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第七章 風雲

十七話 未来の展望

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「本当にいけないのが残念で仕方ないわ……アルンとナディーネさんはこっちに来る予定なのよね」
「あぁ、祝いに俺から旅行をプレゼントするからな。数カ月二人っきりで楽しんでもらうつもりだ」
「なら、王都に来たらこのお屋敷に泊ればいいんじゃない。私からも指示を出しておくわね?」
「それは助かるな。ここなら高級宿も霞んで見えるから、あいつらも喜ぶだろ」

 ジニーとの会話はまずはアルンの結婚話から始まった。
 アニア同様アルンもジニーとは幼馴染のように過ごしていたし、年上のナディーネにはロレインさんなどには話せない事も相談していたみたいで、仲はとても良かった。
 自分の事のように喜ぶジニーは、満面の笑顔を俺に向けてくれる。
 それがとても可愛らしく、太ももの上に載っていた手を握ってしまうと、お返しにと両手で包み込んで微笑んでいた。

「それで、アニアの話も聞いたわよ。教国の勇者を倒したんですって?」
「あぁ、あれは酷い思い出だ……そうだな、ジニーになら話しても良いか」

 事の真実は、俺の身近な人間しか知らない。
 これは俺が言いたくなかったという気持ちが大きいのだが、家の人間にはある程度教えている。
 だって、あの時実は見ていたユスティーナの誤解を解きたかったんだ……

「男色家ねえ、良かったわね口にされなくて」
「頬でも嫌だぞ。今でも思い出すと背筋がぞっとする。あの人は良い人なんだが、それさえなければなあ……」

 そんな事を話していると、ジニーが手を伸ばして頬をさすってくれる。
 細くしなやかな指は、とても気持ちが良く、何度もアニアに清められていたが、更に浄化してくれているようだ。

「あぁ、そう言えばこれがあったな」

 俺はマジックボックスから、ユスティーナに渡された腕輪を取り出して、ジニーに手渡した。

「何これ? あら、ん……? 何でこれつなぎ目がないの? マジックアイテム?」
「いや、ユスティーナがジニーママに貰ってくださいってさ、仲良くなりたがってるんだよ」
「まあ、嬉しいわ! そっかー、じゃあお返しを用意しないといけないわね。あのね、ゼン。あの時は声を荒げちゃったけど、私はあの子を嫌ったわけじゃないんだからね?」
「分かってるさ、俺も事前に説明せずに娘が出来たはなかったと反省した」
「分かってくれてるならいいけど……でも、ジニーママかぁ~うへへ」

 ジニーが又だらしない顔をし出した。油断をするとすぐその顔するな。
 可愛いから良いんだけど、美人に成長してるからそのギャップが大きいぞ。

 会話も進み時間も経った、酒も少し入って来ると自然と距離が近くなる。
 俺はしなだれかかってきたジニーの肩を抱き、剥き出しの肩をさすって温めてやる。

「ちょっと冷えてるな。そういや、背中出てるけど寒くないのか?」
「ちょっと寒いけど……ゼ、ゼンが温めてっ!」
「頑張ったな?」
「うん、頑張ってみた」

 言って恥ずかしくなったのか、ジニーの顔が赤くなる。
 その上気した表情がとても愛おしくなり、俺はジニーの顔に手を添えて唇を奪った。
 軽いキスを繰り返し、更に強くジニーを抱き寄せて、俺は今後予定している考えをジニーに明かしていく事にした。

「ジニー、俺はそろそろお前を娶る準備に入ろうと思ってる」
「ッ! うん! うん!」

 目を見開いたジニーが真っ赤な顔のまま何度も頷いて答えている。
 何か言おうと口を開きかけていたが、何も出なかったのだろう。

「俺が出来る事と言えば、戦う事だ。だが、今は敵がいる訳じゃないから、ダンジョン攻略をしようと思っている。その成果であるアーティファクトとダンジョンコアをエアに献上して、領土を貰おうかと思ってるんだがどうだろう? 一応、シラールド……は知ってるよな? あれに相談した結果なんだけど」

 俺の言葉にジニーは一瞬鋭い視線を見せたが、考えはすぐにまとまったのか、また柔和な表情に戻ると俺の手を取って、それを口元に寄せていた。

「大丈夫だと思う。近代でダンジョン攻略者は本当に少ないし、新たなアーティファクトを手に入れて献上すれば、その価値よりも忠誠心を示せるわ。問題はダンジョンの場所だけどそれは?」
「一応調べさせてるから、手を出せそうな物を探すつもりだよ。もしかしたら、未発見のダンジョンが出るかもしれない」
「そう、ゼンが言うなら大丈夫そうね。うぅ、私の事を考えていてくれて本当に嬉しいわ。ちょっとだけ、何も考えてないんじゃないかって思ってたんだからね?」

 目元に涙を溜めているジニーは、ほんの少しだけ俺を咎めるようにそう言った。
 考えてなかった訳じゃない。どうしたら良いか浮かばなかったから後回しにしていただけだ。
 だが、俺もそろそろ腹をくくる覚悟が出来たからね。

「落ち着くつもりはまだないけど、俺も早くジニーとアニアを俺の物にしたいからな」
「うん、早くゼンの物にしてね。でも、この形で良かったの? 結局兄様の下に付く事になるわよ?」
「まあ、それはそれで悪くないかなってね。現実問題、それ以外の方法がなさそうだ」
「そう言われればそうだけど、なら私が準備してきた物は一度凍結かな」

 ジニーはそう言いながら、何か考えた様子で机の上の食べ物を手に取った。準備? 凍結? 何それ?

「その件、詳しく」
「えっ? えっと、ゼンの立場を引き上げる為にシューカー伯爵家に一度迎え入れて貰ってから、私が嫁ごうかと思ってたんだけど。マルティナさんを第二婦人にする必要があったから、アニアに相談してからだったけどね」
「何その話……ジニー、お前何考えてんだよ。いや、それより無茶苦茶じゃないかそれは!?」
「あら、マルティナさん可愛いから良いじゃない。師匠なんでしょ? あと、おっぱいも大きいし」

 何がどうなれば、こんな話になるのかと頭が痛くなってくる。
 良かった、自分で動き出しておいて……
 それにして、シューカー伯爵は良く許したな。あそこは長男が後を継ぐ予定だったはずだぞ?
 大した事ではないと言うジニーは、俺の慌てようが面白いのか、カラカラと笑っている。
 知らぬ間に身に着けている謎の政治的手腕が恐ろしい。どうやって説き伏せたんだよ、マジで。
 いや、それよりさらっとマルティナを受け入れてる姿勢に違和感が……

「……アニアだけじゃなかったのか?」
「う~ん、英雄は色を好むんでしょ? 新婚から数年は私とアニアで独占するし、ちゃんと子供は三人以上作ってもらうわ。でも、押さえつけたらゼンは逃げるって聞いたから、ちょっとぐらいは我慢する。それにシューカー伯爵領が手に入るなら側室が一人増えるぐらいは安いかもって」

 ジニーが! 俺の知っているジニーが!
 って、聞いたって何だ?

「聞いたって、誰にだよ」
「勇者様よ? 若い頃の自分に似てるって言ってたわ」

 あの野郎おぉぉぉぉぉぉぉ! お仕置き決定だな!
 ケツを横に切り裂いて、無理やり『グレーターヒール』してやる!

 楽しい会話をしていると、すぐに時間が過ぎてしまう。いつの間にか空は暗くなっていて、部屋の扉の向こうから、ロレインさんの「時間が来た」との声が聞こえてきた。

「本当に時間が進むのが早いわ……これから毎日来るつもりだけど、一度別れるのも寂しい」

 ジニーが俺の胸に頭を寄せ、大きく息を吸い込みながらそんな事を言っている。
 その気持ちは俺も同じだ。だから俺は、今回はもう一歩踏み込む事にした。
 俺はあえてジニーの耳元に口をよせ、囁くように話しかける。

「ジニー、今日から俺がいる間は寝室の窓は鍵を掛けないでくれ」
「どういう事?」
「分からないのか? ここじゃあできる事に制限がある。だから、お前の寝室に忍び込むって事だ」
「ッ! ちょっ、それはっ!」
「駄目か? 俺はもっと触れ合いたいんだけどな」
「私だってゼンともっと一緒にいたんだから。待って……うぅ、恥ずかしすぎるよ……」

 一応許可は出たようだ。これで気兼ねなく王城に忍び込める。
 まあ、夜這いといっても、ちょっと激しいスキンシップをするだけだ。
 そう、それだけだ。そうだ。ちょっとだけだ。健全だ、やましい事なんてない。

 王都での生活は、午前に買い物や商売の準備を行って、午後を少し過ぎた頃から、連日ジニーと会っていた。
 二日目の昼に会った時には、エントランスの時点から顔を真っ赤にさせてるし、目も合わせられなくなっていた。まあ、前日にあれだけの事をすれば、ジニーなら仕方がないだろう。

 そんなこんなで一週間を過ごし、ベッドから降りた際に見える俺の体に、ジニーが恥ずかしがらなくなった頃、俺は予定も詰まっているので帰宅する事にした。
 毎夜、俺が抜け出しているのをポッポちゃんは当然わかっているのだが、毎回俺出る前に「主人、分かってるの? ジニーは押すのよ!」と応援メッセージをくれていた。
 完全に容認している姿勢は、元から変わらない気がするが、ユスティーナができてからそれが顕著になってるな。早く卵を温めたいって言ってたけど、どうするべきなんだろうか……

「ゼン、焦っちゃ駄目よ? 私は待てるから。いっぱい愛してもらったから、幾らでも待てる」

 最後の夜、俺はきめ細やかな肌を撫でながら、隣で横になっているジニーの話を聞いていた。

「あぁ、死にたくはないからな、堅実に行くつもりだよ。頑張って名声やら権力やらを手に入れて、ジニー、お前も手に入れてやるからな。覚悟しとけよ」
「もう、そんな乱暴な人だったっけ?」
「……ちょっと恰好つけた。でも、ジニーを何が何でも手に入れる思いだけは嘘じゃないさ」
「うふふ、アニアにも同じ事言ってないでしょうね」
「二人っきりだから、他の女の子の話をするつもりはなかったのに、ジニーは本当にアニアが好きだな」
「うん、もちろんでしょ。あの子は私の一番の友達なんだから」

 二人の仲が良い事は、俺にとって良い事だ。
 ……いや、変な計画を仕組んだりするのはマイナスか?

「さて、時間だな。そろそろ帰る」

 俺はベッドから起き出て、脱ぎ散らかした服を着ていく。
 その様子を見ていたジニーが、シーツを身に着けながら俺の背中に身を寄せた。

「今回はゼンと気持ちが近づけたし、ポッポちゃんともいっぱいお話で来て楽しかったわ。早く一緒になれる時が待ち遠しい」
「そう遠くない未来の話だよ。そうなったら、朝から一緒に紅茶を飲むことになるな」
「ふふ、その日が来る事を考えれば、これからも頑張れそう。アニアとも、ユスティーナとも、ミラベルもマーシャさんとも一緒にね。レイレさんとかオーレリーさんとかマートさんもまだいるんでしょ? 本当に楽しみ」

 そういう意味で言ったんじゃないのだが、ジニーは少し勘違いして捉えたらしい。
 この世界にはコーヒーって物がないから、ちょっと通じづらかったか。
 物事を伝達する方法が、口伝や少ない書物のみなのは、共通認識が持ちづらいな。

 邸に戻った俺は、十分な睡眠を取り次の日の朝には王都を出た。
 ポッポちゃんに掴まって、上空に舞い上がり、新たな決意を胸に眼下の王都を見下ろす。

「次来る時はジニーをくれと言えるといいな」

 果たしてそれが叶うかは、まだ未知だ。だが、叶わない望みではないだろう。
 そして、俺はこの一週間の滞在で、再会した人物の心からの望みを叶えるべく、また別の決意を胸にした。

「待っていてください、ローワン様ッ!」

 必ず育毛剤を作る事を決意して、俺はラーグノックの街へと戻る事にした。



 絢爛豪華な王座の間には、今日も数多くの陳情や政務の報告がなされていた。
 そんな中、一人の女と男が姿を現した。

「良くぞ戻ったな、セラフィーナ。東南の戦いは大方決着を見たのだな?」

 セラフィーナと呼ばれた女は、王座の前で膝を突き、戦いの報告を行った。

「はい、父上。後は残した将軍で押し切れる算段です」

 王座に座る男を父と呼んだセラフィーナは、厳しい顔を見せていたが、王の軽い微笑む姿を見て、自身の表情も緩やかな物にした。その顔を見た一人の政務官は既に、流れるような銀髪と、メリハリのある美しい身体に、見事な鎧を纏った姿に目を奪われていたが、雪解けのように変化した表情に自分の心音が高まった事を感じていた。

「そうか、大将軍も戻ると判断をしたならば、間違いないのだな」
「ハッ! 最早あの地に我が力は無用で御座います」

 セラフィーナの後方に控えていた大将軍と呼ばれた男は、歳の頃四十中頃、実用的な細身の鎧に身を包み、油断を一切感じさせない厳しい瞳に精悍な顔付きを持つ男だ。
 彼が声を発しただけで、精鋭であるはずの王座を守る近衛兵も、思わず背筋が伸びていた。

「帰った所で悪いが、お前たちには暫しの休憩の後、次なる目的地に攻め入ってもらう」
「はい、してその目的地とは?」
「お前が前々から進言していた、西に目を向けようかと思っている」
「それでは父上っ!?」
「あぁ、エゼル王国に攻め込む」
「おぉ、ご英断を」

 セラフィーナの声と共に、王座の間に集まっている面々からもどよめくような声が上がった。
 その反応は様々であるが、主戦派が占める今のこの国では、多くは喜びの声だった。

「それではすぐに用意を致します!」
「まあ、待てセラフィーナ。今回は少し搦め手を行う事になっている。あの地を治めるのはレイコックだ。下手に動けばすぐに感づかれてしまうぞ?」
「搦め手……ですか? しかしながら、あの地は一面の平地。策を用いるには余り向いていないのでは?」
「それは大将軍から話して貰おう」

 王の声に応じて大将軍は、セラフィーナの隣りへと一歩前に出た。

「前々から国境付近の街や村には、兵を市民として送り込み、住人を入れ替えておりました。後数カ月もすればその準備も整います。その兵を一斉に集結させ、ラーグノックに周辺から兵が集まる前に落とします。姫様は我々と精鋭を連れ向かうだけで良いのです」
「なるほど……よほど前から計画をされていたのですね。しかし、酷いです父上。わらわに一言も教えて頂けないとは」
「まあ、そう言うな。味方の目を騙してこその作戦だ。十分な休憩を取ったら、大将軍と共に向かうが良い」
「はいっ!」

 セラフィーナと大将軍が立ち去った後の王座の間では、軍務に精通する法衣貴族が、王への進言を行っていた。

「竜滅隊も準備が整いましたが、如何いたしましょう?」
「それは大将軍に付けよう。セラフィーナの護衛にでも使うだろう」
「大将軍閣下ならば、全てをお任せした方がようございますね」
「何だ、お前が育てていたのだろ? ある程度は指示を出しても良いぞ」
「この国で最高の戦力である大将軍に意見など……私などでは恐れ多い事で御座います」
 
 この国で大将軍という存在は最高の将軍であり、個人の武でも並ぶ物はいないと称された存在だ。
 長く王に仕え、ダンジョン攻略者でもある大将軍は、王に意見が出来る程の地位を持つ物でさえ、触れる事を恐れる存在でもあった。

「なるほど、そういう物か。まあ、成果は数か月後の事だ。我々は樹国をどうにか出来るよう、知恵を絞る事にするか。しかし、見えてきたな帝国を打ち破る日が」
「はっ! エゼルの半分でも食い千切れば、相当数の戦奴が手に入るでしょう。それを先兵に使えば、必ずや打倒の夢は叶います」

 王と法衣貴族は顔を合わせるとニヤリと笑った。
 それはこの国の悲願でもある、東の帝国を倒す希望がうっすらと見えてきたからだ。

「エゼルの若王がどれ程抵抗するか見物だな」

 シーレッド王国シージハード・エステセクナは王座に深く腰掛け、エゼル王国との戦いの後に控える帝国との大戦を目に浮かべたのだった。
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