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信濃国巫女
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諏訪大社の裏山にある開けた平地に、幕で囲まれた祭場がある。
あたりはすっかり暗いが、入り口に篝火が灯されていた。巫女の装束を着た長身の少女が、待女をふたり従えて祭場に近づく。
「凛香様。これより神夜伽の儀を行います」
年老いた待女が声をかけ、もう一人の待女とともに幕を捲りあげる。頭を下げ、祭場の中にひとり、凛香と呼ばれた少女が入った。
中央までゆっくり歩くと、紐を解き、緋袴を落とす。すらりと伸びた素足が晒された。
凛香は襟に手をかけ、白衣を肩からすべらせる。はらり、と衣装が足元に落ちた。
淡い月の光が少女の陶器のように白い裸身を妖しく照らす。凛香が身につけているのは、首に掛けられた勾玉のみだ。
祭壇には、神剣と神鏡が祀られている。手を合わせ、祝詞を唱える凛香。二度、三度と同じ祝詞を唱える。次第に凛香の息が荒くなり、四度目の祝詞は言葉にならなかった。
「……んっ、あっ!」
凛香が肢体をくねらせ、色濃い息を漏らした。祝詞を発しようと震える声帯からは艶めかしい嬌声しか出てこない。
やがてその声は動物的な唸りとなり、絶頂を迎えて叫びとなって杜に木霊した。
幕の外に控えている年老いた侍女の瞳は篝火に灯されている。若い侍女は眼を見開き、口を押さえて震えていた。
半刻ほど続いた叫びが途絶え、しん、と夜の静寂が訪れる。
処女が神と交わる「神夜伽」が終わった。
信濃国の新しい巫女がここに生まれた。
◆
「信濃国巫女、諏訪凛香である」
諏訪大社の本殿に立つ凛香。
信濃国の政治・軍事の実務を司る信濃国守牧野信義以下、信濃国の主要な役人が首を垂れている。
「神の国である日本が、異教の徒である仏教勢力に西半分を侵されてしまった」
十七歳の少女の瞳には強い意志が宿っている。
「私は、西日本に蔓延る仏教徒をこの日本から追い落とすまで、この身命を賭して闘い抜くつもりだ!」
「応!」
男達が一斉に鬨の声をあげた。
信義が感極まって身体を震わせている。
「信濃国巫女、私達一同、命を捧げ、お仕えいたします!」
◆ ◆
「伊勢神宮が陥ちただと?」
信濃国巫女になったばかりの諏訪凛香に報せが届いた。伊勢神宮から遣わされた使者の巫女が諏訪大社に駆け込んできたのだ。
「日本巫女様は、仏教徒に囚われました……」
髪を乱し、服が汚れている使者の巫女は、無念の涙を流している。京都にある帝の上に立ち、日本の象徴たる日本巫女。伊勢神宮で日本の民の安寧を願っている日本巫女が仏教徒によって囚われたという。
凛香が信濃国巫女になるほんの二ヶ月前、京の都は仏教徒の手に落ちた。敗れた神道軍は、一旦撤退し体勢を整えている隙に伊勢神宮が急襲されたのだ。
「日本巫女様をお救いください……では、次の国に参りますので、失礼いたします!」
一礼して立ち上がろうとする使者を凛香は制した。
「次の国への使者は、私が出そう。そなたは暫し休まれよ」
「ですが、これは伊勢神宮の巫女たる私の務めにございます!」
「次はどの国に行くつもりぞ?」
凛香が伊勢神宮の使者に問う。
「甲斐と武蔵、その他坂東の国々に向かいます」
「そなたひとりでは時がかかり過ぎるであろう。一刻も早く軍勢を集めねばならないのだろう? 案ずるな。われが坂東諸国に一斉に使者を送る!」
「あ……ありがたく存知ます!」
伊勢神宮の使者は泣き崩れた。
◆
「これより日本巫女をお救いするために発つぞ!」
凛香が本殿で立ち上がった。
「はっ。して、いつ頃兵を出しましょうや?」
信義が凛香の前でかしずく。
「今、だ」
「何と?」
「今だと申した! 馬曳けいっ!」
凛香の声が神域に響き渡る。配下の巫女があわてて駒場に走った。
「お待ちください、信濃国巫女。兵を揃えますに七日はかかります!」
「兵はおのおの現地へ向かえばよい。我は一足先に行くぞ!」
本殿の前に白い神馬が曳かれてきた。ただならぬ気配に側近の巫女兵たちが集まってきた。
「神剣を持て!」
本殿の奥から巫女が神剣を恭しく取り出した。
「いくぞ!」
凛香が神馬にまたがる。信義は慌てて凛香の元に駆け寄った。
「信濃国巫女、兵はいかほどお連れになりますか?」
「全軍じゃ!」
凛香はそう言うと、馬を蹴って駆けだした。
「我に付いて参れ!」
「ああっ……信濃国巫女っ! お待ちくだされっ!」
呆然とする信義を残して、凛香が諏訪大社を出て行った。騎馬巫女と巫女兵たちも慌てて続いた。
あたりはすっかり暗いが、入り口に篝火が灯されていた。巫女の装束を着た長身の少女が、待女をふたり従えて祭場に近づく。
「凛香様。これより神夜伽の儀を行います」
年老いた待女が声をかけ、もう一人の待女とともに幕を捲りあげる。頭を下げ、祭場の中にひとり、凛香と呼ばれた少女が入った。
中央までゆっくり歩くと、紐を解き、緋袴を落とす。すらりと伸びた素足が晒された。
凛香は襟に手をかけ、白衣を肩からすべらせる。はらり、と衣装が足元に落ちた。
淡い月の光が少女の陶器のように白い裸身を妖しく照らす。凛香が身につけているのは、首に掛けられた勾玉のみだ。
祭壇には、神剣と神鏡が祀られている。手を合わせ、祝詞を唱える凛香。二度、三度と同じ祝詞を唱える。次第に凛香の息が荒くなり、四度目の祝詞は言葉にならなかった。
「……んっ、あっ!」
凛香が肢体をくねらせ、色濃い息を漏らした。祝詞を発しようと震える声帯からは艶めかしい嬌声しか出てこない。
やがてその声は動物的な唸りとなり、絶頂を迎えて叫びとなって杜に木霊した。
幕の外に控えている年老いた侍女の瞳は篝火に灯されている。若い侍女は眼を見開き、口を押さえて震えていた。
半刻ほど続いた叫びが途絶え、しん、と夜の静寂が訪れる。
処女が神と交わる「神夜伽」が終わった。
信濃国の新しい巫女がここに生まれた。
◆
「信濃国巫女、諏訪凛香である」
諏訪大社の本殿に立つ凛香。
信濃国の政治・軍事の実務を司る信濃国守牧野信義以下、信濃国の主要な役人が首を垂れている。
「神の国である日本が、異教の徒である仏教勢力に西半分を侵されてしまった」
十七歳の少女の瞳には強い意志が宿っている。
「私は、西日本に蔓延る仏教徒をこの日本から追い落とすまで、この身命を賭して闘い抜くつもりだ!」
「応!」
男達が一斉に鬨の声をあげた。
信義が感極まって身体を震わせている。
「信濃国巫女、私達一同、命を捧げ、お仕えいたします!」
◆ ◆
「伊勢神宮が陥ちただと?」
信濃国巫女になったばかりの諏訪凛香に報せが届いた。伊勢神宮から遣わされた使者の巫女が諏訪大社に駆け込んできたのだ。
「日本巫女様は、仏教徒に囚われました……」
髪を乱し、服が汚れている使者の巫女は、無念の涙を流している。京都にある帝の上に立ち、日本の象徴たる日本巫女。伊勢神宮で日本の民の安寧を願っている日本巫女が仏教徒によって囚われたという。
凛香が信濃国巫女になるほんの二ヶ月前、京の都は仏教徒の手に落ちた。敗れた神道軍は、一旦撤退し体勢を整えている隙に伊勢神宮が急襲されたのだ。
「日本巫女様をお救いください……では、次の国に参りますので、失礼いたします!」
一礼して立ち上がろうとする使者を凛香は制した。
「次の国への使者は、私が出そう。そなたは暫し休まれよ」
「ですが、これは伊勢神宮の巫女たる私の務めにございます!」
「次はどの国に行くつもりぞ?」
凛香が伊勢神宮の使者に問う。
「甲斐と武蔵、その他坂東の国々に向かいます」
「そなたひとりでは時がかかり過ぎるであろう。一刻も早く軍勢を集めねばならないのだろう? 案ずるな。われが坂東諸国に一斉に使者を送る!」
「あ……ありがたく存知ます!」
伊勢神宮の使者は泣き崩れた。
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「はっ。して、いつ頃兵を出しましょうや?」
信義が凛香の前でかしずく。
「今、だ」
「何と?」
「今だと申した! 馬曳けいっ!」
凛香の声が神域に響き渡る。配下の巫女があわてて駒場に走った。
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「神剣を持て!」
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「いくぞ!」
凛香が神馬にまたがる。信義は慌てて凛香の元に駆け寄った。
「信濃国巫女、兵はいかほどお連れになりますか?」
「全軍じゃ!」
凛香はそう言うと、馬を蹴って駆けだした。
「我に付いて参れ!」
「ああっ……信濃国巫女っ! お待ちくだされっ!」
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