紫灰の日時計

二月ほづみ

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兄との思い出-2

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 長年にわたり紫を持つ子が生まれず、歴史上初めて青い目の皇太子を頂いていたアヴァロン家に、待望の紫を持つアーシュラ姫が生まれたのは、ほんの二年ほど前のことだった。そして、彼女が生まれると同時に、皇帝はすべての帝位継承順位を破棄して、生まれたばかりの孫娘を皇太孫に定めた。
 これは当時、貴族たちに大変な衝撃を与える事件だった。何しろ、アーシュラが生まれる以前には、皇帝以外ひとりも菫色を持つ者がおらず、帝室は今後も紫を持つ者が生まれない事態を想定して、新たな継承順位を定めていたのだ。
 長く難儀な論争を経て、目の色に係わらず、年齢と血統での順位がようやく定まり、貴族界の隅々にその新しいルールが浸透したところだった。
 そんな時流の中で、それまでの努力を裏切るように紫の姫が生まれ――しかし、多くの者は、一度決めた新しいルールが翻ることは無いだろうと考えた。なにしろ、アーシュラが生まれたからといって、今後も紫の目を持つ皇族が生まれにくいことには変わりがないのだ。この先のスムーズな帝位継承のためには、目の色に頼らないルールが必要であることは明らかだ。
 しかし皇帝アドルフは、その絶対的な決定権をもって、菫色の正統性は、その他全てのルールに優先すると宣言した。そして、ようやく定まった順位は突如として無効とされたのだ。
 かつて、アドルフは親族内の敵を数多く葬って帝位に就いた。伝統的に「黒衣の者」と知られてきた皇帝の剣が、しかしアドルフのものだけ白衣を纏い、彼の傍に立つのも、彼に牙を剥ける者を滅ぼし尽くした証といわれている。故にアドルフの力は、歴代の皇帝の中でも非常に強く、現在では、その意向に異を唱えることの出来る者はいない。
 しかしながら、心からその決定に従うことのできたものは少なく、貴族たちの間には、密かに不満も募っていた。
 だから今、カスタニエのような正統性のある分家に菫色が現れることは、この上なく不穏な兆しだった。
 カスタニエ公フリートヘルムはアドルフの息子であり、エリンもまた皇帝の孫のひとりである。
 老境に至りつつあるアドルフ一世は、自身が若い頃に経験した苛烈な親族内での継承権争いを、最も愚かで忌むべき争いと断じていた。その思いの強さは、彼のこれまでの為政を省みて明らかだった。
 父の厳しさと頑なさを、フリートヘルムは身にしみて知っていた。自分自身が、かつて追い出されるようにして分家させられた、苦い経緯もある。
 エリンの存在を、皇帝が許すとは到底思えなかった。
 故に、カスタニエ公爵は、紫を持つ子が生まれたことを世間から隠した。離れの尖塔で、半ば幽閉するような形で匿い、限られた使用人のみに世話をさせた。
 そうして、三年近い月日が流れていた。
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