「堕ちた神父と血の接吻」サイドストーリー集

譚月遊生季

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クリスマス番外編

降誕祭を終えて

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 あれは、私が「神父」だった頃。
 クリスマスミサの終わりがけに、突如、嵐は訪れた。

「あ、あの……好きです!」

 そのような言葉を伴い、現れたのは年若い女性だった。

「はい?」

 首を傾げる私に、少女とも呼べる年代の女性は続ける。

「あ、あの、最初は冷たくて近寄り難い方なのかな~って思ってたんですが、今日、子どもたちに向ける笑顔を見て、なんて優しくて素敵な方なんだろうと……!」

 顔を赤くし、つらつらと女性は私への愛を語る。……ここまで堂々とした告白は珍しいが、珍しいからこそ、どうすればいいのか分からない。
 ああ、周りから向けられる、好奇の視線が痛い。

「私は聖職者ですが……」 
「えっ、神父様でも愛人がいる方はおられますよね!?」
「ええー……」

 ……確かに、愛人を侍らせるどころか私自身を愛人に誘って来るような不届き者がいるのは事実だ。残念ながらそれが事実であることに、今は非常に遺憾な心持ちを抱くしかない。

「あたしじゃダメですか……?」
「いえ、誰だから良いとか悪いとかそういうことではなく……」

 女性はみるみるうちに瞳に涙をいっぱいに溜め、こちらを見つめてくる。非常に気まずい。居心地が悪いにも程がある。
 いったい、私にどうしろと言うのだ……?

「あの、困ります……」

 私がそう呟くと、周りの修道女から「コンラート神父様、可愛い~」「やっぱりモテますよねぇ~」「よっ、色男!」「乙女の恋路って応援したくなりますね!」などと黄色い声が上がる。そちらを応援してどうするのだ。

「失礼」

 ……と、そんな修道女たちをかき分け、年配の修道女が姿を現した。

「もうミサは終了です。お帰り願えますか?」

 年配の修道女……イザベルはあくまで事務的に、けれどどこか有無を言わせない圧を伴って女性に話しかける。修道女イザベルの剣呑な雰囲気を悟ったのか、女性も次第に冷静になってきたらしい。

「あ、は、はい……すみません……」

 女性は身体を縮こまらせ、そそくさと逃げるように立ち去って行った。

「ありがとうございます。助かりました」

 修道女イザベルに礼を述べると、彼女は大きくため息をつき、やれやれと肩を竦めた。

「はぁ……まったく。いい加減、自覚なされたらどうです? ご自分が風紀を乱す顔面であらせられる、と」
「えっ」

 なぜ、この流れで私が怒られているのだろうか。
 そもそも、何なのだ。「風紀を乱す顔面」とは。

「とはいえ、早めに落ち着いてくれて助かりました。今度から、対処しにくい事態が起こればすぐ助けを呼ぶように」
「……恐縮です」

 修道女イザベルは厳しい女性だが、ハインリッヒ司教様も一目置くほど頼りになる女傑でもある。
 修道女はみな、近くの修道院から奉仕活動に来ている者たちだ。修道女イザベルがここに通った年月は、下手をすれば私よりも長いのだろう。

「本当にありがとうございます。貴女には、いつも助けられてばかりですね」
「そういうところが風紀を乱すのですよ。お分かりですか」
「……ええー……」

 ……とはいえ、気難しいところは難点だ。私は彼女が機嫌を良くしているところを見たことがほとんどない。

「ほらほら、厄介事も済んだことですし、持ち場に戻ってくださいな。片付けで最も頼りになるのは貴方なのですよ」
「ハッ……! 神父様ぁーーーー!! この台座重くて運べないですぅ!!!」
「そこ! わざとらしく手伝ってもらおうとしない!」

 何はともあれ、賑やかにしつつも後片付けはつつがなく終わる。
 ……その年も、最後まで「彼」は訪れなかった。

 後ろ暗い過去を抱えているからか、「彼」は……ヴィルは、人が多く集まる日を避ける傾向にある。暗部に生きていた以上当然と言えば当然だが、忙しい時期が終わった頃にひょっこり顔を見せるのが通例なもので、毎年妙に印象に残っていた。
 ……いいや、言い訳に過ぎないと理解している。当時の私はあえて気付かないようにしていたが、既に、彼を意識していたのだろう。

 数日後。人の出入りが落ち着いた頃に、例年通りヴィルが顔を見せに現れた。

「神父様、おはよ」
「おはようございます、ヴィル」

 私が挨拶を返すと、ヴィルは心の底から嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
 人が少ない日は、ゆっくりと勉学を見てやることもできる。そう考えれば、ヴィルは当時から賢い選択をしていたとも言えるだろう。

 単語の書き取りを教えている最中、ふと、ヴィルの手が止まった。手元を見ると、「Liebe」……恋愛を意味する単語が、書きかけで止められている。

「神父様ってさ、恋とかしたらどうすんの」
「恋、ですか」
「うん。結婚できねぇんだろ?」

 聖職者が妻帯を許される宗派もこの国には多いが、私が属する宗派はそうではない。
 説明に迷ったが、言葉を選びながら答えた。

「……ごく稀に、恋愛によって聖職を降りる者は存在します」
「あ、いるんだ」
「もちろん、神への誓いに背くわけですから、周りから良い目では見られません。……それでも、愛に生きることを選択する者もいます」
  
 そこまで説明し、娼館通いを行っていたエマヌエル神父の姿が脳裏に蘇る。

 ──ずいぶんと潔癖なのだね。そんな戒律に、意味などないのに。

 ……誘いを断る私の腰を撫で回し、奴は耳元でそう囁いた。

「ただ……聖職者でありながら公然の秘密として愛人を囲うよりは、誠実な道と言えるかもしれません」

 人間の感情は、理屈ではない。
 誰もが完璧ではなく、過ちを犯すものだ。
 茨の道と理解しながらも芽生えた「愛」を選択するのであれば、立場に甘んじて情欲を満たすよりも、幾分まし……なのかも、しれない。

「神父様はさ、好きな人いたりすんの」

 ……ヴィルの、瑪瑙の視線が私を射抜く。
 分かっていた。私は、ヴィルの質問には答えていない。
 私自身のことを、話していないのだ。

「……。神学校に入る際、未練を断ち切りました」
「……そっか」

 私は自らの感情に蓋をし、ヴィルの視線に宿った熱情にも気付かないふりをした。
 ……先程の話は、あくまで異性を愛した聖職者の話。男が男を愛することは、「有り得ないこと」とされている。
 信仰においても。……この時代の常識においても。 
 それに、当時の私には使命があった。苦しむ家族のために、亡き祖父の名誉のために、為さねばならぬことがあったのだ。

「すげぇな、神父様って」
「……? 何がですか」
「頑張り屋じゃん」

 ペンを器用に弄びつつ、ヴィルはへらりと明るく笑う。

「そういうとこ……。……なんつーか……。……うん、応援してぇなって!」

 私は、ヴィルに辛い嘘をつかせていたのだろう。
 それでも。
 当時の私には、そうさせることしかできなかった。



 ***



 ……これは、かつての私では、絶対に考え至らなかったことだが。
「あの日」、主は、私を怪物に堕としたのではなく──

 ──……なぁ、しっかり……! 返事してくださいよ! 頼むよ、神父様ぁっ!!

 ヴィルの切なる祈りに答え、「生かしてくださった」のかもしれない。



 ***



「ん……」

 冷たい空気が、否が応にも起床を促す。
 ヴィルの腕から抜け出し、枕元の手帳を開いて日付を確認した。

「……そう、か。今日は……」

 私はもはや神に仕える者ではなく、既に罪人として生きることを受け入れた身だ。
 たとえ罪だとしても、ヴィルを愛する生を、ヴィルと共に歩む道を尊ぶと誓った。

 ……それでも、迷いが生まれる時はある。

「コンラート」

 背後から抱き締められ、肩がびくりと震えた。

「大丈夫」

 優しい声が、温かい掌が、痛む古傷を撫ぜ、癒していく。

「大丈夫だから」

 穏やかな声が、動揺した心をどうにか落ち着かせてくれた。
 片方しかない腕を、彼のたくましい腕に重ねる。

「……ああ、ありがとう」

 未練を断ち切り、温もりに身を委ねた。

「愛している」

 振り返り、かさついた唇に自らのそれを重ねる。
 指と指を絡め、身を寄せ合った。



 主よ。私は誓いを破り、罪人となりました。
 それでも……

 この命を繋げてくださったことを。
 ヴィルとの繋がりを絶たずにいてくださったことを。
 今はただ、感謝いたしましょう。

 神に仕える者としてではなく。
 ただの、「コンラート・ダールマン」として。

 このかけがえのない歓びに、惜しみのない感謝を……。
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感想 1

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みんなの感想(1件)

ミドリ
2023.02.15 ミドリ
ネタバレ含む
2023.02.15 譚月遊生季

読んでいただきありがとうございますー!
欲望のままにラブラブさせました( *´艸`)

ヴァレンタインさん、向こうでは恋人たちの守護聖人だそうですー

解除

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