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第八章 逆鱗

十四話 二つの契約

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 スケルトン達を引きつれてラーレの部屋まで辿り着いた。まだ気絶しているサリーマを連れて行くと話がややこしくなりそうなので、スケルトン達はそのまま部屋の外で待機させる。
 俺は姿を現したまま、ドアの施錠を魔法で解除して中へと足を踏み入れた。

「……ま、魔物っ!?」

 ベッドの上に座りドアを見ていたラーレは、俺の姿を見て驚愕の表情を浮かべている。
 そうだった、俺はまだスケルトンヘルムを被ったままだった事を忘れていた。

「ラーレ様、申し訳ありません、私です」

 俺がそう言いながらスケルトンヘルムを脱ぐと、ラーレは大きなため息を吐いて、俺をキッとキツイ表情で睨んだ。

「貴方……驚かさないで」
「悪気はなかったのですお許しください。早速ですが、タヒルを成敗してきましたので、見分をお願いいたします」

 マジックボックスからタヒルの死体を取り出す。その瞬間、ラーレはいきなり現れた死体に身体を震わせて喉を鳴らしてた。

「う、嘘でしょ……本……物……!? では、今起こっている騒ぎは本当に貴方が……?」
「えぇ、そうですよ。女性相手によく見ろとは言いたくありませんが、間違いない事を確認してください」

 俺が髪の毛を掴んで傷だらけのタヒルの頭を持ち上げると、ラーレは手で口を押さえながら確認している。

「で、でも……そんな……」
「これで、お分かり頂けたでしょ? さあ、この王宮から一度逃げましょう」

 俺がそう言ってみても、ラーレの瞳からは疑心の念が消えていなかった。「でも」や「どうすれば……」などを繰り返し、動揺した姿を見せるだけだった。

 彼女が慎重になる気持ちは分かる。この行動一つで、次に何を得るかより、何を失うかを考えてしまっているのだろう。それは、父親を失った事実があるから仕方がない事だ。
 だが、長居をする気はない。ここは俺の本心を伝えてどう動くか確かめてみるか。

「あ~、もう分かった、飾る事を止めて本心を話してやる。お前達を助け出すのは、単にメルレインを取り込むためだ。俺は戦場を知る優秀な人材を一人欲しいと思っている」

 俺が突然口調を変えるとラーレは驚いた表情で俺を見つめた。俺はそれを気にせずに更に続ける。

「弟も連れ出せば、戦後はそれなりの地位に就けるよう、エゼル王に掛け合おう。俺にはそれができるコネはある。まあ、その代わりそれなりの戦果は必要だろうが、大将軍の首で事足りそうだ」
「トゥースに地位を……?」
「あぁ、王座は保証できない。だが、シーレッド王国が崩壊すれば、この地は空白地になるだろう。正当な王家が勝者側に立っていれば、ある程度の主張は通るんじゃないか? 政治の事は良く分からないが、近い事にはなるはずだろ?」
「…………」

 ラーレは俺の言葉を確認するかのように無言で俺を見つめた。

「ラーレ、選べ。俺とともに来て多くを手に入れるか、それともこの地で腐って死ぬかだ。今俺と来なければ、俺は二度とお前らに手を貸す気はない」

 多くを手に入れるかなんて、俺の口から出た保証もできない言葉だ。メルレインの事はともかく、弟に地位のある席を用意するなんて事は、俺が決められる事ではない。だが、彼女が俺に従うならば、俺はそのために動くだろう。

「契約だ。俺の目的のために動け。報酬はメルレインとの甘い生活なんて物はどうだろうか? それと弟の後ろ盾になってやる。容易にタヒルを処分してきた俺なら、それが可能だと分かるだろ」

 もう下手に出る事は止めよう。王家に対して敬意を払う事は忘れないが、今はその時ではない。主導権は俺が握らないと話が進まない。後々の事を考えて彼女の納得する形で連れ出したかったが、それも少し強引にいかせてもらおう。

「メルレインと……トゥースに……」

 ラーレが俺を見つめる瞳に力を持ち始めた。褐色の肌の中にある黒い瞳が、凛と輝いたのは俺の錯覚だっただろうか? ラーレは怒りにも似た表情を見せると、ゆっくりと口を開いた。

「その契約……私の身一つで済むならば結ぶわ。どこにでも連れて行って」

 ラーレの口から出た力強い言葉に、俺は心の中で何とかなったかと安堵をした。

「畏まりました、ラーレ様。それではトゥース様の身柄を確保しましょう。それと、サリーマ様は部屋の外にいらっしゃいます。先ほどの私の姿を見て気を失ってしまっていますので、まだ目は覚めていないと思いますが」

 俺が笑顔を見せながらそう言うと、ラーレは目を細めて俺を見た。急に口調を改めたので、多少面を食らったようだ。そういえば、王妃様にも思いっきり命令口調で話してたな……
 あの雰囲気になると自然と口調がきつくなるのは、どうしようもない。今後は普通に話せばいいだけか。

 その後は隣の部屋に侍女と籠もっていた、ラーレの弟であるトゥースを連れ出した。トゥースはまだ六歳の少年で、部屋に入った時は侍女に抱き着き怯えた様子を見せていた。
 それは今も変わらずで、常に姉であるラーレの足元にくっついている。
 まあ、その理由は多分俺らを守るように囲っている、スケルトン達の所為なのだろうけど。
 ラーレも部屋から出た時に、廊下に並んでいたスケルトンを見て腰を抜かしていた。物凄い気の強そうな女の子に見えるのだが、結構ウジウジ考えるしビビりだな。

 生き残っている王族である三人の身柄を確保したので、いざ脱出するために一度建物から出るために通路を歩いていると、気絶していたサリーマが起き出した。

「良かったお母様、気が付いたのね。怪我はしてないのよね?」
「えっ? えぇ、怪我はしていないわ……それよりも……」
「サリーマ様初めまして、私エゼル王国のゼンと申します。この王宮に侵入した際に驚かせてしまったようで、申し訳ありませんでした」

 サリーマのネグリジェはタヒルの返り血で真っ赤になっている。最初それを見たラーレは悲鳴を上げて母親に駆け寄っていた。サリーマが自分の手を汚した事を、子供に知られる事を嫌がるかどうか分からなかったので、俺がタヒルを殺して返り血が飛んでしまった事にしておいた。

「この人がタヒルから私達を解放してくれるのよ。彼が殺した死体は見たからもう奴はいないの」
「……ゼン殿でしたか? 貴方があの時の……ですよね?」
「さて、何時の事でしょうか?」

 ラーレの前で相談はできないので、俺は知らぬ存ぜぬで突き通そう思っていた。サリーマはそんな俺に気付いたのかスケルトンの腕の中から降り立ち、俺を見つめて優しく笑った。

「中身はそんなに可愛らしい顔をしていたのですね。あれ程の迫力を持っていたので、私より上の方が中に入っていると思いましたよ」

 サリーマはそう言いながら俺の頬に手を当てた。それは、母が子を愛しむ行動のようだ。彼女の眼には慈愛を感じられたが、同時に俺に対して悲しみの感情を持っていそうだ。
 本来ならば、今の俺の年齢で殺しに対して何の躊躇もしないのは、確かに悲しい事なのかもしれない。

「サリーマ様、私は気にしないのですが本当に良いのですか?」
「良いのです、真実を伝えます。ラーレ、トゥース、お聞きなさい。ゼン殿にお手伝いして頂き、タヒルは私が討ちました」

 サリーマは真っ直ぐに子供達の目を見ると、そう口にした。その姿は王族らしくとても凛々しい物だった。
 ラーレとトゥースは声を出さずに驚いている。普段のサリーマを知らないが、やさしそうな彼女がした事が信じられないのかもしれない。

「今私たちはこの王宮から脱出しているのですね?」
「はい、とりあえず一階に下りて表に出ようと思っています」

 サリーマが俺に視線を向ける状況の説明を求めた。

「分かりました。では、復讐の機会を下さったゼン殿にまず感謝を。捕らわれの身で礼しかできない事をお詫びします。ラーレ、トゥース、貴方達はその恩に報いるようにいたしなさい。私はこの地に残りますので、ゼン殿この子達を宜しくお願いしますね」
「何を言っているのお母様、一緒に逃げなくては!」
「王族全てがこの地から逃げてしまえば、国を捨てのだと民は思うでしょう。それに、タヒルが死んだ事で混乱が起こるでしょう。私は少しでもそれを防ぐためにも残るのです」

 完全に立ち直っているサリーマからは、王になったエアからも感じた事のない圧を感じた。タヒルを殺した時には弱い人なのかと思ったが、それはどうやら俺の勘違いだったみたいだ。

「お母様……」
「おかあさま、やだぁ……」
「お行きなさい、ラーレ、トゥース。トゥースは少し冒険をして男の子におなりなさい。次会う時にはもう少し逞しくなっているのですよ?」

 サリーマはそう言いながら俺達から離れ、一人で兵士達が多くいる方向へと歩き始めた。その有無を言わさぬ行動に、俺達は暫しの間背中を見守る事しかできなかった。

「さあ、ラーレ様、トゥース様、行きましょう」

 サリーマと別れた俺達は一階へと降りると、階段付近にあった窓から外に出た。今までは王宮の離れの一角だった事もあり、騒ぎは遠くに感じていたが、流石に兵士が多く行き来する場所に近付くと、その喧騒が近いのだと分かる。

「それで、とにかく外へ出ろと言うけど、どうやって逃げるの?」

 ラーレは自分の足に掴まってきたトゥースの頭を撫でながら、少し余裕のなさそうな様子で俺に訊ねてくる。

「それは今からお見せしましょう」

 そう返事をした俺はマジックボックスから【草原の鐘】を取り出して、一つ音を鳴らす。段々と騒ぐ兵士の声が近づいてくる中でも、アーティファクトの鐘は凛とした美しい音を奏でてくれた。

「……ちょっと、ドラ……ゴ……」
「お姉さまっ!」

 【草原の鐘】を鳴らした結果、俺の目の前の空間が歪みそこからスノアが姿を現した。ラーレとトゥースは徐々に姿を現すスノアの姿を見て完全にビビッている。それは仕方がないだろう、大人が余裕で三、四人乗れる大きさのドラゴンだ。こんな物が目の前に現れたら普通は怖い。

 そういえば、トゥースは物凄い可愛い声をしてたけど、実は女の子ですとかはないよな……?
 アルン、メリル君……いや、メリルちゃんと性別には騙されている俺だけに、最早自分の目が信じられない。少しの間は一緒になるのだし、機会があったらパンパンして確かめてみるかな。

 そんな事を考えていると、ポッポちゃんが降りてきて、俺の目の前でフラフラとした足取りをしている。調子でも悪いのかと一瞬ドキリとしたのだが、ポッポちゃんは「あたしもゾンビになれるのよー」と、クルゥ……と鳴いていた。
 どうやら先ほどのスケルトン使役の姿を見ていて、その一員に入れると主張しているみたいだ。

「ポッポちゃんがゾンビになったら困るな。綺麗な羽が汚れちゃうんだぞ?」

 俺はそう声を掛けながらポッポちゃんを抱きかかえる。「そうだったのよ! 主人はきれいなあたしが好きなのよ!」とクルゥと鳴くと翼を広げて俺に見せつけてくれた。
 そんなポッポちゃんを一撫でしてから、スノアに怯えているトゥースへと差し出す。
 すると、俺の意図が分かったトゥースは壊れ物を扱うように受け取ると、ゆっくりとポッポちゃんを撫でていた。
 流石だポッポちゃん。圧倒的な子供のアイドル。彼女を抱かせれば何時でも子供は落ち着いてくれる。癒しのイオンでも出てるのかな?

「それではお二人とも失礼を」
「えっ!? ちょっと!」
「わぁっ!」

 スノアが完全に姿を現したので、二人を抱えてスノアによじ登る。一瞬、トゥースに抱かれていたポッポちゃんが落ちそうになったのだが、そこは普通の鳩ではないポッポちゃんだ。翼を一度羽ばたかすと飛行魔法を使ってバランスを取っていた。

「スノア飛べ」

 俺は短くそう命令を下しこの場から脱出する。両脇の二人が悲鳴を上げているが、それもすぐに歓声に変わっていた。

 さて、この地でやる事はこれで八割片付いた。後はダンジョンに戻りレベル上げの続きだ。それが終わり次第攻略しよう。

 月明かりだけの暗闇を氷竜に乗り飛ぶ。向かうは再生の神のダンジョン。俺は次なるアーティファクトと加護に期待をする。
 頬に当たる風を感じながら、俺は事が上手く進んでいる事に自然と漏れ出す笑みを隠さずにいた。



 シーレッド王国の王都に、エゼル王国進攻の失敗が伝わったのは、開戦から十日ほど経った頃の事だった。王の間を守る近衛である王宮騎士団長は、その信じる事のできない一報に情報を受け取った当初、王に報告をする事ができなかった。
 だが、次々と独自の情報網を持つ城詰め役人達が騒ぎ始め、ついには王の耳に入る事になる。
 王直属の諜報部隊からも直接情報が渡り、それは確実なものなのだと判明した。

「バイロンを失ったのか……? 何故竜の大群が我が軍だけに襲い掛かったのだ……? 一体、あの地には何がいるのだっ!」

 国王シージハードは、手渡された複数の報告書を握りしめながら、王座のひざ掛けを叩き怒りの声を上げた。

「ほ、報告によると古竜がいたとの事です!」
「何故、古竜が人に敵対する……!? まさか古竜が人の街に居を構えていたと申すのか!?」

 人の常識から照らし合わせれば、古竜が人間に肩入れする事はあり得ない事だった。絶大な力を持つ古竜からしたら、人間は脆く脆弱で取るに足らない存在だという事が人の認識だからだ。
 たまに人と交わる古竜もいたが、それは歴史の中でも稀有な存在。その事実がありシージハードは認める事ができなかった。

「それと……セラフィーナ姫殿下が捕虜になりましたが、どのように致しますか……?」
「今はセラフィーナの事などどうでも良いわ。それより、すぐに全将軍に通達を出し、エゼル方面に集結するようにさせろっ!」
「しかし、それでは樹国との前線が維持できません。最低限東部には二人の将軍を配置すべきでは?」
「愚か者がっ! バイロンが破れる相手に小出しするなど愚の骨頂! 全ての将軍を呼び戻せ! 東部にはタヒルに兵を北上させるように通達しろっ! その他の小勢にもだ!」

 数年かけて作り上げた精鋭部隊とシーレッド王国の誇る最強の大将軍が、ほとんど無抵抗のまま敗れ去った事態に、シーレッド王国国王シージハードは心の底から冷える思いをしていた。
 あの地には何か恐ろしい物がいる。それが大量のドラゴンを率いてやってくる。
 そんな、漠然とした恐怖に襲われていた。

 それから数十日が経ち、捕虜として交換されたセラフィーナが王都に辿り着いた。
 セラフィーナは今回の敗戦を詫びる為に王の下へと急いだが、叱咤の言葉もなく下がるように命じられた。

「お、お父様! 失態は必ず取り戻します! ですから兵をお貸しください!」
「……お前の気持ちは分かるが、アーティファクトを失ったお前が前線に出てどうする? 見ていたのだろ? その魔槍の力を。お前が勝てるというのか?」
「それは……ですが、何か手段はあるはずです!」
「ならば、それを今言ってみろ」
「クッ……」

 王の間では王座に座るシージハードに対して、セラフィーナは臣下の礼を取らずに直立したままで声を荒げていた。本来ならば娘あって無礼とされる行為だが、普段は見せた事のない熱にシージハードはその事に触れずにいた。

「いっその事、魔槍にお前を差し出すか……お前の美しさならば、籠絡できるかもしれんな」
「ッ! そのような事になるならば、私は命を絶ちます!!」
「それほど嫌ならば、暫くは大人しくしておれ。動きたいというならば、お前の私兵を使うなら許す。だが、次に捕虜になった時は、その首を敵に差し出す事になると思え」

 シージハードはそう言い放つと、手を振ってセラフィーナに退室を促した。

「次だ」

 そして、短くそう言うと待機していた武官が姿を現し、兵の状況を報告していた。

 その場に立ったままのセラフィーナは、悔しさを噛みしめながら踵を返す。シージハードはその後ろ姿を父として見守りながらも、王としてどう有効利用するかを心に浮かべていた。

 セラフィーナは歯を食いしばりながら自室に戻っていた。部屋の前に差し掛かるとドアの前で待っていた私兵の一人に声を掛け自室に招き入れる。

「暗部を呼び出しなさい」

 セラフィーナは着ていた服を脱ぎながら、長く自分に付いている女性兵に声を掛けた。

「暗部ですか……? あれは王直属の組織です。姫様の命令は通りませんよ?」
「貴方の考えはどうでも良いのです。できないなら貴方は不要だわ。私の前から消えなさい」
「ひ、姫様……!?」

 女性兵から見てセラフィーナは、王族ながら平民出の自分に対しても優しく当たる人物として好意を持っていた。過去何度も今のような意見をしても、それを噛み砕いて解釈し理解をしてくれていた。
 だが、そのセラフィーナが冷たい目で自分を見て不要だと言い放った。その事に女性兵は強い危機感を覚え慌てて取り繕う事になった。

「か、畏まりました!」
「はぁ……なら初めからそう言いなさい。今日中には良い報告を聞きたいわ」
「ッ! ハッ!」

 表向きの組織として暗部は通常では諜報任務を行っている。当然その部署は王城の内部にあり、そこに向かえば話をする事はできる。だが、王直属部隊として存在しているので、通常ならば取り次ぐことはない。
 しかし、相手が出した名前にこの王城における現在のトップである、暗部の副将が対応をする事となった。

「暗殺をしてきなさい」

 暗部の副将を自室に招き入れたセラフィーナは、即座にそう言い放ち飲みかけのワインを煽った。
 突然の命令に暗部の副将は、見た事のないセラフィーナの様子とその態度に、戸惑いながらも口を開いた。

「姫様、国王様に無断で、それもお頭にも報告せずに動けば、私は断罪物ですよ」
「成功報酬は大金貨二百枚。それだけあれば、危険な事をせずに遊んで暮らせるのでは?」

 セラフィーナは暗部の副将の言葉に対して、間髪入れずにそう返す。要件と条件だけを伝えるその姿勢に、暗部の副将は目を細め固まった。それほどまでに大金貨二百枚は破格の報酬であり、普段は笑顔を見せながら部下に接していたセラフィーナからはかけ離れていたからだ。

「魅力的なお話ですが、成功してもお頭に殺されちまいます。申し訳ないですが死んだら意味がないですよ」
「では、事が済んだら他国にお逃げなさい。それでも足りないというのであれば、私の奴隷を一人連れて行くといいわ。あなたは確か短髪のあの子を気に入っていたはずよね?」
「……よく御存じで」

 セラフィーナは時折奴隷商を呼び寄せては、美しい女性を買い取っていた。単純に美しい者に身の回りの事をさせるためだったが、それ以外にも男の慰み者にさせるのが嫌だったという理由もあった。

「どうするのです? 貴方が嫌ならば他の者を呼び出すだけ」
「畏まりましたと言いたいですが、標的はあの魔槍でしょ? バイロンの旦那をやるような相手は幾ら何でも荷が重いですよ」

 暗部の長は六将軍の一人であり、所有しているアーティファクトの色から取った黒の名を持つ将軍だ。冒険者上がりのその将軍とともに副将にまで上り詰めた男は、大将軍を打ち破ったゼンを暗殺する事は不可能だと理解していた。
 一撃ならば入れられるかもしれない。だが、あのクラスの化け物になると頭と体を切り離さない限り即死をする事がなく、必ず自分を殺す反撃をしてくるからだ。

「貴方にその期待はしてません。標的はあの男ではありません……狙いなさいあの男の家人を!」
「なるほど……その依頼ならば可能ですね……」

 彼は諜報部隊を兼ねる暗部の副将だ。当然の事ながら既にゼンの住む地は分かっている。現地に行けば、すぐに家も割り出せるだろう。
 魔槍が相手でないならば、大金貨二百枚と自分の好みの女という報酬は十分に暗部の副将を動かす結果となった。

「どちらにしても、一度あの街には偵察に出なくてはならなかったのですよ。それで……」
「分かっています。神の名の下に契約を交わしましょう」

 セラフィーナはそう言いながらマジックボックスから一枚の契約書を取り出した。

「あの男……ゼン……。必ず復讐するわ……」

 暗部の副将が去り、一人になった室内でセラフィーナはそう呟く。
 戦場で戦う姫として、できうる限り正々堂々を貫いてきたセラフィーナだったが、今その瞳は他の物が見たら曇った物に見えるだろう。
 それほどまでに幼き頃から師として仰いできたバイロンの死は、セラフィーナの心を狂わせていた。

「ふ、ふふ、家族を殺されたら少しは私の気持ちは分かるのかしら?」

 明りの魔道具に光を灯さない部屋で、セラフィーナは事の結果を考え怪しく微笑むのだった。
************************************************
今回の話でこの章は終わります。
今後の更新は現段階では未定です。なろうとアルファポリスどちらで更新するかは分かりませんので、決定次第活動報告に上げます。
後日登場人物などを纏めて投稿します。これには前回あったような鳩王物語はありません。
単純な登場人物の紹介と登場アーティファクトが乗るだけですので、見て頂かなくとも問題ありません。
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