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天気は曇り、台風は来なかった日曜日。
休館になっている図書館の近くで宣言通り待っていた隹に、重たい腰を上げてやってきた式は面食らった。
昨日と比べて人通りが少ないキャンパス。
クスノキなどの常緑樹が頭上高くに枝葉を広げ、芝生の木陰にベンチが点在する中庭の一角。
ツツジとアジサイの植え込みのすぐ隣で彼はしゃがみ込んでいた。
(何しているんだろう。休むならベンチがあるのに)
式は戸惑いつつ、いつもと違わず黒ずくめでいる男の背中を仕方なく目指した。
「すみませーん」
辿り着く前に二人組の女子大生が隹に声をかけ、式はぴたりと足を止める。
今日、彼はサングラスをかけていなかった。
背中を屈めた彼女らは二言三言話しかけ、楽しげに笑い合いながら離れていった。
式が斜め後ろに辿り着くと、気配を察したのか、隹は肩越しに振り返った。
「日曜はやっていないんだな、図書館」
(この人、目が青い)
式は初めて気がついた。
これまでの二回の逢瀬は、ずっとサングラス越しの対面だったので気がつかないのも無理はなかった。
「おかげで彼女と出会えた」
式はまともに目の当たりにする青水晶の双眸に気を取られていた。
隹が、隙間をもたせて重ね合わせた両手の間に何かを捕まえていることに、やや時間を要してから首を傾げた。
「花から花へ、普段は素早いんだがな。今日はシロツメクサをおっとり吸蜜していた」
「あ」
隹がそっと手を開く。
大きな両手による檻の中に捕らえられていたのは、黒い翅に青い模様が特徴的な蝶だった。
「アオスジアゲハ。見た目通りの名前だろ」
「きれいな蝶ですね」
「そうだな。だから、つい、こんな野蛮な真似に走った」
「……さっき、彼女って言いましたか?」
「ああ。腹が膨らんでるから雌だ」
「お腹……」
「この青は太陽の光に照らされるほど深みが増す。南に行けばもっと色鮮やかだ」
美しい翅をばたつかせて慌てふためくでもなく、休息を得たような落ち着きぶりで隹の手の中に甘んじている蝶。
黒と青という共通した組み合わせに式は掴みどころのない胸騒ぎを覚えた。
「さよなら」
ようやく自ら飛び立った蝶を隹は見送った。
立ち上がり、背伸びして「賑やかな中庭だな」と昨日より閑散としている芝生を見回す。
背伸びの際に引き締まった腹がチラリと覗き、式は何気ない風を装って視線を逸らした。
「貴方、何してる人なんですか?」
「何してる人だと思う?」
「……そういうの、煩わしいです」
「当てたらご褒美やる、そうだな、お前が好みそうな薄暗い喫茶店に連れてってやる」
「もういいです、妹の恋人、その肩書で十分なので」
「コーヒーがうまくて、長居できて、静かで、絶対に気に入る」
「俺のこと何も知らないのに。自信たっぷりに言うんですね」
少し離れた場所のシロツメクサにとまって蜜を吸う蝶を遠目にし、式は、大学近辺にある自分のアパートへ帰りたくなった。
単独行動がすっかり染みついたせいか。
誰かと過ごす時間が疎ましいのか。
やはり、妹の恋人だという、免疫のない捕食者の雰囲気を醸し出す年上の男が怖いのか。
式は、優しい年上の男には免疫があった。
「ある一つの過ち」を犯した相手は、それはそれは穏和な性格の人で一時の安らぎを惜しみなく式に与えてくれた。
「回答はもらえなかったが今から行こう」
嫌だと、もう帰ると、言えばよかった。
勝手にとりつけられた約束は果たしたのだから。
でも式は言えなかった。
兄妹揃って青水晶の双眸に惑わされたのかもしれない。
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