるように東京の大学へ進学する。基樹を突き放したのは、彼が結子と結ばれる幸せを近くで見届ける自信がなかったからだ。
10年後。孤独に生きる舜一のもとに、基樹から「結子が事故で亡くなった」という絶望の電話が入る。ボロボロになった親友の悲痛な叫びを聞いた瞬間、舜一の中にあった想いが目を覚ます。仕事もキャリアも投げ出し、舜一は深夜の高速をひた走る。
あなたのいちばんすきなひと
名衛 澄
BL
亜食有誠(あじきゆうせい)は幼なじみの与木実晴(よぎみはる)に好意を寄せている。
ある日、有誠が冗談のつもりで実晴に付き合おうかと提案したところ、まさかのOKをもらってしまった。
有誠が混乱している間にお付き合いが始まってしまうが、実晴の態度はいつもと変わらない。
俺のことを好きでもないくせに、なぜ付き合う気になったんだ。
実晴の考えていることがわからず、不安に苛まれる有誠。
そんなとき、実晴の元カノから実晴との復縁に協力してほしいと相談を受ける。
また友人に、幼なじみに戻ったとしても、実晴のとなりにいたい。
自分の気持ちを隠して実晴との"恋人ごっこ"の関係を続ける有誠は――
隠れ執着攻め×不器用一生懸命受けの、学園青春ストーリー。
冷徹勇猛な竜将アルファは純粋無垢な王子オメガに甘えたいのだ! ~だけど殿下は僕に、癒ししか求めてくれないのかな……~
大波小波
BL
フェリックス・エディン・ラヴィゲールは、ネイトステフ王国の第三王子だ。
端正だが、どこか猛禽類の鋭さを思わせる面立ち。
鋭い長剣を振るう、引き締まった体。
第二性がアルファだからというだけではない、自らを鍛え抜いた武人だった。
彼は『竜将』と呼ばれる称号と共に、内戦に苦しむ隣国へと派遣されていた。
軍閥のクーデターにより内戦の起きた、テミスアーリン王国。
そこでは、国王の第二夫人が亡命の準備を急いでいた。
王は戦闘で命を落とし、彼の正妻である王妃は早々と我が子を連れて逃げている。
仮王として指揮をとる第二夫人の長男は、近隣諸国へ支援を求めて欲しいと、彼女に亡命を勧めた。
仮王の弟である、アルネ・エドゥアルド・クラルは、兄の力になれない歯がゆさを感じていた。
瑞々しい、均整の取れた体。
絹のような栗色の髪に、白い肌。
美しい面立ちだが、茶目っ気も覗くつぶらな瞳。
第二性はオメガだが、彼は利発で優しい少年だった。
そんなアルネは兄から聞いた、隣国の支援部隊を指揮する『竜将』の名を呟く。
「フェリックス・エディン・ラヴィゲール殿下……」
不思議と、勇気が湧いてくる。
「長い、お名前。まるで、呪文みたい」
その名が、恋の呪文となる日が近いことを、アルネはまだ知らなかった。