ツンデレ属性アルファにワンコなベータは飼い慣らされたい

石月煤子

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前編

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「さっぶい!! 寒すぎて死んじゃう!!」

真冬の運動場で行われる体育の授業。
ジャージ上にマフラーをぐるぐる巻きにしたベータ性の幸村凌空(ゆきむらりく)はぎゃんぎゃん喚く。


「誰か俺の盾になって! 風から俺を守って!」
「ゆっきー、重たいってば」
「身長あるんだから、むしろゆっきーが俺らの盾になってよ」


身長173センチ、ちょっと短め茶髪、高校一年生で人懐っこい性格の凌空は同じベータ仲間と運動場の片隅でかたまっていたのだが。


「あっ、俺の風よけ到着!」


同じ「第二の性」とつるむでもなく、休み時間が終了するギリギリのところで運動場にやってきた一人のクラスメートの元へダッシュした。


「あ~、助かる~、俺のナンバーワン風よけ~」


凌空が背中に抱きついている相手はアルファ性だった。

身長180センチ、誰にも媚びず誰ともつるまず、写真部所属でシニカルな性格、手つかず黒髪の樫井(かしい)は多くの同級生から距離をおかれていた。


「ゆっきー、アルファ相手によくやるよな」
「しかも樫井だし」
「無愛想で一日に一回も喋んないことあるし」


友達はアルファの中でもツンツンしている樫井を敬遠しがちだが、凌空は知っている。

他のアルファは数少ないアルファ同士で群れ、ベータやオメガを堂々と足蹴にしては嘲笑することもしばしばだ。

樫井は違う。

アルファ・ベータ・オメガからなる「第二の性」関係なしに皆を平等に疎んじ、煙たがり、下に見ているのだ。


(樫井って誰にも分け隔てないんだよなー!)


そう。
悪い意味で誰にも分け隔てない、平等に他者を軽んじる樫井のことを、おばかな……純粋ワンコな性格をした凌空は密かにリスペクトしていた。



「樫井君っていいよね」


そんなアウトロー的存在な樫井、意外にもコアなファンがいる。

ツワモノ女子のアルファだったり、性癖をこじらせたベータだったり、キラキラなヒーローよりもヴィラン派のオメガだったりと、一部の生徒に熱烈に支持されていた。


(やっぱみんな樫井の魅力に気づき始めてる)


一番目に彼の魅力を発見したと自負している凌空は内心誇らしい気持ちでいたのだが。


「ベータなんだから大人しくベータ同士でつるんだら?」
「あんまり樫井にベタベタしないで、彼のアルファとしての格が下がるから」


ツワモノアルファ女子に堂々と文句をぶつけられた際には、ワンコならば尻尾を丸めそうな様子で、教室の窓際の席で我関せずにいた樫井の背中目掛けて逃げ込んだ。


「それが気に入らないの」
「早く離れなさいよ」


今にも耳を引っ張りそうな剣幕で叱りつけてくる才色兼備なアルファ女子に圧倒的不利なベータ男子、やはり尻尾を丸める勢いで縮み上がる。

自分のすぐ背後で繰り広げられている一悶着にてんで無関心、頬杖を突いて虚空を見据える樫井は沈黙を突き通していた。


そうして春になって。
二年生になって行われたクラス替え。


「……がーーーーん……」


凌空は樫井と違うクラスになった。

玄関前に張り出されたクラス一覧を見、ショックの余り、ちょこっと泣いた。


「めそめそすんな、ゆっきー」
「てか、また身長伸びた? その内樫井のこと追い越すかもよ?」
「お、追い越したくなぃぃ、俺、樫井の背中に収まるサイズでいたぃぃ」


それからというもの、休み時間になれば隣の教室を覗き見して本日の樫井をチェック、アルファ女子に容赦なくドアを閉められるという日々が続いた。


「うう……寒い……」
「ゆっきー、もう五月だぞ、むしろあったかいくらいだろ」


樫井のいない運動場。
風よけを失った凌空は途方に暮れるのだった。



そんな高校二年生ライフもあっという間に時が過ぎて、いつの間にやら二学期終業式、明日から冬休みという日に。



「ゆっきー、ちょっとい?」


二学期最後となる帰りの挨拶を終え、友達と帰ろうとしていた凌空はクラスメートの女子に呼び止められた。

同じ班で行動を共にした修学旅行を経て仲よくなり、放課後や週末に遊びにいくグループの一人だった。


(これって、あれかな)


今まで彼女が二人いた凌空は、平然と手を握って校内を移動する積極的なクラスメートの後頭部を見下ろした。


(ちっちゃいな)


自分より細くて、頼りなくて、守らなければならない存在。

鼻を擽る優しい香りがする、曲線に富んだ、柔らかそうな体。


(どうしようかな)


告白された後の返事を考えていたら渡り廊下に差し掛かった。

向こうからやってくる樫井が視界に入ると、ぼんやりしていた凌空の目は限界いっぱい見開かれた。


(樫井だっっ!!)


思わず彼女の手を振り解いて駆け出しそうになる。
が、寸でのところで堪えた。

クラスが変わって、ただでさえ薄々だった関係はバッサリ断たれて、さすがにブランクが空き過ぎた。

今、彼に飛びつくのには抵抗があった。


「樫井くんだ、相変わらずヴィラン感すご」


もう少しで擦れ違うというところで凌空は俯いた。

接近するのは久し振りで、前にはなかった緊張感に襲われて、ワンコ男子らしからぬ余所余所しい態度をとった。


キャメル色のカーディガンにブレザー、マフラーをぐるぐる巻きしていた凌空と、ブルーグリーンのセーターを着用してブレザーを雑に引っ掴んでいた樫井が、擦れ違うーー……


「え」


声を上げたのは凌空を引っ張っていたベータ性の女子だった。

凌空はというと。
もう片方の手を引っ掴んだ樫井を穴があくほどに見つめていた。


「遅い」


え?
遅いって、何が?


「何様だ、お前」
「はっ、はい? えっえっ? え??」
「もう十二月だぞ」
「そそそ、そだね!? え!? はい!?」
「俺を待たせるなんていい度胸してるな、幸村」


わけがわからない凌空は棒立ちになる。

手加減ゼロで力任せに手を握ってくる、ベータ女子とは比べ物にならない、底無しの独占欲に漲るアルファの掌に眉根を寄せた。


「寒い」


凌空は目をパチクリさせる。

いつも自分が繰り返していた言葉を口にした樫井にポカンとした。


「お前が後ろにいないと寒いんだよ」




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