紫灰の日時計

二月ほづみ

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二十一

純真-2

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「まだかなぁ……」
 ゲオルグは長椅子に座り、うんざり時計を見上げた。日が暮れてから、もう結構時間が経ったような気がする。彼自身の午後の予定が終わってから、随分と長くこの部屋で待たされているので、さすがに待ちくたびれてきた様子だった。
「晩餐会って……何時からだっけ?」
「……十九時半だと思いますが」
「ええっ……」
 もう既に、始まっているべき時間であった。普段なら、定刻前にクヴェンが呼びに来るはずだけれど――
「言われてみれば、迎えが来ませんね」
 エリンも不思議そうに言って、とっぷりと暮れた窓の外に目をやった。

「わたくしの予定では、お誕生日にはもうちょっとふっくらしている筈だったのよ……」
 彼女自身が嘆くとおり、再来週にはもう二十歳になるというのに、アーシュラの身体にはさっぱり肉がつかず、胸元にしても腰回りにしても、子供時代のままに近いと言っていい。
 けれど、細く頼りない曲線を描く手足が纏った皮膚は抜けるように白く、念入りに手入れをされた長い髪は毛先までしっとりと輝いている。彼女を女帝たらしめる紫水晶が埋め込まれた端正な面立ちは、少女然とした危うさと、達観したような静けさの両方を持ちあわせていて――見るものに、どことなく俗世から遠いような、尊い印象を与えるものだった。
「……本当に、お綺麗ですよ、アーシュラ様。まるで……妖精の国の女王様みたいです」
「妖精には会ったことが無いけれど、リゼットがそう言うなら……」
「はい。カルサス様も、きっとすごく感激されるに決まっています」
「そ、そう……?」
「そうですよ! だいたい、このドレス、選んだのはカルサス様でしょう?」
「うん……」
「殿下」
「だったら、良いんだけれど……」
 せっかく、一度きりの結婚式だものね、と、言って、少女がはにかむ。暗いバルコニーに白い影が舞い降りたのは、ちょうど、その瞬間のことであった。
 無論、その影はツヴァイである。今日彼が自分の傍に居ることは分かっていたから、アーシュラは特に驚かない。けれど、ツヴァイが彼らしくない乱暴な所作で窓を開け無言で部屋に踏み込むのを見て、顔色がさっと変わった。
「……どうしたの?」
 アーシュラは剣の異変にすぐに気付いた。
「……侵入者の知らせが」
 見たことがないような険しい顔をしてそれだけ言うと、ツヴァイは答えを待たず、花嫁衣装を身につけたままの彼女の手を掴んだ。

「アーシュラ!」
 ノック無しに扉が開いたと思ったら突然花嫁衣装のフィアンセが現れたので、ぐったりしていたゲオルグは飛び起きて、彼女に駆け寄った。
「ゲオルグ!」
「どうしたの? それ……えと……」
 驚けば良いのか、褒めれば良いのか混乱する。エリンは師の尋常ならざる気配に、非常事態を察知したようだった。
「城内に侵入者が。お二人を連れて上へ」
「先生は――」
 弟子の言葉に、皇女をエリンに渡しさっさと部屋を出ようとしていたツヴァイがギクリと足を止める。
「…………」
 ツヴァイは黙り込んだ。迷っていたのかもしれない。
 開いたドアの向こうから近衛兵の靴音が響く。エリンはもちろん、状況の飲み込めないゲオルグにも、周囲がにわかに物々しい雰囲気に包まれつつあるのが伝わる。
「エリン、私は……」
 振り向いた白の剣は、まるで、迷子の子供のような顔をしていた。
「……私の主の元へ参ります」
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