烈火物語

うなぎ太郎

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第2章

革命勃発

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世界最大の強国、シューネスラント王国の政治の中心は、王都フェルドブルクにある壮麗な王宮である。巨大な円形をした敷地は、総面積187平方ドルフに及び、王都の面積の実に4分の1以上を占める。

域内には貴族や上級軍人などの高位公職者を始め、侍従や女官、雑役夫や警備の近衛兵など、21万人が居住する。その敷地の中心に位置する国王の居所からでも、王宮全てを見渡すことは出来ず、その境界を区切る外壁は地平線のわずか手前に浮かんで見えるだけである。
その規模は、もはやただの宮殿というよりかは、一つの都市と言ってもよい。

王宮の敷地は3層の同心円構造になっており、内側から、王族の生活の場であり、また政治の中枢である中央部、貴族や侍従・女官の居住区である中間部、そして庭園や猟園、森林が広がる外縁部となっている。

中央部には省庁や最高裁判所、軍司令部などの行政庁舎が林立し、国王の居所を中心に、大小無数の王族の居館が連なる。中間部は爵位を持つ大貴族の豪邸が立ち並ぶエリアもあれば、侍従や女官の宿舎群もある。学校、病院、サロン、レストラン、劇場、美術館などが存在し、一つの快適な都市としての機能を備えている。

外縁部には池や噴水、東屋ガゼボの配された庭園や、王室や大貴族の所有である広大な猟園、外部との緩衝地帯や離宮の所在地など様々な機能を持つ森林などが広がる。

8月21日、令嬢アレクサンドラの顔が頭から離れない中、アルチュールは王宮内の最高裁判所でリシャールの裁判に出席した。内務大臣アルフォンス・ミューラーが自ら裁判長を務め、警察庁長官マティアス・フォン・ワーグナー男爵などの多くの警察関係者が出席するなど、異例ずくめの裁判となった。

最高裁判所の法廷で、リシャールは縄で縛られ、証言台に立たされた。裁判長のミューラーは冷ややかに尋ねた。「マルセル・ド・リシャール被告、あなたには大逆及び謀反の罪により告発された。罪状を認めるか?」

「認めない」
リシャールが答え、法廷がざわつく。
「私の行為はヴァルモン公国の自由を求めたものであり、反逆ではない」

「自由は国王陛下の御慈悲によって与えられたはずだ。それにも関わらず、被告は陛下に剣を向け、恩を仇で返した。これは王国への裏切りだ」ミューラーが述べた。

さらに、ワーグナーが起立して弾劾する。「被告は国王陛下を弑逆せんと試みた。神の子である陛下を害そうとするのは、神を害するのと同じである。酌量の余地は無い!」
お決まりのパターンだ、とアルチュールは思った。さらにミューラーは判決の決定を急ぐ。

「…待て!貴様らが正義と呼ぶものが、果たして正義なのか?多少貢納が軽減されたからと言って、ヴァルモン公国の民は苦しんでいる。その声を聞かずして、ただ処刑するだけが王の仕事なのか?」リシャールが声を荒げたが、聞き入れられなかった。
「判決。王国刑法第88条の大逆罪、並びに第91条の謀反罪により被告マルセル・ド・リシャール公爵を死刑に処す」

法廷内は静まり返った。属国には飴とムチが必要ということなのか。貢納の軽減、総督の内政干渉の緩和という飴の代わりに、それに応じず逆らう者には厳罰が与えられるということが、実例を以て示されたのだ。

「被告を地下牢へ連行せよ。明朝、処刑場にて斬首刑を執行する」ワーグナーが命じると、リシャールは警察官たちに引きずられるようにして、法廷を後にした。

裁判の後、アルチュールは居所の食堂で昼食を取った後、午後に暇を持て余していることに気づいた。王宮の貴族街に邸宅を構えるホーエンシュタイン伯爵を誘い、王宮内のノイエワルト猟園で鹿狩りを楽しむことにした。
午後2時、居所からそう遠くない場所に位置する、有名な大噴水のある中央広場で2人は落ち合い、侍従や近衛兵たちを引き連れて猟園へと向かう。

「伯爵!そちらへ逃げた、追い詰めてくれ!」
「御意!」
2人は馬上から一頭の鹿を追い、矢を放つ。

馬は勢いよく突進し、アルチュールの琥珀色の髪がなびく。鹿がどちらへ進もうか迷ったのか、一瞬動きが鈍ったその瞬間—
「今だ!」アルチュールが長弓から矢を放ち、鹿に命中させた。

「お見事!」
2人は馬から降りて鹿へ近づき、伯爵が槍で留めを刺した。

獲れたのは若い雌鹿だった。美しい毛並みは、晩夏の日差しを受けて輝き、まるで巨大な宝石であるかのようだった。
「見事な鹿だな、伯爵。そちに贈ろう。コートなり靴なりにするが良い」
「ありがたき幸せ」

「—陛下!!」
「どうした?」
「一大事でございます!ファルケンハイム州にて、革命が発生致しました!」

アルチュールは滅多なことではたじろいだりしない男であったが、この時ばかりは流石に目を見開いて驚いた。
直ちに大臣級の廷臣たちと、軍の将軍たちを集めるよう命じ、大広間のある居所へ戻るべく、馬車を駆り出していった。

この前日の朝、王国中部のファルケンハイム州の中心都市・ベーレンバッハでは、ある騒動が発生していた。この地域は農業が盛んな土地であり、平民たちは皆農民として農作業に従事していた。その生活は苦しかったが、この日朝、領主のヴィルヘルム・フォン・クレーマー伯爵が、突如年貢の増額を告示したのだ。

農民たちは憤った。領主は属国のような貢納もなく、贅沢な生活を謳歌している。にも関わらずこれ以上年貢を増額されるのは不当であったし、何よりも農民たちの生活が成り立たなくなる恐れがあった。

農民たちは、今までも領主の酷使に耐えてきた。だが、もう限界だった。各農家の戸主たる農夫たちは市の広場に集まり、どのように処すべきか議論した結果、クレーマーの屋敷の門前に集まり、増税取り消しを懇願した。

ところが、クレーマーは領地軍を動員し、なんとその場の農夫たちを槍で攻撃させたのだった。農夫たちは驚いて逃げ出したが、3割ほどが虐殺の犠牲となった。
農夫たちはもはや忍耐しなかった。一人の長老の下、ついに鋤鍬を武器として立ち上がったのだった。

クレーマーは事態を楽観視し、またクレーマー軍に鎮圧させればいいと考えていた。ところが、地域の農夫たちのほとんどが反乱に参加したため、圧倒的数量差の前に領地軍は敗退を余儀なくされた。クレーマーは殺害され、ついに反乱軍は伯爵領を制圧し、一つの宣言を出した。

それは「共和制」であった。
君主も貴族も存在せず、あらゆる人間が平等の権利を有し、民自身が政治を行う。階級社会の軛から自由となり、シューネスラント共和国を建国すると宣言したのだ。共和国は、過去にも農民一揆などで成立が声明されたことはあったが、今回のそれは規模が桁違いだった。

大広間で、アルチュールは国王書記官ケラー侯爵の説明を淡々と聞いていた。
これは単なる「反乱」ではなく「革命」であった。ただ自分たちの生活の不自由を憂いたのみならず、国王、貴族、階級社会といった全てに対する憎悪の結晶であった。

「…陛下、如何致しましょうか」
廷臣たちも将軍たちも沈黙している。明晰な頭脳を持つ彼らにとってすら、最適解を出すのは容易ではなかった。「完成された若君プリンツ」国王アルチュールの決断を待つしかなかった。

琥珀色のつややかな髪と、凛とした美貌を持つ若者は、静かに口を開く。「余の統治は、そこまで理不尽なものだったのか。シューネスラントは、例え平民でも豊かな暮らしを出来ているのではないのか?」
それは正当な質問であった。宰相のシュミット公は頭を下げながら言った。「…今までお隠し申し上げており、申し訳ございませんでした」

「豊かな生活を送ることが出来ているのは、都市に住み、居住・財産・職業選択の権利など市民権を保障された市民だけです。地方の農民は、地域によりけりではありますが、大抵領主に奴隷同然に搾取されております。所謂農奴と申せます」ケラー侯がシュミット公の説明不足を補った。

「はははは…」アルチュールは虚しく笑った。
「奴隷階級というものが存在しない社会を、余は見たことが無い。農奴、下級労働者、最貧困層、呼称は違えども、その実質は同じだ。それはすなわち、人間社会において必須である犠牲だ」

広い大広間に静寂が漂った。ここにいる重臣たちの国王は、紛れもなく正確に事態を察知したのだった。
「余は実に愚かであった。警戒すべき相手を間違えた。我が王国を支えるのは、貴族でも属国でもなく、民であるはずだ。最も労わるべき相手であったのに」

「こうなった以上、革命戦争を無かったことには出来ぬ。余自ら軍を率いる。革命軍を鎮圧するのだ!」
既に革命軍は万単位にまで膨れ上がっている。周辺地域の領地軍だけではとても鎮圧できそうになかった。

「…今なんと?」
「余自身が親征軍を率いると言っているのだ。3000年続いてきた我が王国を滅ぶに任せては、祖宗に申し訳が立たぬ。ホフマン将軍!」

「はっ!」ホフマンが起立する。
「そちが余の補佐をせよ。ファルケンハイム親征軍の副司令官となるのだ」
「身に余る重役でございますが、全身全霊で務めさせて頂きます」ホフマンは深く頭を下げた。

「数日以内に親征計画を完成させる。皆、厳しい戦いとなるが、絶対に負ける訳にはいかぬ!」
「はっ!」
重臣たちの声が合った。

続く
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