性なる蛇

村上夏奈

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4話

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中学3年の春。

俺はクラス替え表を見て一瞬ハッとした。





ここは狭いクソ田舎だから全員顔なじみで、別の学校に入学するなんてことはない。



ここら一帯に住んでる人間は昔からずっとそう。



同級生らは保育園、小学校、中学校までずっと一緒で、そのまま高校まで同じ奴もいれば、結婚して一生この辺で骨を埋める人間だっている。



つまり保育園の頃、俺を犯したあの女とそのツレももちろんずっと同じ学校だった訳だが、奇跡的に8年間同じクラスになることはなかった。



2クラスしかなかったのにな。





でも最初の最後で三人とも同じクラスになってしまった。



そして更に最悪なことに席の関係で班分けまで一緒にされてしまった。

学校の日常強制イベントなんてものは本当に子供の空気を読まない。







顔馴染みの教師が班で決めることなど一頻り喋って、机を寄せ合う。







二人ともどういう態度で来るのか見ものだった。特に女。



黙って無表情を決め込んでいると対面の例の女が机から乗り出して目を合わせてきた。

罪悪感とか、あえて誘ってきたりとか、後ろめたい顔ぐらいはするんだろうか?



それくらいの期待はしていたが、女はあまりにも屈託なく普通のクラスメイトとして話しかけてきた。





そのタイミングで『元カレ』も乗ってくる。



昔の幼かった小さな身体はお互い見る影もない。

だから俺も笑いながら話に乗った。





班長はもう一人の全然関係ない女がなった。









結局、二人とも何も覚えていなかったのだ。



なかったことにされているのではない。バカだから単純に忘れているんだ。

そうでなければこんなに嫌らしい笑顔を俺に向けられるわけがない。



覚えているのは俺だけか?バカみてぇだな。







だから俺はこの女と付き合った。





女は青木と言う苗字だったが、下の名前はもう忘れた。







この頃の俺はもう人心掌握に長けていたから、同級生の女を落とすなんて訳なかった。

長年、親父の顔色を伺い、最近じゃ女のゴキゲン取りまで加わったからだ。





美穂子にはあれから何度も世話になったり世話したりしていた。





もうこの頃には家に帰ることも少なく、美穂子づてに女を紹介されて、

女の家を転々としながら春を売って生計を整えていた。



実家に帰ると親父に金を没収されてしまうので余計帰らない。





『親父から虐待を受けている少し影のある少年』というのは、女達にウケがよかった。



昔馴染みの痣や火傷の跡なんかを優しく撫でられ、なめられたり抱きしめられたりする。















女はみんな可哀想な男が好きなんだ。















俺は、貧乏人が相手に好かれるにはどうすればいいのか、どうすればおこぼれに預かれるか、いつもそればかり考えていたから洞察力だけは恐ろしくついた。





顔を見て少し話しただけで、そいつが何を自信とし、何を気にして生きているのか大体わかる。







大抵は相手が言ってもらいたいことを優しく丁寧に褒めてやりゃ喜ぶんだ。

女なら特に。



時には突き放したり、隠したがってる闇の部分をわざと引っ掻いて後で肯定したり。







そうすりゃ



「私の弱い部分を分かってくれてるのはアナタだけ」



なんて言ってくる。





親父以外は全員チョロいもんだ。















俺が青木と付き合おうと決めてからは早かった。





青木は真面目な女だった。

いや、普段は雑な奴だったが内申のために教師の前ではいい子ちゃん面する奴だった。





休憩時間になる度に制服を変に着崩すくせに、委員会の書記みたいなものにはなっていた気がする。





相反したものに憧れていたのか、プライドの高さから周りにナメられたくないがために

グレた一面も見せたかったのか、普段調子に乗るくせに教師が来るとすぐ大人しくなった。



教師達がどこまで青木の本性を知っていたのかはわからない。









「真面目だな」「青木ってえらいな」「ずーっと真面目なの疲れない?俺は普段の青木も好きだけど」

そんなようなことを何回も唱えながら口を閉じて少し挑発的に微笑んだりして、そしてテキトーに告白するとアッサリ落ちた。笑えるくらいに。









もしかしたらそんな面倒な言葉を投げかけなくても、成功する話だったのか?





俺は学校では『愛嬌のある真面目よりの不良』というイメージで通してたから実は青木的にも丁度いい塩梅の男だったのかもしれない。







青木の『昔の元カレ』は、岡という名前だったと思う。





岡は確かこの時代には珍しく親が離婚していて途中で苗字が変わっていた。





小学生の時はケンカばかりするそれなりの問題児で、教師も手を焼いていたが、中学に上がってから先輩のパシリとして扱われ、いつもヘラヘラしていた印象だった。





タバコはもちろん、軟骨にピアスを開けて自慢吹いたり、

髪の毛を立たせてズボンを下げて履いたりと、明らかに素行の悪い格好で、

その割には顔自体は印象に残らない地味な顔だったから、どうもバランスが悪かった。







今までクラスが違ったから岡のクラス内の立ち位置や細かい所までは知らないが、最高学年になってからは「厄介者もいなくなって、これから調子に乗ろう」という勢いが随分あった。





同級生の女子はその辺りをあっさりと見抜き、岡の行動に対してゴミを見るような目で見ていることも少なくなかった。







つまり岡より俺の方がマシだったってことだろう。















いや、この時は単純に俺が熟れ時だったのかもしれない。



世の中はほとんどが顔で、美醜によって人生は贔屓される。









俺は顔はまぁマシな方なんだったと、先日美穂子と寝た時のことを思い出した。







「アンタさぁ…」



「前はみすぼらしかったけど、最近身なりよくなったし、

 うーん…めちゃくちゃカッコいいって訳でもないけどさぁ~

 な~んか妙な色気出てきたもんね。モテるでしょ?」



情事のあと、手櫛で髪を整えられて聞かれたことがあった。



そういえば、学校に行くことは少なかったが、たまに行くと告白されることは何度かあった。

金にならないから眼中になかったが。







恋愛沙汰を抜きにしても確かに昔とは待遇が変わってきた。

クラスメイトが自分から話しかけにくる。







小学校の頃は鼻水も服で拭いてたりして、カピカピのボロボロだったからよく周りから揶揄われていた。

同じくらい貧乏のクラスメイトと一緒に蔑ろにされた。







相方は更に不潔で、フケだらけで臭かったから、より虐められていたものだ。







それでも俺が要領がいいという点でまだマシな扱いだったような気がする。







そんなような話を流れですると

「違うわよ!ブサイクだったでしょう?その子。」と、美穂子は笑った。



















青木と付き合ってからは、休憩時間に廊下に出て二人でよく話したりした。



金と時間がもったいなかったからいつも絡むのは学校だった。









青木は昔と変わらずに目が細く、頬骨が出ていて顔はパンパンだったが、

いつの間にか一重の目は二重に変わっていた。





まつ毛だって懸命に長く見せようとする涙ぐましい努力が見られ、

いつもギリギリ規則内の色付きリップを塗ったり

胸ポケットから折りたたみ櫛を出して髪をといたりしていた。









教師やクラスメイトの悪口なんかをテキトーにうんうん聞いているのが常だった。

女はどの年でも似たような話ばかりする。







ある日、青木が自分の家に遊びに来るよう誘ってきた。

お決まりの『その日は親がいない』を出してきた。











やっとこいつと改めてセックス出来るチャンスが来た。











あの時の特別なセックスは、美保子に童貞を奪われた時や他の女とヤる時の快感とは全く別ものだ。

またアレが味わえるのか?



性欲は性欲だがいつもとは違う、昔の宝物を思いがけず見つけた時みたいな身体の中からふつふつと沸き立つ興奮を表に出さないように頷いた。





それでも女から見たら思春期真っ盛りの猿に見られていただろう。















青木の家は普通の一軒家だったが、俺からしてみればかなりの豪邸で自分の部屋を持っているだけで贅沢に見えた。







青木は一人っ子だったから、与えられていた部屋も広かった。





いつもの女達の香水臭さとは違う、シャンプーの残り香が香る程度の部屋。







学習机や本棚には馴染みのある教科書があったり、CDや少女漫画、雑誌、

ぬいぐるみだのなんだの可愛らしいものが置かれていた。









今まで見た女の部屋の中では一番綺麗な部屋だった。







青木はコーヒー缶とお菓子を小さいテーブルに置いたが、特に手をつけることもなく、

二人でテレビの再放送のドラマをぼーっと眺めていた。







テレビの中の母親は



「私には息子のあなたしかいないの。お母さんもっと頑張るから。」



と言って、いい感じの音楽と共に涙ながらに子供を抱きしめていた。









ここまでくるともうギャグだ。









そもそも青木も俺もこんなもんを真剣に見る状況ではなかった。







目はテレビでも意識はお互いの場所を感じながら、これからの行動を手探りに期待している。







自分のフィールドだからてっきり青木から来るかと思っていたが、いつまでもやってこない。



内心ため息をつきながら青木の肩をつかんでそのままキスをした。















ベッドの上で青木の制服を脱がせていくと、いつもの女達のものとは見慣れない下着が

目について、真新しさというか華やかさを感じた。





女はその辺のネジと似たようなもんだ。



年季の入ったネジも新しく作られたネジも構造自体はいつまでも同じ。

用途はどの年代でも大体共通なんだ。





下着を脱がせてそのまま裸にさせたら挿入して終わり。



あ、挿入するって意味ではネジは男の方でネジ穴は女達の方か?ハハハ













青木を裸に剝いて、ベッドに寝かせ、キスしながら胸などをいじる。

もうこの辺はいつものことで完全に仕事作業のようだった。



自分は制服を着こんだまま進めていたから、そのアンバランスさは妙に気に入っていたが、

向こうは逆に気にし出したのか、俺の服を脱がしてきた。







青木は右乳首の斜め上の方に大きいシミのようなホクロがあった。



乳首を吸い上げる時に見かけるとなんとなく萎えるものではあったから、

その辺はおざなりだったと思う。









女は思っているよりキレイじゃない。









ニキビやイボだってあるし色んな所に毛も生えてる。

口やあそこが臭かったり、イく時の顔はブサイクだったりする。







でもそんなことは気にも留めない顔をするのが一番いい。







この一年で得た知見だ。

















青木は美穂子と違って甘ったるい匂いもなく純粋な肌の匂いが強くてその点では興奮した。



美穂子と比べると全体的に骨太で脂肪がなく、肌に弾力があった。

あそこのビラビラが厚い方で、上の方を弄った方が青木はよく鳴いた。





指を入れてテキトーに動かすと自分がいいところに身体をなんとなく動かしているのが伝わってきて笑ってしまった。





「いつもそうやって一人でやってんの?」

と美穂子のようなからかい方でケラケラ笑ってやったらプイと顔をそむけた。





悦ぶところに大体の目星はつけたから、その辺りをぐいぐいイジると喘ぎ出した。











こいつはいつになったら本性を出してくる?











青木は処女だなんだ、優しくしろと言ったが、ハイハイ返しながら

前戯もそこそこにテキトーに青木の中に自分を入れてゆるやかに動かした。







痛がりながらも、好きだとか愛してるとか言ってくるから途端に白けてくる。

面倒になってキスだけした。











コレが本当にあの頃の淫乱な女か?











嫌な予感の焦りと暑さによる生理的な汗が混ざって滲み出る。





青木は淡白な動きばかりで、いつまでも受動的だ。







俺の快感のために何かしてくれる訳でもない。

こんなセックス、いつも寝泊まりしてる女達との方がよっぽどマシだった。





背後から昔の青木の小さな手がどんどん張り付いて来る。





内側まで侵食されていくようなのに全くの別人を外側で犯しているようだった。









こいつは教師の前でいい子ちゃんぶってるみたいに

好きな男の前ではカマトトぶりたいだけだ。



そうに決まってる。





嫌な疑惑を決定づける前に、欲望のまま乱暴に身体を打ち付けて青木の中で射精した。





















青木は下着姿で

「三回目だったのに血が出た。初めての時は出なかったのに」と言った。







「それはお前、俺の前の奴がちいっちゃかったんだよ」



自分の膝を叩いてゲラゲラ笑いながらタバコを吸った。

もうヤケクソにもなっている。





青木は自分が清純派ぶるための嘘は容易くつくし、そして浅い。

やる前に言ってた戯言なんかもう忘れてやがる。





こいつの打算的ながらに詰めの甘い部分にはうんざりする。



勉強は出来るはずなのに頭が悪い。











「血が布団に付いちゃった、お母さんにバレないかな」

と独りで少し焦っていた。











なんて普通の女みたいなこと言うんだ。

俺は内心軽く驚いた。



そして酷く萎えた。







あの頃のお前がそのまま成長していたなら、もっと性に貪欲で、

そのためにもっと狡猾になったはずだ。



生理の血がついたとか言って親なんか簡単に騙すだろ。









もっと自信満々に俺を誘惑しろよ。



あの頃みたいに、やらしく身体を触って嗤え。

一人でやってる方がよっぽどマシだ。







肩透かしを喰らったようで心底がっかりした。







俺は灰皿がわりに使っていた缶コーヒーの残りをそのまま血のついた布団にぶち撒けた。



灰が混ざったコーヒーは布団に染みて茶色くなった。









「コレでいいだろ」

俺は青木を睨んでそのまま帰った。













何ヶ月かして、俺は青木と絡むのはやめ、ほとんど学校にも行かなかった。





もう少しあの女に辛抱強く付き合えば、何回目かで昔のあいつに戻るんじゃないか?

その素質は確かにあるんだ。





5歳児の俺が今の俺に甘い言葉を囁いてくる。



そんな下心という希望をまだ感じながらも、そこまで耐えうる精神力が俺にはなく、

青木と会うのは億劫だった。







久しぶりに学校に行った昼休み、机に突っ伏して寝ていると、

青木の取り巻きの女に険しい顔で呼び出された。











校舎の片隅の人が来ない階段で青木と取り巻き達が待ち構えていた。





女達は青木を取り囲むようにしていて、当の青木は俺に少しの距離をとってもじもじしていたが、

しばらくしてこう言った。





「生理が来ない。妊娠したかもしれない。」



青木は涙目で俺に告白した。









俺はキョトンとしてしまい、本心から



「本当に俺の子?」



と聞いてしまった。











俺は青木に近づいて顔の近くまで頭を下げ、目を細めて聞いた。



「…俺と別れたくないからそういうこと言ってんじゃないの?」









青木のことだからそんなこと言って繋ぎ止めようとすることは目に見えてる。







取り巻き達はブチギレにブチギレて、

なんてこと言うんだとか責任取れとかワーワー喚いていた。









俺は薄っぺらい友情やってるこの女達より青木のことをよく知ってる。







「…本当に来ないもん。でも私、堕ろしたくないから!」







青木は目に涙をいっぱい溜めていたが、最終的には零れ落ちて

嗚咽を漏らしながら俺に言った。







堕ろさないからなんだ?

俺に父親にでもなれってことか?



産むんなら勝手に産んで育ててくれ









あれっぽっちのセックス一回で今後の人生背負わされるって?









だとしたら、全然割に合わねぇよ。





大声で笑い出してしまいそうだった。











まだ幼い頃のセックスの方が元もとれる。



5歳にして風俗嬢だった天才的な女は、いつの間にか普通の女に成り下がっていた。









俺は青木に平手打ちした。

こいつの顔なんか見たくもなかった。







そのまま帰ろうとすると取り巻きの女に胸ぐらを掴まれた。

それも突き飛ばしてその場を立ち去る。















女達の怒号や罵りを背中に浴びて、それも聞こえなくなった頃、

たまたま廊下でヤンキー座りしていた岡に出くわした。









岡は漫画を読んでいた手を止めて、おう久しぶりとテキトーに挨拶してくる。









「青木さ、俺の子出来たんだってさ」



「マジで!?どうすんのそれ」



「さぁー…堕ろすんじゃない」



「やべーハハハハっ」



「フっ」













「お前、好きだったもんな昔から。青木のこと。」









俺は薄ら笑いからすぐに真顔に変わって岡を見つめた。



岡はただのクラスメイトから一変し、

俺が殺人を犯した時に見つかった唯一の目撃者のような存在になった。







バカなお調子者にこんなこと言われるとは思っても見なかったからだ。







当の青木は完全に忘れていたが、こいつだけは覚えていたのか?



こいつはあの時の俺の失態の何をどこまで知っている?











こいつだけは殺さないといけないとどこかで強く思った。











俺は岡の緩み切っている顔面をサッカーボールみたいに思いっきり蹴った。



岡は鼻血を出して辺りは血まみれになったが、喧嘩慣れしていたこともあり、

状況に驚きながらもすぐに何度か反撃してきた。





俺は近くにあった消火器で岡の頭を殴り殺そうとしたが、それも避けられて消火器は岡の肩に直撃した。





それでもかなり痛かったらしく、岡は悲痛な声をあげていた。





そこで他のクラスメイト達や教師が騒ぎを聞きつけてムリヤリ収拾がついた。

























岡は右肩骨折の全治2ヶ月、俺は10日間の謹慎処分を受けた。

年単位でこういうことはよくあったから、学校側も慣れたものだった。







その間、親父からの折檻も充分受けたから罰としては妥当な所だろう。







岡は救急車が来るまでの間、腹いせのつもりか青木の妊娠話を大声で叫んでいたから、

俺が居ない間にその話は学校中に瞬く間に広がった。









青木はそのまま学校に来なくなり、冬になる頃には学校を辞めたらしいという噂だけが流れた。





青木の家が元々学校から遠いこともあって、噂自体かなり信憑性も薄く、受験で忙しかったこともあって、みんな青木のことは忘れていった。







俺も青木を平手打ちしてからは一度も会っていない。











岡とはあれから話もしない。



俺がたまに出席していれば逃げるようにどこかに行く。







ある意味で俺は自分の平穏を作り上げることが出来たのかもしれない。









そんなことを考えながらぼんやり渡り廊下を歩いていると、突然後輩の女に呼び止められた。



小柄でスカートの短い女が真っ赤になりながら俺に告白してくる。
















ほらな?



やっぱり女達はいつまで経っても懲りないんだ。














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