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ある犬の物語
後編 犬と私
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「あれ? 神父様、犬は嫌いっすか?」
ヴィルは犬を抱えたまま、首を傾げる。
「いや、そんなことはないが……」
むしろ動物の類は好きな方だが、そういう問題ではない。
逃避行中である私たちに飼育する余裕などはなく、何より私は吸血鬼だ。
……と、どうにか伝えようとはしたのだが。
視線が気になる。
キラキラと、曇りのない純粋な輝きが、私を真っ直ぐに見つめている。
ヴィルのもの……ではない。ヴィルに抱えられた犬の視線だ。
そこで、気付いた。
この二人……いや、二匹……違う、一人と一匹は、どことなく似ている。
ヴィルの瞳にも、似たような純朴さがある。……まあ、奴の場合は擦れた部分もそれなりにあり、純粋な光の影には獣じみた執着と獰猛さが隠されている。それがまた頼もしくもあり、魅力的でもありはするのだが……
……何を考えているのだ、私は。
「きゅん?」
「……うっ」
犬が一言、鳴く。
一度は振り切ったはずの未練が、みるみるうちに蘇っていく。
「し……仕方あるまい」
あまりにも無垢な視線から目を逸らし、伝えた。
ヴィルがどうしてもというのであれば、仕方がない。彼にも何かしらの考えがあるのだろう。
「おまえが、しっかりと面倒を見るのだぞ」
私の言葉に、ヴィルは「へーい」と、いとも軽い口調で返してくる。
「んじゃ、さっそく捌いて来るっす」
「待て……!」
「調理」に向かう背を急いで引き留めた。
なるほど、そういう意図で拾ったのか。なるほど……!
合点は行った。行ったのだが……!!
***
犬を連れて宿を出、ヴィルを説得する。
ヴィルは元より食用のつもりで拾ってきたようで、終始きょとんと目を丸くしていた。「まだ子犬だし柔らかくて美味そう」……などと言っていたが、このような形で価値観の差を再認識するとはな……。
「とりあえず、非常食ってことでどっすか」
「……まあ、良いだろう……」
どうにか、今すぐ食肉にすることは防ぐことができた。
犬はというと、私達の足元で呑気にしっぽを振っている。食われる寸前だったとは思えない態度だ。
「よし、じゃあてめぇの名前はエッセンだな!」
「……えっ」
ヴィルのあまりにも雑な命名に対し、犬は元気よく「ワン!」と鳴いた。
良いのか、それで。
「立派な肉に育てよ! エッセン!」
「ワンッ!!」
いや、何が「ワンッ!!」なのだ。
そもそも、それは肯定の意と取って良いのか?
「よーし、取ってこーい!」
ヴィルは足元の棒切れを拾い上げ、全力で森の方へと投擲する。棒切れは軽い音を立てて木の幹に当たり、根元に転がった。
犬は「ワン!」とまたしても元気な返事をし……
投げられた棒切れを無視して、森の中へと走り去って行った。
「メシー!!!!」
ヴィルの絶叫がこだまする。
……これで良かったのだ……。
一抹の切なさを感じながらも、私はエッセンの健やかな成長を祈り、天を仰いだ。
***
「ねぇ、ねぇ、大伯父さん! 聞いてる?」
抗議の声が、私を過去から現実へと引き戻す。
「あ、ああ。すみません」
どうやら、思い出に浸りすぎていたらしい。
歳をとったせいか、やけにぼうっとすることが増えてしまった。……気を引き締めなくてはな。
「それで……何でしたか」
目の前の少女……アウグスタは頬を膨らませつつ、腕の中に抱えた犬を差し出した。
「犬、拾ったって話! 泉で水飲んでてさ……。きっと、迷い込んじまったんだろうね」
「わんっ」
茶色い毛並みやキラキラ輝く瞳が、どことなくかつての犬を思い起こさせる。
……もしかすると、エッセンの子孫が……いや、さすがにそれはないか……?
アウグスタは子犬を腕に抱えたまま、意を決したようにこちらを見上げる。
「ねぇ、大伯父さん。お願いがあるんだけど」
飼育していいか、と聞きたいのだろう。
戦時中の今は、ただでさえ先行きが不透明だ。生き物を飼うのは難しい。
それでも、ちゃんと世話をするのなら……と、伝えようとしたのだが……
「この子、美味しそうなんだよねえ……。 犬って、どうやって料理するんだい?」
……。
ああ、まったく。
誰に似たのだ、本当に……!
ヴィルは犬を抱えたまま、首を傾げる。
「いや、そんなことはないが……」
むしろ動物の類は好きな方だが、そういう問題ではない。
逃避行中である私たちに飼育する余裕などはなく、何より私は吸血鬼だ。
……と、どうにか伝えようとはしたのだが。
視線が気になる。
キラキラと、曇りのない純粋な輝きが、私を真っ直ぐに見つめている。
ヴィルのもの……ではない。ヴィルに抱えられた犬の視線だ。
そこで、気付いた。
この二人……いや、二匹……違う、一人と一匹は、どことなく似ている。
ヴィルの瞳にも、似たような純朴さがある。……まあ、奴の場合は擦れた部分もそれなりにあり、純粋な光の影には獣じみた執着と獰猛さが隠されている。それがまた頼もしくもあり、魅力的でもありはするのだが……
……何を考えているのだ、私は。
「きゅん?」
「……うっ」
犬が一言、鳴く。
一度は振り切ったはずの未練が、みるみるうちに蘇っていく。
「し……仕方あるまい」
あまりにも無垢な視線から目を逸らし、伝えた。
ヴィルがどうしてもというのであれば、仕方がない。彼にも何かしらの考えがあるのだろう。
「おまえが、しっかりと面倒を見るのだぞ」
私の言葉に、ヴィルは「へーい」と、いとも軽い口調で返してくる。
「んじゃ、さっそく捌いて来るっす」
「待て……!」
「調理」に向かう背を急いで引き留めた。
なるほど、そういう意図で拾ったのか。なるほど……!
合点は行った。行ったのだが……!!
***
犬を連れて宿を出、ヴィルを説得する。
ヴィルは元より食用のつもりで拾ってきたようで、終始きょとんと目を丸くしていた。「まだ子犬だし柔らかくて美味そう」……などと言っていたが、このような形で価値観の差を再認識するとはな……。
「とりあえず、非常食ってことでどっすか」
「……まあ、良いだろう……」
どうにか、今すぐ食肉にすることは防ぐことができた。
犬はというと、私達の足元で呑気にしっぽを振っている。食われる寸前だったとは思えない態度だ。
「よし、じゃあてめぇの名前はエッセンだな!」
「……えっ」
ヴィルのあまりにも雑な命名に対し、犬は元気よく「ワン!」と鳴いた。
良いのか、それで。
「立派な肉に育てよ! エッセン!」
「ワンッ!!」
いや、何が「ワンッ!!」なのだ。
そもそも、それは肯定の意と取って良いのか?
「よーし、取ってこーい!」
ヴィルは足元の棒切れを拾い上げ、全力で森の方へと投擲する。棒切れは軽い音を立てて木の幹に当たり、根元に転がった。
犬は「ワン!」とまたしても元気な返事をし……
投げられた棒切れを無視して、森の中へと走り去って行った。
「メシー!!!!」
ヴィルの絶叫がこだまする。
……これで良かったのだ……。
一抹の切なさを感じながらも、私はエッセンの健やかな成長を祈り、天を仰いだ。
***
「ねぇ、ねぇ、大伯父さん! 聞いてる?」
抗議の声が、私を過去から現実へと引き戻す。
「あ、ああ。すみません」
どうやら、思い出に浸りすぎていたらしい。
歳をとったせいか、やけにぼうっとすることが増えてしまった。……気を引き締めなくてはな。
「それで……何でしたか」
目の前の少女……アウグスタは頬を膨らませつつ、腕の中に抱えた犬を差し出した。
「犬、拾ったって話! 泉で水飲んでてさ……。きっと、迷い込んじまったんだろうね」
「わんっ」
茶色い毛並みやキラキラ輝く瞳が、どことなくかつての犬を思い起こさせる。
……もしかすると、エッセンの子孫が……いや、さすがにそれはないか……?
アウグスタは子犬を腕に抱えたまま、意を決したようにこちらを見上げる。
「ねぇ、大伯父さん。お願いがあるんだけど」
飼育していいか、と聞きたいのだろう。
戦時中の今は、ただでさえ先行きが不透明だ。生き物を飼うのは難しい。
それでも、ちゃんと世話をするのなら……と、伝えようとしたのだが……
「この子、美味しそうなんだよねえ……。 犬って、どうやって料理するんだい?」
……。
ああ、まったく。
誰に似たのだ、本当に……!
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