1 / 1
鏡よ鏡、この世界で彼が一番愛する人は誰?
しおりを挟むその森は。
四方八方伸び連なる枝葉に空を遮られて白昼でも昏い。
余所の森よりも獰猛な獣たちが棲み、迂闊に踏み込めば……後の祭り。
その森は。
魔女の子孫が密かに息づく森。
「鏡よ鏡、この世界で一番美しいのは誰?」
世界で二番目に美しい女は魔女の血を引いていた。
世界で一番目に美しいとされる姫君の命をあの手この手で狙い、失敗に終わり、白亜の城から追放された罪人は。
この森でひっそりとこどもを産んだ。
一人の男に見守られながら。
「何よりもいとおしいこの命、貴男に託すわ、レネゲイド」
「……お妃様」
「私はもう妃じゃない、魔女の血を引くだけの、ただの女」
さようなら、愛しい人。
そう囁いて世界で二番目に美しい女は永遠の眠りについた……。
ではなく。
逃げた。
とんずらこいた。
「あの奔放バカ妃が、好き勝手な真似しやがって」
元お妃様と同じく、姫君の命を狙った罪人として領地から追放された狩人のレネゲイド、おくるみの中で安らかに眠るあかんぼうを抱き、ため息一つ。
そんなこんなで十八年が過ぎた。
二十代だったレネゲイドは中年まっしぐら、四十代となり、魔女の血を引く女のこどもであるラビリアスは立派な青年に成長した……。
ではなく。
「まま、だっこ」
何故か心身ともに2~3歳のまんま。
髪もヒゲもぼーぼーで百八十センチ強の痩せ筋肉質レネゲイドを「まま」と呼び、ちょこちょこついて回り、ふにゃふにゃちっちゃいまんま、なのだ。
「ママじゃない、パパでもないがな」
おかげでレネゲイドはラビリアスからずっっっと目が離せない。
外出の際はおんぶひもで背中に括りつけて固定、得物である美しい曲線描くダガーや斧で獰猛な獣相手に狩りをする際も常にいっしょ、毛皮を売りに町へ下りる際もいっしょ、ごはんもいっしょ、おふろもいっしょ。
「まま、ラビ、おねむ」
獣の鳴き声がどこからともなく聞こえてくる夜。
並みの人間にはとてもじゃあないが耐えられない、森を蝕む深く鋭い闇。
「まま、ごほん、よんで」
しかしここに孤独はない。
レネゲイドには守らなければならない大切なラビリアスがいる。
『さようなら、愛しい人』
とんずらこいた元妃が理解不能で歯痒いったらありゃしない時期もあった。
しかし、しがない狩人の自分と違って、彼女は多くの人間に顔が知れている世にも美しい罪人。
もしも共にいればラビリアスに何らかの危害が及ぶ恐れも……なきにしもあらず。
本当のところはわからないが彼女は泣く泣く我が子との別れを選んだのかもしれない。
「お妃様、あんたは無事でいるのか?」
すやすや眠るラビリアスの絹色の髪を撫でながらレネゲイドは呟くのだった。
「まま、まま」
世界で二番目に美しかった女の美貌を受け継いだラビリアス。
昏い森で荘厳なる月光の如く淡く光る絹色の髪、滾々と湧き出る泉を彷彿とさせる碧く澄んだ双眸、そして、もこもこカバーオール。
「まま、だっこ」
(この子は一生このままなのだろうか)
一生この姿のまま、魔女の加護を授かって、俺よりも生き永らえるのだろうか。
そのときは誰がラビリアスを守る?
「いや、先のことはいい、肝心なのは今だ」
ひげぼーぼーの長身レネゲイドは大木の根元にぺちゃんと座り込んでいたラビリアスを抱っこした。
こどもにしては表情に欠けるラビリアス、無表情のまま、ぼーぼーひげを引っ張って遊んでいる。
「お前と二人、しっかり生きていくんだ、なぁ、ラビリアス?」
裕福ではないが心は満たされる。
一日一日、生き切ることができれば、それで十分。
そんな日々をラビリアスと共に過ごしていけたらいいと、レネゲイドは、そう思っていた。
そんなレネゲイドの元を不意に訪れた一つの運命。
雪のように白い肌を持った、血のように赤い唇を持った、黒檀のように漆黒の髪をした、
「あなたを探していた、狩人さん」
この世界で一番美しかった姫君のこども。
どこか何かが異質な、獰猛な獣たちが恐れ戦くまでの世にも見目麗しき少年。
「……隣国領主のご子息様がこんな辺境の森に単身で来るなんて、危険過ぎる」
「ふふ、母君が話していた通り、あなたって……あなたの、その背中の異物は、なに?」
「異物じゃない、俺のこどもだ」
「こども? ちっとも似てない!」
見目麗しき少年、フューネラルの乗っていた馬に水を与えて休ませ、嵐が来ても寸でのところでいつも持ち堪えてくれる掘っ立て小屋に彼を招いたレネゲイド。
久方ぶりの客人の前でこのぼーぼーひげは無礼に値するかと、てっとり早くナイフで髭剃り、ぼーぼー髪もばさりと切り落とした。
そうして現れたるは弛み皆無のシャープなフェイスラインに精悍な顔立ち。
長年の狩りで研ぎ澄まされた五感に見合う、鋭敏な身のこなしと無駄のない戦闘能力に長けた肉体を持つレネゲイドは紛うことなき男前中年であった。
「まま、ラビ、あいつ、きらい」
「しっ。お前は眠っていろ、ラビリアス」
こざっぱりした姿で戻ってきたレネゲイドにフューネラルは赤い唇をそっと綻ばせた。
「母君はね、あなたが追放されることに本当は反対していた」
母君にとって刺客であったのと同時に命の恩人でもあるから。
でも、結局、おじい様があなたを追い出してしまって。
母君はとても悲しんだ。
「ねぇ、あなたは誰を愛していたの、狩人さん」
「……いきなり何の話だ」
「毒林檎を食べて仮死状態にあった母君に興奮した狂人王子じゃなくて、母君を逃がしてくれたあなたこそ、ぼくの本当の父君なんじゃ――」
「ありえない」
目の前で震えていたか弱い命を手折ることができなかった、ただそれだけだ。
実際は強かな少女の目くらましにまんまと絆されたのかもしれないが。
「うー」
背中のラビリアスがフューネラルを威嚇している、レネゲイドは小声で「こら」と注意し、おんぶひもをほどくと手作りのミニロッキングチェアにちょこんと乗せた。
「きーらーい」
「こら」
「ねぇ、その異物を産んだ母親は? あなたと同時期に追放されたっていう性悪女だったり?」
「……」
「世界で一番美しかった母君と、世界で二番目に美しかった女に愛されるなんて、あなたって、ほんとう……」
十代前半の外見をした十八歳のフューネラルは微笑んだ、その微笑はまるで鮮血色したバラが見事に開花したかのような妖しい魅力に満ち満ちていた。
「ねぇ、どんな風に獣を仕留めるの?」
人よりも鋭い獣はきっと彼の奥底に巣食う闇を恐れたのだろう。
毒林檎を口にして一度死に抱かれた母親が禁断の領域から我知らず持ち帰った闇を。
「城へ帰るんだ、フューネラル」
「帰ってもいいけれど。もしもその異物が性悪女の胎で育まれたものなら、罪深い魔女の血を受け継ぐ異形なわけだよね」
何かと目障りになりそう。
そうだね、今のうちに摘んでおくべきだよね、そのほうがみーんなにとって幸せだよね、きっと。
「でも、そうだね、狩人さんが僕のお願いを何でも聞いてくれるなら、城のみんなには黙っておいてあげる」
究極なる闇を腹底に宿すフューネラルは冷たく美しく笑う。
外見的には華奢な自分よりも数十倍強そうなレネゲイドに、そっと、寄り添う。
「僕のものになって、狩人さん」
「殺してほしい人間でもいるのか」
「別に? 生きようが死のうが、どうだっていい、そんな人間ばかりだから、別に殺したい相手なんていないけど」
「やー!」
「こら、ラビリアス」
「ねぇ、今、僕とおしゃべりしてる最中でしょう、狩人さん?」
ロッキングチェアへ意識が逸れたレネゲイドに腹底の闇を震わせたフューネラル。
硬質の肌に爪を立て、思い切り背伸びをすると、頑丈そうな首にか細い両腕を絡ませて。
乾いた唇に色鮮やかな唇をそっと重ねようと――
ばきばきばきばき!!!!!
突如として響いた、それは無残な音色。
レネゲイドが大昔に作ったミニロッキングチェアがぶっ潰れた、思い出の詰まった品がぶっ壊れた、音。
驚いて棒立ちとなるレネゲイド。
久方ぶりに覚える不愉快なる心地に眉根を寄せるフューネラル。
「やめなさい、クソガキ」
ロッキングチェアを台無しにした張本人が毅然とした物言いで告げる。
びりびりに破れたカバーオール。
ロッキングチェアの成れの果てである木片を下にして、すっぽんぽんの、それはそれは月光に映えそうな秀逸なる美貌に彩られた青年が。
「俺の愛しい人から離れなさい」
彼の名はラビリアス。
十八歳という年齢通りの、美しく立派に成長した、魔女の血を継ぐ子孫。
フューネラルと同年の、この世界で一番美しかった姫君の胎違いの弟にあたる、魔女以外にも由緒正しい高貴なる血を引く青年。
「愛しいオジサンを奪われるくらいなら、この命、裁かれて地獄に落とされても構わない」
しかめっ面のフューネラルが去った後の掘っ立て小屋。
相変わらずすっぽんぽんのラビリアスにレネゲイドは声を荒げる。
「どういうことだ!! お前、わざとあの姿でいやがったのか、ご立派なモンぶらさげた今の姿が本当のお前なのか、ラビリアス!!」
自分より上背のあるしなやかスマートなラビリアスを睨め上げるレネゲイド。
ずっっっと騙されていたのかと思うと腹が立って仕方なかった。
「だって、俺が成長したら、オジサンが離れてしまうと思ったから」
絹色の髪をくしゃりと握りしめ、視線を斜め下に落とし、ラビリアスは喉奥から振り絞るように声を紡ぐ。
「きっと俺を捨ててしまうって、怖くて、それなら小さいままでいて、ずっとオジサンといようって、思って」
「……ラビリアス」
「でも、あのクソガキのおかげで目が覚めました」
今日からは俺がオジサンを守ります。
この体に流れる魔女の血でもって敵を撃退します。
「おい、とりあえず服着ろ、目のやり場に困る」
腹が立って怒っていたレネゲイドだが、この状態では取っ組み合いもできないと、自分のお古をラビリアスに着せようとしたのだが。
「……おい、ラビリアス?」
長椅子に押し倒された。
しなやかな裸身が真上に迫り、レネゲイドは最大級の戸惑いに心身を硬直させる。
「オジサンは……本当に……誰が好きなんですか?」
眠る前、いつも気にかけていた俺の母さん?
それとも世界で一番美しかったお姫様?
「俺はあなたが一番好き、大好きです、オジサン」
闇に包み込まれた森。
獣たちが寝静まっていつになく穏やかな夜。
「あ……う……あ」
床に寝かされたレネゲイドが纏う服は派手に肌蹴て、その股間には……ゆっくり上下に動くラビリアスの頭が。
恥ずかしげもなく小刻みに立てられる湿った音色。
温かな口内につい厚みある腰を何度も反らしてしまい、レネゲイドは死にたくなる。
仕舞いにはラビリアスの立派な成長を遂げ過ぎな剛直が後孔を押し拡げて腹の奥にまでやってきて。
生意気にも腰を突き動かして奥の奥を満遍なく擦り上げてくるものだから、出したくもない声が止まらなくなった。
「うぁ……あ……ッ……く、ぅ」
「はぁ……オジサン……好き……大好き」
しっとり乱れる絹色の髪に、切なげに濡れた碧い双眸。
初めての行いに周章しながらもレネゲイドの体は火照り、ペニスは屹立し、止まることない執拗な疼きにうねるように肉奥を収縮させ、滾る剛直を過剰に締めつけて……。
(いきなりこんなでかくなりやがって、ラビリアスめ)
驚きと安堵感、動揺、込み上げてくる確かな悦び。
美しい青年の姿となったラビリアスに魅せられてしまう。
体どころか心臓まで火照らせてしまっていた。
「ヒゲ、好きだったけど……ない方がしやすいから、剃ってもらえてよかったです」
「ッ……!」
甘い口づけ。
口内まで優しく愛されながら後孔のずっと奥にしつこく打ちつけられる剛直。
次第に極まりゆく二人の体。
いつしか激しい律動を共に刻み合い、深くなっていった交わり。
「あ……オジサン……」
「ラビリアス、お前……勝手に一人で地獄に落ちるんじゃないぞ……ッ」
「! ……うん、うん」
「俺を置いていくな……」
「うん……ずっと一緒です……ずっと」
「鏡よ鏡」
魔女の血を引く女が囁きかけるは色褪せてしまった手鏡。
「狩人のレネゲイドがこの世界で一番愛する人は誰?」
「それは貴方様のご子息様です」
微笑んだ魔女の頬にぽろりと涙の一雫。
「やーね、息子に横取りされるなんて」
end
40
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
運命じゃない人
万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。
理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。
乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました
西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて…
ほのほのです。
※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる