欠陥少女(短編集)

瑞木歌乃

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元気な少女

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 私の名前は桜井さくらいあかね!まさしく青春を謳歌するべき中学二年生なんだ。今年は総務にもなれたし友達もたくさんできたし、すっごく順調だ。
 ただ一人、総務としてもクラスメイトとしても気になる子がいる。彩良さらちゃんっていって、いつも独りでぼーっと座っているだけ。本を読んでいるとかならまだしも、ずっとどこかを見つめているだけだから少し変わった子なのかも。
 そんな『不思議』なイメージが強すぎる彩良ちゃんに近づく子なんて残念ながら私のクラスにはいないわけで、私は積極的に彩良ちゃんに話しかけるようにしているんだ。
 そこでさっそく帰ろうとしている彩良ちゃんを発見!
「彩良ちゃーん!今日一緒に帰ろー!」
 私が彩良ちゃんの机の目の前に立って言うと、彩良ちゃんはこっちを見た。お?今日こそは一緒に帰りたい!って、あれ、返事が来ない…。
 返事を求めて少し待っていると、彩良ちゃんは返事もせずに立ち上がった。
「って、彩良ちゃんっ!?さすがに無視は悲しいよぉー!」
 さすがの私も無視されるなんて予想外のまた外側で、びっくりして思わずツッコミを入れてしまった。
「…へぇ、無視されるのって悲しいんだ。」
「へっ!?」
 え、えっと、え!?
 動揺を隠しきれない私をじっと見つめる彩良ちゃんには少し圧があって、私はとりあえず言葉を紡ぐ。
「と、とにかく彩良ちゃん!私と一緒に帰らない…?」
 私は鼓動を存分に聞きながら彩良ちゃんの返事を待つ。
「えっと…今日は独りで帰りたい。」
「そ、そっか!それは残念だ…!じゃあまた明日ねーっ!」
 くそー!まただめだった…!そう残念に思いながらも私は教室をあとにした。

 私は独りでついた帰路で、今日のことを振り返っていた。
『…へぇ、無視されるのって悲しいんだ。』
 まるで初耳かのような彩良ちゃんの発言。え、無視されて悲しいのって、私に限ったことじゃないよね…?そんな不安を背負いながら私は過去を振り返った。
 実は私も、過去に感情がなくなるというような状態に陥っていた。「悲しい」が感じられないのはもちろん、喜怒哀楽のひとつも揃っていなかったというような状態だった。
 彩良ちゃんが私の過去であるその状態になんだか似ていると思ったのは、ただの私の直感だ。
 そんな過去と今を並べて考えているうちにいつの間にか家についていて、私は「ただいま」を言って自分の部屋へと向かった。

「さーらちゃんっ!今日一緒に帰らないっ?」
 今度こそ!そう思って臨んだ「帰り誘い作戦!」は、今回は彩良ちゃんの動きを止めることに成功した。これはいけるか?そう思ってからが長い。
「いいかだめか!」
 急かすようになってしまったが、私がそう言うと彩良ちゃんはなんと、
「別に…良いけど…。」
 と言って了承してくれた。
「やった!じゃあ一緒に帰ろーっ!」
 よし!見事に成功だ!そう思って二人で教室をあとにした。

 せっかく彩良ちゃんに了承をもらった私は今、あることと葛藤していた。それはずばり、話題がない!誘った側の私が話題を広げないといかないのに…!そうだ、こういう時は──
「彩良ちゃんっ!」
 私の呼びかけに、彩良ちゃんはこちらを向いてくれた。
「彩良ちゃんって好きな動物何ーっ?」
「分からない。」
 え、分からない…?さては彩良ちゃん、私の質問に答えるのが面倒くさくてそんなことを答えているんだな!?「完全に分かってしまった!」状態の私は、頬を膨らませながら再び質問する。
「じ、じゃあ、好きなスポーツはっ?」
「分からない。」
 むぅ…。私は適当に答える彩良ちゃんに負けじと口を開く。
「えーっと、じゃあ好きな色っ!」
「分からない。」
「…えぇ……?」
 これは困った…。もしかして本当に彩良ちゃんは、昔の私のような状態に陥ってしまっているのかもしれない。もしそうだとしたら、彩良ちゃんは何かすごく苦しくて辛いものを抱えているのかもしれない。
「彩良ちゃん、あのね…単刀直入に聞いていい…?」
「何?」
 彩良ちゃんの瞳は、真っすぐに私を捉えていた。
「彩良ちゃんって…感情が薄い…?」
 彩良ちゃんは私を見つめたまま何も言わない。
「あーえっと、「薄い」か「無い」で言ったら…?」
「無いだね。」
 わーお、そうくるか。これが正直に言った感想だった。
 たしかに薄々気がついてはいた。前から反応が薄かったり不思議な発言をしたり。変わった子だな、とは思っていた。だがまさか、私と同じだったなんて。それならきっと、彩良ちゃんにも衝撃的な過去があったはずだ。何故なら私は──。

 私が感情を失ったのは、二年前のあの日。留守番をしていた私のもとに一本の電話。それは母からだった。なんだろう、疑問に思いながら電話に応える。
『チロちゃんが、亡くなったって──』
 チロちゃんとは、私が小学校の入学祝の時に買ってもらった犬の名前だった。とにかくその時私は、悲しいと辛いと苦しいと、色々な感情が混ざり合っていた。
 そして気がついたんだ──。
『感情を失えばいいんだ。』
 別にこれが正しい判断だったとは、今では思わない。でもそんな狂った考えに陥ってしまうほど、何も分からなくて見えなくて、辛かったんだ。
 感情を取り戻した今、なるべく毎日を明るく元気に過ごそうと努力している。またあの日のように感情を失わないように。

 感情を失うということは、相当酷い経験をしたのではないか、私はそう思った。そんな疑問を脳内の片隅に置いておいて、私は一旦質問をする。
「ズカズカ聞いているようでごめんね?なんか、感情が無くなっちゃった出来事とか、きっかけってあったりする…?なかったらいいんだけど…。」
 すると彩良ちゃんは、事の発端を簡単に説明してくれた。過去に、親友に酷いことを言われたこと──。
 私と一緒だった。大きなショックで立ち直れず、挙句の果て感情を捨てた。もしその話が本当にそうなら──
「彩良ちゃん…。辛かったよね…悲しかったよね…。もう私がいるから大丈夫だよ…?」
 彩良ちゃんを救いたい──。過去の私みたいに苦しまないように、彩良ちゃんをそのから救い出したい。
「…別に悲しくなんかない。」
 彩良ちゃんはを隠してそういうけれど、悲しくないなんて、嘘だ。
「感情自体を忘れたくなるほどの辛さだったんだよね…。辛い過去は誰だって忘れたくなる。ヨシヨシ…大丈夫だよ…。」
 過去の自分の頭を撫でているようだった。弱くて脆くて誰も頼れなくて、どうしようもないその暗闇。誰かが手を差し伸べてくれるのを待っていたよね。
 こんなに辛くて悲しくて、息もできないほど苦しいのに、彩良ちゃんは涙を流さなかった。あぁ──
「可哀想に…。泣けないなら、私が代わりに泣いてあげるね…。」
 過去の自分が言ってほしかった言葉だった。誰かの救けが欲しくてほしくてたまらなかったんだ。その誰かが私でいいのかは分からないけど、でも私は彩良ちゃんの力になりたい──。
「…っ!」
 その時彩良ちゃんの瞳には──
「彩良ちゃん…ちゃんと泣けてるよっ。」
「…え?あれ…?なんで泣いてるんだろ。なんで──」
 戸惑っている彩良ちゃんの瞳には、たしかにが浮かんでいた。それを見た私は一言。
「泣いて、いいんだよ。」
「…っ。」
 私は暗い過去を思い出してもなお、「悲しい」や「苦しい」なんていらない感情だけ捨てて、「嬉しい」で泣いた。たしかにそこには、私たちの感情があったから。
 
 人を変えるのは偽物の想いじゃない。歪んだ友情でもない。人が変わる瞬間って、思ったより一瞬。そう、人を動かすのはたった一握りの勇気なんだ。それに気がついた時、私が見たのは──
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