次期王妃な悪女はひたむかない

三屋城衣智子

文字の大きさ
36 / 39
改稿版

17 悪女は王妃の死に立ちあう【改稿版】

しおりを挟む
「離せ! 俺は王太子だぞ!! 父上、この者たちを退かせてください!」

 抵抗したため地面へと騎士二人がかりで縫い付けられてなお、王子は自身の異様さに無頓着むとんちゃくであるらしい。
 私は彼のあまりの変わりぶりに、背筋の凍る思いがして体が震える。
 それに気づいたのか、ゼファーが背中をさすってくれた。

「ゼファー、離せと言っているだろ!! それは俺のだ、指一本触るなずっとずっと俺のだったんだなのにお前に見せたばっかりにぃぃぃ!!!! ウルム、ウルム早くそいつから離れろお前を取り込んで王になろうと画策しているようなやつだぞそいつの愛は嘘だ! 俺こそが真実の愛を」

「それは愛か」

 王子の言葉に国王様がポツリと漏らす。

「父上当たり前でしょう!! この俺が、俺が好きだと愛していると言っているのです。初めて好きになったのですあの日あの時あの場所で!! 花のように可憐で月のように光り輝いて俺を照らしたんだ。俺について来てくれるって言ったし俺ののはずだ、柔らかく瑞々みずみずしく俺を愛してくれるウルムがいなくなるくらいならいらない他にやってしまうくらいならいらないいらないいらない」

 ぶつぶつと呪詛じゅそのように繰り返すようになった王子は、もう目の焦点があっていないようで。
 少し心配になってついじっと見ていると、そのことに気付いたのか私の方へと顔を向け一瞬だけにこりと笑顔を見せた。
 その時。



「あらあらまぁまぁ。ウィリーが痛いのではなくて? わたくしの息子を離してくださいな」


 一等胆力たんりょくを秘めた強い、けれど小鳥のさえずるような涼やかな声がした。

 声のした方をみると、そこには数人のメイドと騎士を引き連れた王妃が、真紅のきらびやかなドレスをまとって立っている。

 いつの間に。

 王子の錯乱さくらんにみんなで注目していたからだろうか、近づいて来ていた気配を誰もわからなかったらしく、皆一様に驚いていた。
 民衆からも「あれって」「王妃様じゃないか?」と言った声がちらほら出ている。

 そんな中でも特に気負った風もなく淡々と、王妃様は言葉を重ねる。

「皆様でこのようなところに寄り集まって、一体何の騒ぎなのです? 今日は刑執行の日ではなかったかしら。なのに、わたくしのウィリーが地べたに這いつくばっているとは……なんと悲しいこと」
「母上! 母上からも俺が正しく主張していると、言ってやってくれ。いくら言っても理解が及ばないらしいのだ」
「黙らっしゃい!」

 王妃が険しい視線をウィリーに投げる。
 けれどすぐさま、にこりと微笑みかけた。

「ウィリーあなた疲れていますのよ。今日はもうお喋りはやめておいた方がいいわ。そこのお前、ウィリーを離しなさい、これは命令よ」
「……王妃よ、それは出来ぬ」

 ある種のあっけに取られている中、国王様だけが落ち着いて、王妃へと近寄り言葉をかけた。

「あなた……何故です? わたくし達の可愛い一人息子が助けを求めているのです、情がおありでしたら、自室で休ませてあげてくださいまし」

 王妃は、国王様の胸元に飛び込み手を胸に当て懇願した。
 けれどその体は密着する前に肩に添えられた相手の両腕によって、はばまれる。

「情だけで国は動かせぬ。ウィリーは法を犯した、私の印を勝手に持ち出し使ったのだ」
「まぁ、それくらいのこと。次期国王となる身ですもの練習と思えば良いではないですか」
「そうはいかぬ。あやつは王太子であって王ではないゆえに」

 言いつつ、王妃の両脇にいた騎士へと国王様は目配せをした。
 気づいた騎士達は王妃の腕を取り拘束に近い形になる。

「無礼者! 手を離しなさい」
「よい、私が今命じたのだ。職務である」
「あなた!!」

 王妃から悲鳴が上がった。
 その顔はひどく歪んでいる。
 国王様はその様子に眉を下げ、けれど落ち着いた声音で王妃へと語りかけた。

「方々から私自身話を聞いた。ウィリーを虐げ洗脳し、此度の騒動の主犯格とも言える立場に仕立て上げたのは、そなただ。挙句そこのにウィリーは誑かされ、計略というには稚拙な策に嵌る幼さときた。王妃よ、私はそなたを重用し、尊重していると思うていた。自ら手を汚すことすら厭い息子に公文書を偽造させるとは……何が、そうさせたのだ……」

 ぴくり。

 尊重と国王様が言葉にしたあたりで王妃の体が動いた。
 と思うと全力で騎士の手を外しにかかる。
 その顔は、先ほどのウィリーへと向けられた笑顔とはまた違う笑みをたたえていた。
 王妃に無体は働けぬと思ったのかそのまま拘束は解けてしまう。
 そうしてみるみる、先ほどまでのにこやかな笑顔が変化し、真っ赤に染まるのを通り越しどす黒くなった。

「尊重……尊重!? 一人しか男子を産めず、側妃を迎えるに許可を確かに、わたくしがいたしましたわ。けれどのこのこと出てきた愛妾たちに正妃の尊厳を踏みにじられたこのわたくしを、あなた様が尊重していた、と」

 ふふふふふふっ

「……はは、上?」
「うふふふふふふふふふ、ああ、嗚呼!! わかっておりましたわ。あなたはわたくしを飾っておきたかっただけのこと。わたくし自身をなんて、ひとつも、ただのひとつも見てらっしゃらなかった、今も、なお!!!!」

 言いつつ王妃様は国王様の側まで行くと、胸元を両手で叩いた。

「お主……」
「あなたはなんでも『そなたに任せた』とおっしゃる。だのにその後を気にかけたことなど、これまで一度もございませんでしたわ、お気づき?」

 尋ねられたことに、国王様は動揺したようだった。

「ほら、何も仰らない。わたくしは、乞われてこちらの国にやってきましたのよ、年端もゆかぬ頃合いに。結婚にだって夢見ておりましたのよ……だってそうでございましょう? どうしてもと、言われたから嫁いできたんですもの。それが……それが何故! わたくしはいつも二番手三番手!!!!」

 思い当たることでもあるのか、言われたまま何も返さない。
 その表情は、驚きに青ざめていたように見えたけれど。
 瞬きのほんの一瞬で、元の威風堂々としたたたずまいに戻っていた。

「わたくしたちお似合いねぇ、他人よりも自分が大事。願いを叶えるなら周りのことなど無関心になれるのだもの!!」

 王妃様のその金切り声は、ただただ悲しい、と私には聞こえた。
 その声に、誰も動けず誰も声を発することはできなかった。

 しんとした静寂を破ったのは、王妃様自身で。
 今度は地べたに這いつくばった王子へと、歩みを進めると彼の側にしゃがみ込んだ。

「企てたのは全てわたくし。ウィリーに言葉の毒を盛ったのもそこのの背にある傷も、わたくし自らの手でこさえましたから、罪状はいくらでも立てられるかしらね」
「母上? 俺は、俺は間違っていないだろう? なぜそんなこと言うんだ……」
「終わったのよウィリー、わたくし達は。もう」
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! 母上は言ったじゃないか、ウルムはゼフ」
「嗚呼、可愛いわたくしのウィリー」

 王妃様は懐に隠していた何かに口をつけると、王子の頬を両手で包み込みながら上向かせ、口移しで何かを含ませた。

「ぅっぐ!」

 それが喉へ通るのを見守ると自身の口中にも残していたのだろう、立ち上がりながら残りを飲み込んだようだ。
 捨て去られた小瓶が足元に転がり、その中から残った緑色の液体が少し、漏れ出ていた。

「ふふふ、わたくしから奪ったのだから、わたくしも奪い返しますわ。王太子も、王妃も、賢王たる印象も全て!!」
「グアっ、嗚呼嗚呼あああ!!」
「ウィリー様ぁぁぁぁ!」

 王子が喉をかきむしりながら苦しみ出す。
 それと同時にデューデン様から悲鳴が上がり王子のそばへとしゃがんで縋りついた。
 王妃はもうその様子を見てはいないようで、ぐらぐらとただその場に立っている。
 けれど。



 ふふふふふ……ぐっ、あ、嗚呼嗚!

 悲鳴のような咆哮のようなそれの後、国王様へと向き直した王妃様は口から血を流しつつ晴れ渡る空のような微笑みを



 残し、

 倒れた。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

悪役令嬢は間違えない

スノウ
恋愛
 王太子の婚約者候補として横暴に振る舞ってきた公爵令嬢のジゼット。  その行動はだんだんエスカレートしていき、ついには癒しの聖女であるリリーという少女を害したことで王太子から断罪され、公開処刑を言い渡される。  処刑までの牢獄での暮らしは劣悪なもので、ジゼットのプライドはズタズタにされ、彼女は生きる希望を失ってしまう。  処刑当日、ジゼットの従者だったダリルが助けに来てくれたものの、看守に見つかり、脱獄は叶わなかった。  しかし、ジゼットは唯一自分を助けようとしてくれたダリルの行動に涙を流し、彼への感謝を胸に断頭台に上がった。  そして、ジゼットの処刑は執行された……はずだった。  ジゼットが気がつくと、彼女が9歳だった時まで時間が巻き戻っていた。  ジゼットは決意する。  次は絶対に間違えない。  処刑なんかされずに、寿命をまっとうしてみせる。  そして、唯一自分を助けようとしてくれたダリルを大切にする、と。   ────────────    毎日20時頃に投稿します。  お気に入り登録をしてくださった方、いいねをくださった方、エールをくださった方、どうもありがとうございます。  とても励みになります。  

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜

水月華
恋愛
レティシア・ド・リュシリューは婚約者と言い争いをしている時に、前世の記憶を思い出す。 そして自分のいる世界が、大好きだった乙女ゲームの“イーリスの祝福”の悪役令嬢役であると気がつく。 母親は早くに亡くし、父親には母親が亡くなったのはレティシアのせいだと恨まれ、兄には自分より優秀である為に嫉妬され憎まれている。 家族から冷遇されているため、ほとんどの使用人からも冷遇されている。 そんな境遇だからこそ、愛情を渇望していた。 淑女教育にマナーに、必死で努力したことで第一王子の婚約者に選ばれるが、お互いに中々歩み寄れずにすれ違ってしまう。 そんな不遇な少女に転生した。 レティシアは、悪役令嬢である自分もヒロインも大好きだ。だからこそ、ヒロインが本当に好きな人と結ばれる様に、悪役令嬢として立ち回ることを決意する。 目指すは断罪後に亡命し、新たな人生をスタートさせること。 前世の記憶が戻った事で、家族のクズっぷりを再認識する。ならば一緒に破滅させて復讐しようとレティシアには2つの目標が出来る。 上手く計画に沿って悪役令嬢を演じているはずが、本人が気が付かないところで計画がバレ、逆にヒロインと婚約者を含めた攻略対象者達に外堀を埋められる⁉︎ 更に家族が改心して、望んでいない和解もさせられそうになるレティシアだが、果たして彼女は幸せになれるのか⁉︎

最低の屑になる予定だったけど隣国王子と好き放題するわ

福留しゅん
恋愛
傲慢で横暴で尊大な絶世の美女だった公爵令嬢ギゼラは聖女に婚約者の皇太子を奪われて嫉妬に駆られ、悪意の罰として火刑という最後を遂げましたとさ、ざまぁ! めでたしめでたし。 ……なんて地獄の未来から舞い戻ったギゼラことあたしは、隣国に逃げることにした。役目とか知るかバーカ。好き放題させてもらうわ。なんなら意気投合した隣国王子と一緒にな! ※小説家になろう様にも投稿してます。

処理中です...