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最終章【君が最期にくれたもの】

1 儚い彼女、叶わぬ願い

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「プルルルル──」
 自分の部屋に電話の音が響く。誰だろう。相手は華だった。
 俺は今日委員会の用事があって、放課後すぐに華のところに向かえなかった。俺が病院に行くのが遅くて電話をくれたのか。
「華ごめん。今から行──」
「華が倒れたの!!」
 電話の向こうから聞こえたのは、華ではない誰かの甲高い声だった。
 俺は走った。通話中のまま携帯をポケットにしまい、病院に走った。
 外は雨が降っていたが、そんなこと気にせず病院に走った。
 どうして今日遅れてしまったのだろう。委員会よりも華が大事なのに、「用事がある」って言えばサボれたのに…!
 ごめん華っ!すぐに行けなくてごめん…!ずっと一緒にいられるって言ったのに…!
 俺は後悔の波に押されていた。
 これでもし華がこの世を去ってしまったら…。考えたくもない。
 体育の授業でタイムを測るよりも全力で走って、目の前に佇む病院を認識する。
 華のところへ速く…!!
「ガラッ──」
「華っ!!」
 忙しく病室に入ると、いつも通り華がベッドに寝ていた。
「…華?」
 顔の上に白い布はない。きっと助かったのだろう。
 俺は大きなため息を吐き出してその場にへたり込む。
「良かった……。」
「あら、蓮くん来てくれたのね。今ちょうど、先生とお話をしていたの。」
 振り返ると、そこには華の母親がいた。思い返せば、あの甲高い声は華の母親のものだったのだろう。あの時はパニックで、それすらも理解できなかった。
「華はまだ生きていけますよね…?華はまだ死なないですよね……?」
 俺の確認する声は、完全に震えていた。
「正直、分からないわ…。でも一命を取り留めたわね。」
 いついなくなるか分からない。そんな儚くて美しい華を、俺は見つめていた。

「──あれ…?蓮…?」
 しばらくすると、華が目を覚ました。
「華っ!起きたか…!」
 俺はあれからずっと必死で、いつまでも華の横で慌てていた。
「あれ?蓮泣いてる…。」
「え…?」
 俺は瞳の下に手をやると、確かに濡れていた。華が本当に生きていると確信できて、安心したのかもしれない。
「ごめん…。」
「いや、むしろこっちこそ心配かけてごめんね…。私の身体が弱いせいで…。」
 華は申し訳なさそうに下を向く。こんな時に「そんなことないよ」と否定できるのがいい人なのだろう。だが俺は、残念ながらそんな優秀なことなんてできない。俺はなんて無力なのだろう。
「私多分、三途の川の目の前くらいまで逝ってたよね!」
 明るく言う華の余命は、あと5日だった。短すぎる余命と空元気。あぁ、辛い…。
「私元気なんだけ──」
「本当は?我慢しないで言ってごらん?」
 俺は華の頭を撫でながら尋ねる。本当は心もボロボロに決まっている。
「いや、本当に元気……だよ。」
 まだ強がる華を、俺は抱きしめる。
「華にはこれ以上我慢してほしくない。」
「我慢なんて……うぅ……っ…死が恐い…!みんなと違う世界に逝くことが恐い!!まだ死にたくないよぉっ!!」
 そう叫んだ華の目からは、大粒の涙がこぼれていた。
 ベッドの上の華はか弱くて儚いのに、口からこぼれた言葉は力強かった。
 それは華のそのもの。どれだけ辛いかがよく伝わってきて、俺まで涙を流してしまう。
「蓮……!やだよ!!蓮とずっと一緒にいたいよ!!蓮と一秒でも長く一緒にいたい!!嫌だよ…!!」
 駄々をこねるようになきじゃくる華を、俺はもっと強く抱きしめる。
 華は前より少し冷たい気がして、俺はもっとたくさん泣いてしまった。
 夕日の光が、俺たちの悲しさを際立たせていた。

 
 華の余命は残り0日だった。つまり今日華がいなくなるということだ。もちろん余命より長く生きることもあるが、俺はがたまらなく恐かった。
「私今日死ぬんだよ?なんかそんな気がしないよね!こんなに動けるのになー…。」
 いつも通り病室で華と話す俺は、今にも華が倒れそうで見ていられなかった。
 でもそんなことで華との時間が最期にならないように、華の姿を目に焼き付ける。
 華は今にも消えてしまいそうなくらい白くて透明感のある肌をしている。
「蓮?何そんなに見てるの?」
「いや、肌綺麗だなぁって。」
 俺は華が病院で倒れてから、後悔のないように思ったことを言うようにしている。二度とあんな後悔はしたくない。
「えーっと…。あ、ありがとう?」
 戸惑った様子の華は愛くるしい。本当に今日この世を去るとは思えない。
「あ、もうこんな時間だ!蓮、今日はもう遅いし、またねー?」
「いや、俺まだ居たい。」
 俺は不安のあまり、駄々をこねる。今日いなくなってしまうかもしれない彼女を置いて帰るなんて、嫌だ。
「もー…。明日また来て…?」
 俺は仕方なく帰ることにした。明日は土曜日だから、最速で(14時から)華に会いに来ることにする。明日まで命が保ちますように。

 華の余命は-1日。土曜日の14時になった今まで特に電話等はなくて安心した。
「蓮!ねぇ凄くない!?お医者さんが言ってた余命より1日も長く生きてる!」
 病室に入った途端、華は嬉しそうな声を上げた。華が元気そうで俺も嬉しい。
「ねぇねぇ!もしかしたらこのまま死ななぃ…ゲホッゲホッ……はぁ、はぁ……。」
「華…!?大丈夫か!?」
「うん…。最近なんか息が荒くなっちゃうんだよね。咳とかも……ゴホッ…。」
 元気そうだと思っていたけれど、華にはちゃんと症状が現れていた。もう、最期が近いのかもしれない。
 これはナースコールを押したりするのか?まずい…。俺はそういうことの知識がまったくないのだ。
「華、医者呼ぶか!?」
「いや、大丈夫、だよ…。」
 華は明らかに元気が薄い。これはナースか誰かを呼んだ方がいいのだろうか。
「華?誰か呼んだ方がいいか?」
「…。」
「華っ!?」
 華はそれこそ目は開いているものの、半開きだし意識が怪しい。どうしよう…。
 俺は慌てて廊下に出る。するとちょうどナースが通りかかって忙しく事情を話す。すぐに医者が来るそうだ。
 俺は病室に戻って華の意識を確認する。
「華!?今医者呼んだからな?華っ…!」
 また前のように復活してほしい、俺はその一心だった。
 俺は華の手をとる。
「…っ!」
 華の手は少し冷たかった。前に手を繋いだ時より圧倒的に。
「大丈夫ですか!?」
「っ!早く華を!!」
 医者が来て華に駆け寄る。それと同時に華の母親も来た。頼む…!お願いだから、生きてくれ…!!お願いだから…!!


 そんな俺の願いは叶うことがなく、その日華はこの世を去った──。

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