優しい檻に閉じ込めて

石月煤子

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「どうしたんですか、急に……」

日曜日は朝から雲行きが怪しかった。
バイトもなく、式は午前中に洗濯や掃除を済ませ、久し振りに自炊して作った和風スパゲティを朝昼ごはんに食べた。
それから補充するのを忘れていた生活用品を買いに近くの商店街に出かけた。

ティッシュはこの店が安い、洗剤は向こうの店の方が安い、節約のためディスカウントショップをハシゴし、本屋の新刊コーナーを見て回ってから帰宅した。

角を曲がり、見覚えのある長身のシルエットが視界に入った瞬間、まさかと思った。
式が住む二階建てアパートの前で彼は佇んでいた。
片手に小さな白い箱を持っている。
厚い雨雲に覆われてどんよりとした空の下、サングラスはかけていない。
彼がそこにいるだけで現実から切り取られた映画のワンシーンみたいに見えた。

「ああ、式」

手にしたレジ袋をガサガサ言わせてやってきた式の方へ、隹は緩やかに顔を向けた。

「どうしたんですか、急に……雛未と何かありました?」

問いかければ首を左右に振って白い箱を差し出してきた。

「誕生日おめでとう」

式は大きく目を見張らせた。
その姿を一目見るなり凪いでいたはずの胸は急に波打って、簡潔な祝福の言葉をかけられると、ぐるぐると渦を巻いた。

「俺と雛未からだ」
「そんな、わざわざ……いいのに……」
「十九歳か。犯罪犯したら特定少年として扱われる。もうほぼほぼ立派な成人だな」
「……物騒なこと言わないでください」

当たり障りのない受け答えをして式は乱れる心を落ち着かせようとした。
目の前の隹からさり気なく視線を逸らし、ケーキの箱を受け取ろうとする。

「十代最後の一年、満喫しろ」

癖のない髪をくしゃりと撫でられ、式の滑らかな頬は否応なしに紅潮した。

「大荷物だな、持てるか?」
「ッ……大丈夫です、まだ十代ですけど小さなこどもじゃないので」

トートバッグを肩に引っ掛け、重たいレジ袋やビニール傘を持っていた式は「片手ですみません」と詫びてケーキの箱を受け取った。

「本当にすみません。どうもありがとうございました」

俯きがちに礼を言う。
赤くなった顔を隹に見られたくなかった。

「雛未にも、ありがとうって、伝えてもらえますか」
「自分で言えよ」

即座に返されて、曖昧に頷いて、そのまま顔も見ずに「失礼します」と別れを告げた。
今度は特に何も返してこなかった隹の横を擦り抜けてアパートの敷地内へ逃げ込んだ。

失礼の連続だと自覚しながらも、どうしても隹の顔を見ることができなかった。
もうこれ以上、彼と同じ時間を過ごすのは限界だと思い知らされた。

隹は雛未の恋人だ。
式はストッパーとして繰り返してきた言葉を胸の内で改めて叫んだ。

自室である102号室の前でトートバッグに仕舞っていた鍵を取り出そうとする。
一端、荷物を下ろせばいいものを、焦燥する余り判断力が鈍ってバッグの底に強引に片手を突っ込んだ。
そのとき。
ケーキの箱をうっかり落としてしまった。

「あ……」

式は箱を拾い上げるよりも先に咄嗟に振り返った。
隹の姿はもうアパート前になく、立ち去った後だった。
通行人もいない。
郵便配達のバイクがエンジン音を響かせて車道を通り過ぎていった。

いつになく薄暗い裏通りに数秒間視線を彷徨わせ、式は、部屋へ帰った。
間取りが1Kのコンパクトなキッチンに一先ず荷物を下ろす。
次に片づけられた調理台の上にケーキの箱をそっと置いた。
シールを途中まで剥がし、恐る恐る蓋を開けてみる。

「……よかった……」

甘酸っぱい香りのするレアチーズケーキが一つ、落としてしまった割に形は崩れておらず、ブルーベリーも一粒ちゃんと上に乗っていた。

無事を確かめた式は胸を撫で下ろす。
たった今まで硬く強張っていた顔がふわりと綻んだ。

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