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贈り物

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 次の日は昼過ぎまで布団から出れずにいた。
 そろそろ午後のお茶の時間といったところでやっと寝台から出て、ジャックの部屋で用意された食事をとる。
 こんな時間に食事することを、従僕達はどう思っているのだろう。大体昨日の夜のシーツはどうなっているんだろう。もしかして彼らが洗ってくれたんだろうか。
 ルディは気が気じゃなかったが、従僕達は一切気にする素振りはない。
 もしかしたらルディが寝ている間にジャックがなにか言ったのかもしれない。
 それならそれで、追求されない方が助かる。ルディは気まずさを誤魔化すように従僕が入れてくれた紅茶をガブガブ飲んだ。
 
「ジャック様、宝石商がパトリック王子からの届けものをお渡ししたいと……」

 従僕が遠慮がちに声を掛けてきた。ジャックを不機嫌に鼻を鳴らす。

「──またか。受け取るだけ受け取って帰ってもらえ」

 従僕は一旦下がり、すぐに小さな小包みを持ってきてジャックに渡した。
 ジャックはまるでゲジゲジをみるような目で小包を開けている。中には真珠の首飾りが入っていた。

(あれ……これどこかで、見たことあるような……)

 胸元の部分にくる真珠が、一際白く輝いているのをぼんやりと眺める。記憶の糸を辿ろうとしたが、昨夜の情事の感覚が身体に残っているせいか思考がふわふわと綿あめのように溶けていってしまいうまく思い出せない。

「あの王子はまた性懲りもなく……いらないよな?」

 胡乱な目つきで首飾りを見ながら、一応と言った感じでルディに聞いた。
 勿論ルディは頷くことしか出来ない。
 ジャックは満足そうに笑って、首飾りをポイと机の上に投げ捨てる。
 すると、机に触れた途端、中心にあった真珠がパリンと高い音を立てて粉々に砕け散ってしまった。

「ちゃっ!?」
「なんだ? 贋作か? いや、これは……」

 ジャックが覗き込もうとした途端、砕けた欠片がひとつひとつ眩しいほどに白く輝く。目を開けていられないほどの光に、ジャックが庇うようにルディを抱きしめた。痛いほど光が室内に乱反射し、やがてそれは窓を突き破りまるで塞き止められていた滝が一気に流れでたかのような勢いで外へと消えていった。

「いまの……癒やしの力だっちゃ?」

 やっと目が開けられるようになり、ルディは呆然と窓の外をみた。あの光には確かに見覚えのある力を感じた。
 だが、癒しの力だとしたら、かなり膨大な量だ。
 ジャックを見上げると、厳しい顔で外を睨んでいる。

「どうしたっちゃ? ジャッ……」
「──いまのはどういうことだ?」

 
 突如ここにいるはずのない人物の声が室内に響く。
 驚いて振り向くと、パトリック王子が深刻な顔で部屋の入り口に佇んでいた。
 王子はバラバラになって散らばった真珠だったのものの欠片を青ざめた顔で凝視している。

「君がやったのか──?」
「……なるほど。そういうことか。これはやられたな」


 ジャックが力無く笑う。どうしたというのだろう。

「答えろ! ジャック」
「お前からのプレゼントを捨てただけだ。そう言ったら信じてくれるのか?」
「ふざけるなっ。そんなもの送るわけないだろう」
「え?」

 ルディは思わず声を上げた。パトリック王子はさらに驚くべき言葉を告げる。

「ホーリー・ストーンを盗むどころか割って邪神クロノスを復活させるなんてっ」
「……っ!」

 ホーリー・ストーン。
 それは、選別会の日に力の選別に使われたあの白く輝く石のことではないか。
 そう言われてみると、先ほどは思い出せなかったが、真珠だと思っていたものはあのとき見た石にそっくりだった。

「あの石って、邪神を封印してたっちゃ?」
「そうだ。君も選別会の時に見ただろう。これは聖教会の一部の人間と王族だけの機密だが、ホーリー・ストーンは歴代の癒しの力を持つものによって、邪神の邪悪な力を封印してきた。いや、していた……」
「じゃあ、割れたって事は……」
「封印は解けた。邪神が復活するのは時間の問題だ」

 パトリック王子がそう言った途端、窓の外で稲光が光った。まさに青天の霹靂といった具合だ。地面が割れるような轟音があたりに響く。まさしくそれは聖教会の方角だった。

「どうやってか知らないが、君ならいくらでも機密を知る方法があっただろう……。ジャック・エリティス。ホーリー・ストーンの窃盗。そして邪神を解き放った罪で拘束する」

 何処からともなく何人もの衛兵が部屋に押し入ってきた。

「随分と準備がいいんだな」

 皮肉に笑うジャックの言葉に、王子が眉を上げる。

「君がきちんと回復するまで、エリティス家の警護の人間を増やした方がいいと助言されて、今日は衛兵を貸し出すつもりでここにやって来たんだ。それがまさか君を捕まえる事になるとは……残念だよ」
「──誰に助言された」

 低い声でそう言うジャックに王子は首を振る。

「それは言えない。……連れて行け」

 衛兵がジャックに近づく。

「やだっ! やめるっちゃ!!」

 悲鳴のような声をあげルディはジャックに縋り付いたが、今度はジャックが首を振った。

「ルディ。すまん。ゲームでホーリー・ストーンが教会にあるってことは知っていたが実物のスチルはなかったから気付かなかった。完全にハメられた」

 羽交締めにするような形で衛兵がジャックをルディから引き離す。なおも追い縋ろうとしたが、ジャックが首を振った。

「この人数相手ではさすがに俺が不利だ。……  ルディ。ゲームのラスト、リカと結ばれる奴はどうなるか覚えているか?」

 ハッと顔を上げたルディに、ジャックが頷く。

「俺たちなら、出来る筈だ」

 なおも言葉を続けようとしたジャックに、パトリック王子がイラついたように衛兵に指示する。ジャックはそのまま連行されてしまった。
 一緒に出て行こうするパトリックを必死で呼び止めた。

「ジャックを何処に連れて行くっちゃ」
「……裁判所だ」

 パトリック王子は少しだけ気まずそうにそう言うと、早足でその場を去った。
 ルディはそのまましばらく立ち竦んだ。血の気が引くのが分かり、気が遠くなりそうになる。
 国宝の窃盗、そして邪神クロノスの解放。もし有罪となってしまえば、死刑と言い渡される可能性は大いにある。

 それでは、ジャックが言っていた通りの最悪のシナリオになってしまう。

(絶対にそれだけは駄目だっちゃ……っ!)

 







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