死にたい君は、今日も優しい嘘をつく

第一章

1 空の日常

「あぁ、死にてぇな…。」
    ふと呟いた言葉が、その場に木霊する。もう何度口にしたか分からないその言葉を、俺は息をするように言い捨てていた。
    「「死にたい」なんて言っちゃだめ」、「死ぬなんてことは間違っている」、そんな常識ことが世の中では正しいなんて言われているけれど、俺はそうとは思わない。
    むしろ何故そんなことが常識だ、普通だなんて言われているのか、俺にはずっと理解できなかった。それじゃあまるで、その普通からはみ出てしまった人の居場所を消しているようなものだから。
    そんな重いようで軽いことを考えていた俺は、背後から近づいてくるとある人物に気づかなかった──。
「わぁ！」
「っ！なんだ、お前かよ。」
    俺は、急に自分に飛びついてきた和真かずまを、勢いよく睨んだ。
「「なんだ」ってなんだよ！てかお前、ほんと窓際好きだよな。」
「…。」
    俺は和真を無視して、また窓の外を見た。そう、俺は何年も前から、窓際の席が好きだ。風が入ってきて気持ちがいいというのもあるが、何より、授業中に外の景色を眺められるというのが好きだった。
    それにここなら、どれだけ外を眺めていても、自殺志願者だとバレることはない。
「それより空そら、今日の数学の課題見せてくれない？」
「お前もしかして、また課題忘れたのかよ？」
「そ、そうだよっ！いいから早く見せてくれ！数学の時間に間に合わなくなっちまう！」
    俺は仕方なく自分の課題を和真に渡し、また窓の外を見始めた。
    和真はいわゆる陽キャだ。毎日課題を忘れて、教師に茶化されている。そう、俺とは真逆。俺のような陰キャが課題を忘れると先生は怒るのに、和真のような愛嬌のある陽キャが課題を忘れても、何も言わないのだ。
    和真が俺のような陰キャと一緒にいるのも、きっと「幼なじみだから」という理由だけだろう。
「おい空、どうかしたか？なんかお前、顔色悪いぞ？」
「…別に。」
    「才能があるお前といると、死にたくなる」なんてこと、言えるはずがない。そう、和真は俺と違って多才だ。運動神経は抜群だし、コミュ力もある。おまけに優しくて愛嬌があって親しみやすい。俺とは真逆だ。そんな事実ことを毎日のように突きつけられる俺側の気持ちも分かってほしいものだ。
    俺は外から流れ込んでくる風で髪をなびかせ、ひとつ深呼吸をした。そらだけは、自分の味方な気がした。